企画
坂田銀時(長編番外編)
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※「EDGE OF THIS WORLD」最終話から十年後くらいの設定で、銀さんの息子と娘が出てまいります。
登場人物1の苗字の部分に息子の名前を、
登場人物3の予備の部分に娘の名前を入れてお楽しみくださいませ。
お手数おかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
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「パパー! チョコレート! 予備がつくったんだよー」
「おーおー、あんがとよ」
子犬のように廊下を走っていった予備が、お仕事から帰ってきた銀さんに飛びつくようにして作ったばかりのチョコレートを渡す。
銀さんは目を細めてそれを受け取ると、くしゃりと予備の髪を撫ぜ、そして片手で予備を抱き上げた。
「ママとまるめたの。ねえおいしい!?」
「まだ食ってねえからわかんねーな。ちょっと待て、あっちで食うから」
銀さんは予備に首に腕をぎゅっと回されながらも、
予備より少し後に玄関についた私に優しく笑いかけてくれる。
「おかえりなさい、銀さん」
「おう」
娘越しにする軽い口付けは、どこか甘酸っぱい。
もっと深く重ねたいけれどできないもどかしさが、今だ銀さんに焦がれてやまない私の心を、
恋を知ったばかりの少女のような気持ちにさせる。
「苗字と新八くんは一緒じゃないの?」
「あいつらなら無意味に街中歩き回ってんぞ。足腰を鍛えるための散歩とか言ってたけど、アレ絶対チョコレート欲しさの悪あがきだぜ」
帰ったらからかってやろ、と銀さんはにいっと少年のような表情で笑った。
今日は銀さんがお仕事に行ってる間に、予備とバレンタインのチョコレートを作った。
神楽ちゃんも誘ったのだけど、手作りチョコなんて渡す相手もいないしね、なんてすっかり大人の女性の顔で言われてしまった。
でも銀さんと新八くん用に義理チョコはちゃんと買ったらしい。神楽ちゃん可愛いな。
銀さんが帰ってくるまでに、予備と一緒にだいたいの知り合いの男性にはチョコを配り終えていた。
あとは本命である私の夫、銀さんへチョコレートを渡すだけ。
何て言って渡そうかな。
台所で、丁寧にラッピングした箱を持って私はうろうろと行ったりきたりしながら考える。
大好き、も、愛してる、も私達の間では特別な言葉じゃない。
いつでも言い合える幸せな毎日を、銀さんのおかげで送ることができている。
だけど、今日はバレンタインという年に一度の愛を伝える日なのだ。
毎日言ってる言葉とは別の言葉で銀さんへ気持ちを伝えたいなあ。うーん。
「何やってんの名前。うろうろして、小便でも我慢してんですかー」
「ぅあ! 銀さん、どうしたの? 予備のチョコレート食べてたんじゃ……」
てっきりあっちの部屋にいると思ってた銀さんが台所に現れたから、心臓が口から飛び出そうになった。
「いやアイツ牛乳飲みたいっつーからさ」
「そうなんだ、じゃあ持っていってあげるね。銀さんはいちご牛乳かな?」
反射的に背後に銀さんへのチョコを隠そうとした。
けれど、まるで私の動きを最初から読んでいたかのように、
無駄のない素早い動きによって、銀さんはパシッと私の手首を正確に掴む。
「これ、俺んだろ?」
「う、うん……」
掴まれた手首はちっとも痛くはないけれど、銀さんに触れられているというだけで力が抜けて逃れられない。
銀さんの顔がずいと私の方へと寄せられて、その唇が私の目の前でふっと弧を描く。
「なに。なんで隠そうとしてんの」
「えっと……何て言って渡そうかなって思ってたんだ。その言葉が見つからないうちに銀さんに見つかっちゃって」
「ん? 何か俺に言いたいことでもあるわけ?」
「うん。愛してる以上の、私の銀さんへの気持ちにあてはまる言葉」
銀さんの眼が僅かに見開かれた。その綺麗な色の瞳に吸い込まれそうになる。
結婚して何年も経つのに、私はまだ銀さんに恋をしていた。
いつだって喜んでもらいたいし、自分を好きでいて欲しい。
だから、……っ! びっくりした、銀さんの唇がいきなり、私の唇に重なってきた。
最初から角度を付けて深く重ねられて身体がぞくりと悦びに震える。
「……っは……ん、ん………」
にゅる、と入ってくる銀さんの舌に思考が絡め取られていく。ことり、とチョコの箱が床に落ちてしまった。
あ、とチョコを拾おうとするが、後頭部をしっかり抑えられ銀さんの熱い口付けから逃れられない。
微かなカカオの味のする銀さんの口の中。予備のチョコを食べたばかりだからだろう。
力強い腕に腰を引き寄せられ、更に口付けは濃厚になっていく。
唇を吸う。歯列を舌でたどり、再び絡ませあう。
はあ、と短く漏れ聞こえてくる銀さんの熱い吐息に身体の芯に火がともる。
それはゆっくりと、でも確実にじわじわと燃え広がっていく。
銀さんの胸においていた手を腕へと滑らせた。
がっしりとした感触。
予備だけなく私だって片手で抱き上げられるほど鍛えられた銀さんの腕に、触れた手のひらまでもが欲情する。
「……銀さんが欲しい」
すぐそこの部屋で予備が銀さんを待っている今、ここでできるわけないとわかっていても、
どうしても唇からこぼれる言葉をとめることができなかった。
銀さんは切なげに眉を寄せ、情欲に濡れた蜜のように甘い瞳で私としっかり視線を絡ませてくる。
銀さんも、私を欲してくれてる。今すぐ抱きたいと、瞳が言っている。
ああ、と身体が疼きだす。まだ外も明るい夕方にさしかかったばかりの時間だというのに、
私は、どうしてこんなにも銀さんを求めてしまうのだろう。
「夜まで待てるか?」
強く抱きしめられ、悩ましげな銀さんの吐息に耳朶をくすぐられながら囁かれた言葉に、
最高の幸せと、愛しすぎて苦しいくらいの想いを抱きながら銀さんの胸の中で小さく頷く。
「ん……がんばる……」
「って、俺が待てるかわかんねーんだけど」
銀さんの低い声に、たまらない色香を感じた。
背中の手が、下へとさがっていく。ふくらみをたどる手に、もっとと言うように銀さんにしがみつく。
けれど「パパー!」と銀さんを呼ぶ娘の声に、はっと我に返った。
少し困った顔で銀さんが微笑む。私も、同じような表情をしているに違いない。
「……チョコだけじゃ伝えきれないよ。私の気持ち、夜中たくさん伝えさせてね」
「おう、それ以上に愛してやらァ」
私がさっき落としてしまったままだったチョコの箱をひょいと拾い上げ、
銀さんは茶目っ気たっぷりの笑顔でちゅっとその箱にキスをする。
そして銀さんは「あんがとな、名前」と私をもう一度、その厚い胸に引き寄せてくれた。
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