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企画
先生と私(銀八)

あの時私は、どこからあんな勇気を出せたんだろう。

家だとどうしてもテレビや漫画の誘惑に負けてしまうから、
テストの前なんかはよく図書室を利用して下校時間ギリギリまで勉強していた。
集中できるのはいいことなんだけど、勉強に没頭しすぎて色々な事に気付くのが遅れることがたまにあって、
ずっと気をつけてきたが今日は勉強頑張りすぎたせいで、腕時計をみて驚いた。
下校時間、かなりすぎてる。
なんとなく、困ったことになりそうな予感がした。
急いで鞄にノートや筆箱を投げ込んでいるとふと、独特のにおいが鼻先をかすめハッと耳を澄ます。
どうして今まで聞こえてなかったんだろうと驚くくらいの音がした。

「もしかして雨降ってる……?」

立ち上がると、私の他には誰もいなかった。
窓を見ると外は暗く、黒い空から落ちてくる細長い雫がぱらぱらと雨音を立てている。
これはしばらく止んでくれそうにない。
職員室で傘を借りようかと思った。
けれど、先生がたくさんいたりしたらやだな、と下校時刻もとっくに過ぎてることもあり叱られるかもと躊躇ってしまう。
とりあえず廊下に出た。こんな時間まで学校にいるなんてはじめて。

「んあ? 苗字じゃねーか」

一人きりだと思ってた矢先にのんびりした声にひゃあっとビクついてしまった。
角から現れた人を見て、ドキンと心臓が跳ねる。
隣のクラスの坂田銀八先生だ。
私の前までのんびり歩いてきた先生は、いつもの白衣は羽織っていなくて、ネクタイも外していた。
薄いサーモン色したシャツの胸元から、男の人の鎖骨がちらりと見える。
男子が夏に暑いといって、シャツを全開にしてるのをみても別に全然平気だったのに、
銀八先生だと、少し鎖骨や、肌が見えただけでどうして体温が上がるんだろう。

私はできるだけ自然に見えるように明るく笑って、
でも視線は真っ直ぐ先生に向けることができず、がっしりとした先生の肩へさりげなく視線を移しながら口を開いた。

「先生、さようなら」
「ハイさよーなら。……じゃねぇだろ、何やってんだこんな時間まで」

一度も担任になったことはないけど、先生はこんな私にも気さくに話しかけてくれる。
でも、嬉しい気持ちと同時にどうしても緊張してしまう。
先生は鍵のキーホルダーの部分を指でくるくる器用に回しながら、私を見て返事を促すように眼鏡の奥の瞳を細めた。

「図書室で勉強してて……下校時間過ぎてたの気付きませんでした。ごめんなさい」
「あ、そーなの。俺、もー帰るから図書室の施錠にきたんだよね。なんだ、お前居たのか」

ならもっと早くこればよかったなーと零す銀八先生が、どういう意味でそれを言ったのかわからず、
でもいつも見せてくれる優しい微笑じゃなくて、なんだか違う人のような、男の人、のようなドキドキしてしまう笑みを浮かべているから、
私はかあっと頬が赤くなってしまって、そのことに気付かれませんようにと下を向く。

「苗字は真面目だよなァ。俺のクラスの奴らもちったァ見習って欲しいぜ」
「真面目じゃないです、家にいるとサボっちゃうから」

ニッと正面から微笑まれ、私もつられるように顔をほころばせた。
私はこの先生に、ずっと長いこと恋をしている。
けれど大人の先生から見たら、私はまだまだ子供なんだろうなあ。
私を見る表情はとても優しいけれど、
体育の授業受けに校庭へ移動してた時「転ばねぇように気ィつけろよ」なんて言ってくれたり、
帰る時には「変なヤツについてくんじゃねーぞ」なんて心配してくれたりするものだから、
きっと先生は完全に私を小学生くらいの女の子としてみてるに違いない。
もっとしっかりしてたら、大人っぽかったら、掛けてくれる言葉も違うものになってたのかな。
放っておけない子供だから、こうして気に掛けてくれるのかな。

私はどうあがいてもセクシーさなどとは程遠い外見をしているし、
銀八先生の恋愛対象には、きっとどうしてもなれないことはわかっている。
これ以上好きになったら辛いから、いつも一歩引いて会話していた。
だから先生は私のこと特に印象深い生徒だとは思っていないだろう。

「来週のテスト勉強か?」
「はい、早くからやってリズムつけておきたいから」

告白する気はなかった。一か八か告白して、フラれてさっぱり、
する子もいるだろうけど、私の性格からいって、一度想いを口にしたらいつまでもこの想いを引きずってしまうだろうから。
学校を卒業する時に、この恋は学校に置いていこうと随分前から決めていた。

