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企画
近い先の約束(土方&ちょっと坂田)

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※入れ替わり篇です
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いつもの自分の革靴ではなく、あの坂田銀時のブーツを履いているからか、土方十四郎はどうも夜道を歩く自分の足音が気になって、
歩きながら無意識にちらちらと足元に視線を落としてしまう。

「……きゃ!」

顔を上げようとした矢先、どん、と前から来る誰かにぶつかり、土方はハッとした。
相手も余所見をしていたのか、ごめんなさい、と尻餅をつきつつ謝ってくる。

「いや、こっちこそ悪かった。どっか怪我したとこはねぇか?」
「あ、はい大丈夫です」

そう言って顔を上げた女性の顔に、土方は見覚えがあった。
万事屋の近所に住むという、坂田銀時の妹分だと紹介されたことのある苗字名前だった。

「って、銀ちゃんじゃん」

ぶつかった相手が銀時だとわかった途端、名前の表情が一変した。
事故のせいで、名前の前に立つ坂田銀時の身体の中には、今は土方十四郎の魂が入っている。
土方十四郎の身体にはもちろん、坂田銀時の魂が入っていて、今頃真選組にいるはずだ。
何かしでかすのではないかと思うと頭が痛くなる。
そんなことなどつゆ知らず、名前は明るい笑顔でこちらを見上げていた。

「やだもう、口調がいつもと全然違うから銀ちゃんだと思わなかったよー」
「お、おう、なんつーか、風邪ひいてんだ」
「そうなんだ。馬鹿でも風邪ひくんだね。ならこんな夜に外歩いてちゃだめでしょ」

名前の遠慮の無い言葉に目を見開きつつ、口元に自然に笑みが浮かんでくる自分に驚いた。
土方十四郎としてこの娘の前に立っている時と、名前の態度がまるで違う。リラックスしきった柔らかな顔だ。
名前と土方は、万事屋を介しての顔見知りではあるものの、道でバッタリと会った時でもせいぜい笑顔で頭を下げるくらいの間柄だった。
そんな名前が、本人は銀時に向かって微笑んでいるつもりなのだろうが、自分にこんなに親しげにしてくれることに、なぜか嬉しさを感じてしまう。

「飲みにでも行かなけりゃやってらんねぇ気分なんだよ。それよかいつまで地面に尻もちついてんだ。ほら手ぇ貸せ、起こしてやるよ」
「………え?」
「あん? なんだよ」
「銀ちゃん、そんなことしてくれる人だったっけ。いつもなら、後ろから首根っこ引っ張って起こしてくれるのに」
「き、ききき今日の銀さんは紳士なんだよ」

土方の言葉に笑顔を浮かべた名前が、素直に手を伸ばしてくる。
この差し出す手が自分自身の手ではないことに歯がゆさを感じつつ、拍子抜けするほど軽い名前の身体を引っ張り起こした。
ほのかなぬくもりはすぐ手のひらを離れ「ありがとう銀ちゃん」と名前に本当の自分の名とは別の名で礼を言われる。
仕方がないこととはいえ、もどかしさを感じた。
そんな土方をじいっと名前が見つめてくる。
どうした? と視線を重ねれば、途端にぽっと名前の頬が染まるのが夜目でもわかった。

「口調もちょっと変だけど、顔もどうしちゃったの。なんか引き締まってるね。うん、こっちの方がいつものだらしない顔より全然かっこいい」

こんな気の抜けた可愛らしい顔で笑うのだと、土方は目を見張る。
ゆるやかな名前の微笑みは、まるでそよ風のようなさりげなさで土方の心を撫でていった。
自然と瞳孔が開いていくのがわかる。
おそらく、坂田銀時の前ではいつもこうなのだろう。
今まではそんなことどうでもよかったというのに、土方は何故か今はそれが妙に心に引っかかて仕方なかった。

「あ、もしかしてこれからデートだったりする?」
「はァ? デートだ?」

名前は土方も知っている女性の名を続ける。
それは坂田銀時が長年付き合っているという恋人の名前で、土方も何度か会話を交わしたことがあった。
あのだらしない男の尻を蹴っ飛ばすような、気の強い女だ。美人の類ではあるだろうが、土方の好みではない。
そこでハッと気付いた。今の姿で彼女と会ってしまったら色々と問題が出てくるだろう。
ただの妹分の名前を相手するのとは違うのだ。
自分の正体をバラしてもいいが、信じてもらえるかわからない。

