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企画
藤麓介(2年A組)


みんないつ、ここに入れたんだろう。


私はわりと早くから登校するのが好きだ。
今日は2月12日。バレンタインデーは日曜日なので、金曜日の今日、
目当ての男の子にチョコをあげようと思ってる女子は大勢いるだろうなと思っていた。
特に、人気の高い常中一のイケメンの藤くんにあげようと思ってる女子はこの学校の女子だけでも凄い人数だろう。
いつもならまだ上靴しか入っていない藤くんの靴箱には、この時間からすでにチョコレートでぎゅうぎゅうになっている。
今年もすげーな、などと藤くんの靴箱を見たテニスのラケットを持つジャージ姿の男子生徒達が通り過ぎていく中、
私は鞄の中のチョコをそこに入れる勇気もなく(というかもう入れるスペースもないのだけれど)
どことなく疲れた気持ちで教室に向かった。
今日中に、渡せるといいのだけど。



黒板に自分の名前を書いている日直や、朝練終わりの運動部員がむしゃむしゃパンを食べているくらいで、
この時間に教室にはあまり人は居ない。
けれども今日は違った。すごく珍しい人がもうきてる。

「おはよう、藤くん。珍しいねこんなに早くにきてるなんて」

机に突っ伏して寝ているらしき藤くんに、ドキドキしながら声をかけた。
いつもは遅刻寸前か堂々と遅刻してくるのに、
こんな人もまばらな時間にきてるだなんて本当に珍しい。
もしかして、次々に渡されるであろうチョコと女の子達につかまらないようにこの時間に登校してきたのかな。
彼がもぞりと動いた。藤くんの肩に、頭に、机のギリギリのスペースにもチョコレートが積まれてる。

「バレンタインだろ、今日」
「やっぱりそれで早く登校したんだ。でもせっかく早くきたのに凄いね」

机の両端にかかってる大きな袋の中にもすでにチョコレートが山となって入っていた。
頭をぼりぼりとかきながら、藤くんがのそりと上半身を起こす。
頭の上のチョコレートがごとりと机に落ちた。
彼は心底疲れきった瞳でそのチョコレートを見てから、ゆっくり私に視線を上げた。どきっとする。
藤くんの眼差しは、どんな人でも隠し事ができなくなるような真っ直ぐなものだ。
私はそれから逃れるように自分の鞄へと目を伏せる。

私の席は藤くんの隣の隣。
藤くんの視線を受け、緊張しながら鞄から教科書を出そうとする。
鞄の中の、昨日用意した小さな箱がどうしても視界に映る。
私が、藤くんにと用意したものだ。

今、さらっと渡しちゃおうかな。この前、資料作るの手伝ってくれたお礼とか言って。
うーん、でも委員会で遅くなったときにいつも送ってくれるお礼、の方がいいかな。
藤くんは近寄りがたいところがあるけど、とても親切な人なのだ。
だからいつも親切にしてもらってるお礼、なんて渡しても変ではないはず。

「あの、藤くん」
「……なあ、なんか聞こえねえか?」

険しい顔をした藤くんの言葉を受け、遠くに耳を澄ましてみる。
すると少し離れたところから、きゃあきゃあと集団でこちらに向かって走ってくるすごい数の足音が聞こえた。
十中八九、藤くんにチョコレートを渡すためこちらに向かってきているのだろう。大変だ、イケメンも。

「ちょっと付き合え」
「えっ!?」

藤くんは片手で何故か私の鞄を取って脇に抱えると、もう片方の手で私の手首を掴んだ。
そして走る。同級生の視線なんて気にもせず。女の子達の逆方向へ。

そしてたどり着いたのは屋上へと続く扉の前で。
でも鍵はかかってるから、女の子に見つかっちゃうのは時間の問題じゃないのかな。
なんて思ってると、藤くんが大きな南京錠に手を掛けた途端、U字型の掛け金が本体から外れた。
な、なにやったの!?

「これ、壊れててちゃんと閉まってねーんだよ」
「よく知ってたね……」
「保健室が使えない時の昼寝場所。誰にも言うなよ」
「うん」

藤くんに促されて屋上に足を踏み入れた。一面に広がる青空。風が冷たいけど、開放感がたまらなく気持ちいい。

「朝飯食ってねーんだ、今日」
「こんな早くから登校するから」
「なあ、何か持ってねぇ?」

ふー、と冷たそうなコンクリートに腰を下ろした藤くんに鞄を渡された。

何か、と言ってもお昼のお弁当か、バレンタインチョコしかない。

「……俺としちゃ、甘いモンが食いたい気分なんだけど」
「藤くんがもらったチョコ、持ってこればよかったね」
「バーカ」

大きな溜息を吐かれた。
藤くんは開いた膝の上に肘を乗せ、両手で頬杖をつき私をじっと見上げてくる。

「苗字は俺にくれねーの?」

綺麗な瞳。
整えてるわけでもないのにすっとした眉毛、眉間には少し皺が寄ってる。
口はむっとしてるのに、怒っているようには見えない。

「もらってくれるの?」

そう聞くと、藤くんは黙ったまま私に向かって手を伸ばした。
ドキドキとしながら、鞄の中からチョコレートを取り出す。
たくさんもらうだろうから、小さいのにしたのだ。
でもぐるぐると売り場を何週もして選んだ、一粒数百円の、美味しそうな。
それを藤くんの手のひらに乗せる。4粒入りの軽い、でも本命のチョコレート。

「サンキュー」

びりりと包装紙を破き、藤くんはぽいぽいとチョコレートをよっつ続けて口に入れた。早い。
味、わかるのかな。

「うまい」
「そ、そっか、よかった」
「……他のヤツにも同じのやんのか?」

指についたココアパウダーを舐め取りながら、藤くんが立ち上がる。

「用意、してきたのは藤くんのだけ」
「ふうん」

あ、笑った。
藤くんは、私から少し視線を外し深い笑みを浮かべる。

「俺、チョコもらってもホワイトデーとか返したことねーんだけどさ」
「え、そうなの。あれだけもらってるとまあそうなるよね」

ぼりぼりと手で後頭部をかく藤くんが、地面に落としていた視線を上げ、視線を絡ませてくる。
いつになく、真剣な顔つきだ。

「お前には返すから」
「っ、あ、ありがとう、楽しみ!」

緊張してつっかえてしまった。
そんな私をみて小さく笑った藤くんが、手をぽんと私の頭に乗せてくる。

「好きな女には優しいんだぜ、俺」

二月の凍てつくような風が、私達の間をぴゅうと吹き抜けていく。
けれども、藤くんの言葉でぼうっとする私に、風の冷たさなんてわからない。

真っ赤になって喋れない私の背中を、とうとう藤くんが抱き寄せた。




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あきゅろす。
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