「わかんねーとこあったら俺が教えてやろーか」

思いがけない言葉に、私は反射的に首を横に振る。
そんなに、優しい言葉をかけないで欲しい。ますます好きになってしまう。
目頭がじわりと熱くなるほど、掛けられた言葉が嬉しかった。

「いい、いいです、そんな、」
「……苗字は俺のこと嫌いだったりする?」

いきなり寂しげな表情をするから、私はまた勢い良く首を横に振った。

「そんなことないです! 先生のこと好きです私!」
「へェ、俺も好きだよ苗字のこと」

一瞬、全身に震えが走った。でもすぐに心にブレーキをかける。
きっと言葉の最後に『生徒として』がつくんだから、過剰に反応しちゃ駄目。
そう心に言い聞かせても、先生のいつもと違うゆるやかな甘い眼差しが、
壁にもたれかかり私の言葉をどこか期待するように微笑みながら待ってくれる姿が、
素直になれと言われてる気がして、足元がぐらつきそうになるほど戸惑う。

ここには私と先生のほかは誰もいない。先生は大人で、私の言うことなんて、きっと明日になったら忘れてくれる。
忘れてくれるに違いない。
私は、さっきの言葉を勢いで言ったけど、でも心から先生のことが好きだから、
その場限りの言葉だと思って欲しくないという想いが、これまで頑張ってかけてきたブレーキをあっけなく壊した。

ありったけの勇気を出して「本当に好きです」と言う。
言ってから、やっぱりやめておけばよかったと後悔した。
でも、ちょっとだけスッキリもしてる。不思議。
そして私は何でもないように軽く「変なこと言ってすいません」と笑った。
けれど、銀八先生は笑わなかった。今まで見たことも無いような真剣な顔で口を開く。

「苗字のこと、生徒じゃなく女として見てるっつったらどーする」

先生の言葉が、私の表情を、思考を、一瞬の内にかたまらせた。
私はきっと、聞き間違えたのだ。そうだよ。だって、先生が私のことを、そんな

「苗字が俺を見てることずっと知ってた。お前わかりやすいから」
「!」

先生の指が私の頬に触れる。

「教師に惚れるっつーか恋だのなんだのキャアキャア騒ぐ生徒は毎年結構居るからよ、はじめは可愛いなー若ぇなーとしか思ってなかったんだけどさ」
「……っ」

頬から耳たぶへ、そして髪を指で長い指で梳く。
私は、立ってるのがやっとだった。

「いつの間にか俺も惚れてた」
「し、しんじられな、」
「なに、俺が苗字のことからかってると思ってんの?」
「いえ、でも、絶対に私のこと、子供にしか見えてないって思ってたから」
「まさか」

先生が小さく笑う。笑った顔で、そのまま私の唇に唇で触れてきた。
ちょん、と子猫の気まぐれのような微かな口付け。

「俺と付き合ってみねぇ?」

緊張しても居ない、堂々とした余裕の大人の微笑みに、私の心はふわふわと浮き立つ。
何も考えられないけど、でも先生の瞳をみていたら自然と頷いていた。



頭が働かない。
朝から妙にふわふわして、動作もいつも以上にトロかった私は「アンタ絶対変!」と、とうとう友達に保健室に連れてこられてしまった。

恋が叶った昨日、いつまでも布団の中で、帰りに先生の車で送ってもらった事とか、
付き合うことになった時のこととかを思い出してはバタバタしていたせいか、
どうやら風邪をひいてしまったらしい。

「あんた37度超えてるよ」

平熱が36度台だから、いつもよりは少し熱があるようだ。
だるくは無かったけど、昨日の事もあってぼわーんとしていた。
今日はまだ先生に一回も会っていない。
朝一番に先生の携帯の番号が自分の携帯にちゃんと登録されているのを見て、
昨日のことはどうやら夢じゃないと確認できたけど、でもどんな顔して会ったらいいんだろう。

「今日に限って保険の先生お休みだって」
「大丈夫だよ、微熱だし一時間くらいやすませてもらえば」

ま、いーや。ここで一人静かにゆっくり考えよう。
と靴を脱いで備え付けの糊のきいたシーツも布団も枕も真っ白のベッドに横になる。

「保健の先生の代理は……銀八だ」

ドキンとして、一気に顔が真っ赤になってしまう。
それを見た友達が、目をまん丸にした。

「やだちょっとあんたヤバい、帰ったほうがいいんじゃないの」
「ちがうちがう、一気に熱が高くなっただけかも、ねてれば大丈夫だから!」
「一瞬銀八に反応したかと思ってビックリしたー。アイツもっさいし、全然名前のタイプじゃないもんね」

