[携帯モード] [URL送信]

企画
ドーナツ日和(音羽)

どうして、私達は木立の影に隠れるようにしてドーナツを食べているんだろう。

「もうそろそろ大丈夫じゃないかな?」
「うーん……そうだね、じゃあドーナツを食べ終わったら行こうか」

そう言ってゆったりと笑う慎之介さんからは、今のこの状況を、
困ったなとか、心配だなとかそういう感情を一切感じさせず、
何も心配してなさそうに、ううん、それ以上に今のこの時間を楽しんでるように見えるから凄い。
ひやひやしていた心臓が、慎之介さんのそばに座ってるだけで穏やかになる。

「名前はたべないの?」
「私はひとつでいいよ。慎之介さん、苦しくないなら全部どうぞ」
「やった」

慎之介さんにリクエストされ、朝に揚げた小さめのドーナツは、
チョコレートをコーティングしたものと、粉砂糖を雪のようにふりかけたものが二種類。
それをバスケットに二列に並べそれぞれ四つずつ入れてきた。
そのドーナツが、あれよあれよという間に慎之介さんの口の中に消えていく。
見てると、口元に淡い笑みを浮かべながら、とてもゆっくりと優雅さすら感じるほど気品を滲ませ味わうように食べてくれてるのに、
ふと気付くとあと二つしか残っていなかった。

「今日のドーナツは香りが特にいいね」
「さすがだね、味に影響が出ない程度に少しスパイス入れてみたの。お仕事でお疲れ気味だろうから、元気になれるように」
「へえ、そのスパイスって魔法の粉かなにか?」
「違うよ。ただの香辛料」
「じゃあ名前が魔法をかけてくれたんだ。僕が幸せになる魔法」

人気絶頂のアイドルグループの一員である音羽慎之介さんは、甘いマスクとカッコイイダンスでファンを魅了しているけど、
私の前ではドーナツ以上に甘い言葉をいつも平気で口にする、とても可愛い恋人だ。
私はいつもそんな言葉に上手い返事ができない。
もどかしい気持ちのまま粉砂糖のついた慎之介さんの唇をゆびで拭う。

その時、バタバタと複数の鬼気迫るような足音が聞こえて私達はびくっと身体を震わせた。

「いた!?」
「いない、でもあの人本当に音羽くんだった?」
「えー、髪型似てたし〜」

間近で聞こえた女の子達の高い声に、私と慎之介さんは口を結んで顔を見合わせる。
音を立てないよう、首をすくめながら、お互い人差し指を唇にあてて(しー)と頷きあった。

そう、私達がこんな場所にいるのは、慎之介さんがファンの女の子達に見つかってしまったからだ。
たまの休み、遊園地でデートしよ、と誘われてきたはいいものの、
慎之介さんがあまりにも堂々としているものだから、正体がばれそうになったのだ。
それで、人ごみから離れた木立に入り、じっと隠れていた。
少し経ったら行こうと思っていたのに、慎之介さんがバスケットから漂ってくる香りに我慢できないと、上目遣いでおねだりしてくるものだから、
駄目と言う理由もなかったので、ここでドーナツを食べることにしたのだ。

遊園地内の少し奥にある木立だから、手入れはきちんとされていて暗くないし、
木々に蜘蛛や虫なんかも引っかかってない。
日の光も充分だし、遊園地の音楽が少し聞こえてはくるけど、ちょぴりハイキングでもしてる気分になってくる。
指を舐めようとする慎之介さんにウエットティッシュを差し出すと、悪戯がばれた子供のように目をくりっとさせて笑う。

「はい、紅茶。ドーナツ食べると喉が渇くでしょ」
「うん。ありがとう」

水筒に入れてきた熱い紅茶を手渡す。
慎之介さんは紅茶の香りを愉しみ、口をつける。
あつ、と私を見て目を細める。慎之介さんの髪の毛が、太陽の光を受けてもっと茶色に見えた。

「見て名前、向こうに観覧車」
「ここのは結構高いらしいね」
「こわかったら僕が手を繋いでであげる」

にこ、と綺麗に微笑んで、慎之介さんはさっきウエットティッシュで砂糖を丁寧に拭った指で、
私の指にそっと触れてくる。

「今はまだこわくないよ」
「うん」

そう言いながらも、慎之介さんはふんわりと笑ったまま、指を絡ませてきた。
こうして二人、長いことゆっくりゆっくり回ってる観覧車を眩しげに見つめ続けた。




ゆづきさんリにいただいたクエスト

□音羽くんと遊園地デートのお話

で書かせていただきました!
遊園地だけど全然乗り物とかに乗ってなくてすみません…!
楽しんでいただけたら嬉しいです。
リクエスト、どうもありがとうございました!

2016/10/08 いがぐり

[*前へ][次へ#]

4/34ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!