友達は、小学生の頃からの付き合いだから、私の初恋から好きな俳優のタイプまで知っている。
でも、私が今まで好きになった男の子のタイプと全然違う銀八先生に恋してるってことは、言ってなかった。

「う、うん。そうかもね」
「名前爽やか系のイケメンが好みだもんね。Z組の沖田がドSでさえなければ好みドンピシャだったんじゃない?」
「かっこいいよね沖田君。接点無さ過ぎて一度も話したこと無いけど」

でも、本当に好きなのは銀八先生だ。
そのことを友達にはちゃんと言うべきかもしれない。
でも相手は先生だから、立場上困らせてしまうかもと、どうしても言い出せなかった。
早くこの話題を切り上げたくて友達に合わせて、早くかっこいい彼氏が欲しい、なんて話していたら、
ガララと引き戸が滑る音と共に保健室のドアが開く。

「授業始まってんぞ。何サボってんだお前ら」

保健の先生の代理だから、保健室の様子を見に来たのだろう。
銀八先生の顔を見て、ぎゅと、心臓が締め付けられる。
私は、昨日から先生とお付き合いしてるっていうのに、友達にそのことをいえないとはいえ、彼氏が欲しいだなんて喋っていた。
聞かれていたかもしれない。罪悪感と気まずさに胸が苦しくなる。

「銀八! この子、熱が出ちゃったみたいで」
「わーった。先生が看とくからお前はとっとと教室戻れ」
「はーい、じゃあお願いします。名前、授業終わったらまたくるから」
「うん、ありがとう」

友達の姿がドアからひらりと消えた。銀八先生が黙ったまま引き戸を閉める。
静かだ。授業がはじまって、廊下には誰もいない。
手を戸にかけたまま、先生は私を見た。

「オトモダチに言ってねーんだ」
「え……?」
「彼氏がどーとか、今喋ってたろ」
「ごめんなさい、先生と付き合ってるって言ったら先生が困るかなって……」
「名前チャンの好きなタイプは爽やかなイケメンねー、俺と正反対だ」
「っ、でも、今は」

起き上がろうとする私に、わーってる、と柔らかく微笑んで、先生は私の唇に人差し指を押し当てた。

「熱あんだろ、大人しく寝てなさい」
「せんせい、怒ってない?」
「んなことで怒るかよ」

先生の指が私の頭を撫ぜてくれる。先生は大人だ。
心地よくて、そのまま目を閉じた。ぎしり、と古いパイプベッドが軋む音。
私の横のシーツが沈んだ。先生がベッドに腰掛けたんだ。
先生の手が私の髪を耳にかける。あらわになったこめかみに柔らかく口付けされる。

「名前」

先生の息遣いが耳に響く。
なんとなく、瞼を開いたら先生は止めちゃうんじゃないかと思ったから、
私は目を閉じて先生にされることを息を乱しながらも受け入れ続けた。
先生の身体の重み。
むに、と先生と私の唇が合わさった。昨日のより、ぴったり重なってくる。
先生の眼鏡のふちが顔に触れた。

「ん、ふ、」

舌を入れられて、少し声が漏れてしまった。
先生が私の身体に覆いかぶさってくる。制服越しに胸を触られた。でも、直接触ってくれない。
先生は、気付いてる。私がその先を望んでいることを。なのに、与えてくれる気は無いようだ。
はあ、と荒く息を紡ぐくせに、腰を押し付けてくるくせに、先生は私をなだめるように頭に大きな手をぽんと置く。

「この先は、お前が卒業してからな」
「……やだ」
「いやいや、そんなかわいー顔しておねだりしたって駄目だからね。熱上がったらどーすんだ」

眼鏡のずれを直しながら先生が身体を起こした。
「俺だって我慢してんだかんな」と口をへの字にした先生は、なんだか少し子供っぽい。
そんな顔をしてくれたのが嬉しくて、私は熱があることも忘れて勢い良く身体を起こし
先生に思いっきり強く抱きついた。





□銀八先生と生徒ヒロインで大人な先生に不安を覚える切甘裏
□銀八のことがずっと好きな消極的な主人公
 ある日熱がでて保健室のベッドで休んでいたら銀八が来る
 そして寝たふりをしていたら寝込みを襲われてしまう。



ひな様、ぴゅと様にリクエストいただいた銀八先生夢でした!
が。
エロがはいらなかった上に切なくなくてごめんなさい〜〜!
部分的にしかリクエストにおこたえできず大変すみませんでした。
もっと修行しますんでいつかこの二人でエロ書かせてくださいませ…!
リクエストどうもありがとうございました!

2016/11/04 いがぐり

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