「いや。やっぱ俺帰ることにすっからよ。それじゃこの辺で」
「銀ちゃん、やっぱ変だわー。病院行ったほうがいいんじゃない?」
「どこら辺が変なんだよ。どっからどう見ても坂田銀時だろーが」
「なんか雰囲気がビシッとしてる」

年齢は土方より幾つか年下だろう。少しあどけなさの残る外見はしているが、名前は思いの他鋭い女性のようだ。
土方は懐から煙管を取り出し、気持ちを落ち着かせるよう口に銜える。

「目つきが鋭いし」
「目と眉の間が狭いし」
「背筋が伸びてるし」
「煙管なんて初めて見たし」

そこで言葉を切り、土方を、坂田銀時を見上げてくる。
ガラス玉のような瞳だと思った。
唇には猫のような、可愛らしい微笑を浮かべている。

「なんだか……真選組の土方さんみたい」

土方は、口からぽろりと煙管を落とした。
自分達の身の上に起きたバカげた出来事。
万事屋には誰も信じてもらえるワケないと言ったが、もしかして、信じてくれる存在もいるかもしれない。



「だーかーらー、俺がオメーの彼氏の坂田銀時だっつーの! 信じろ!」
「ちょっとほんと何言ってるの副長さん、私の彼氏は甲斐性ナシで足がくさくてだらしないヤツなの。こんな公務員でヤニくっさいヤツじゃない」

名前が知っていた、坂田銀時がよく行くという居酒屋に土方が名前と共に足を踏み入れると、
そこで一番に飛び込んできたのは、自分の姿で他人の女にぐいぐいと迫っている光景だった。
あの野郎何勝手なことしてくれてんだと、銀時の姿をした土方は、天然パーマの髪を指で掻き乱し頭を抱える。

「……あ! 銀時!」

わけのわからないことをいって絡んでくる男にげんなりした顔をしていた銀時の恋人は、
そのとき現れた土方の魂が入っている坂田銀時の姿に安心したように笑ったが、
先ほど土方が事故で自分達の身に起きた出来事を説明し、今の状況をなんとか理解してもらえた名前も交え、
手早く簡単に坂田銀時の魂と土方十四郎の魂が入れ替わってしまったことを伝えると、
みるみる険しい顔になってしまった。半信半疑、といった表情だ。

「ほんとなの名前ちゃん、銀時と副長さんが入れ替わったって、そんなアホなこと。ドッキリとかじゃなくて?」
「たとえドッキリでも、あの真選組の土方さんがそんなものに乗ってくれると思います?」

「……思わない。堅物だもんねあの男」銀時の恋人がちらと自分の隣に腰掛ける中身が銀時の土方に視線を送る。
ち、と小さく舌打ちしながら「悪かったな堅物で」と坂田銀時の姿の土方が言えば、途端に「銀時のことじゃないよ」と銀時の恋人が笑う。
すると二人同時に

「間違うんじゃねえ。万事屋の姿してっけど俺が真選組副長土方十四郎だ」
「オメーの銀さんそっちじゃないから! こっち! こっちだからね! 髪の毛V字になっちゃったけど銀さんだからァァ!」

と土方と銀時が同時に口を開いた。
引っ掛けるつもりの発言だったのか、銀時の恋人は「はいはい」とぞんざいに返事して、
銀時が副長で副長が銀時ねえ、という小さな呟きと共に、ぐびりとひや酒を一気に口の中へ流し込む。
名前は目をぱちくりとして三人のやりとりをただ眺めるしかできず、じっと貝のように口をつぐみちょこちょこと甘いチューハイに口をつけていた。
土方十四郎の姿をした坂田銀時はこの状況にイライラと頭をかきむしりつつ、
懐からアポロチョコを出し、箱に口をつけると一気に幾粒もの小さなチョコを口の中へ放り込む。

「それで、あんた達どうするのよこれから」
「わかんねぇよ俺らにも。とりあえずもうこれ以上は考えんのメンドくせーだけだしィ、何かわかるまでしばらくこのままやってくしかねぇって言ってたんだよな、銀サン?」
「先ずは下地をしっかり敷いてこの事態に取り掛かる必要がある。確実に素早く情報を得た上で対策に取りかからなけりゃなんねえ。
 つーわけで明日から忙しくなるからそのつもりでいろ。なあ土方サン」

土方と銀時の言葉に、名前と銀時の恋人は苦い表情で顔を見合わせた。
一応、事情は飲み込めたのだが、まだどこか冗談であってほしいと心のどこかで思っていた。
けれどこの会話を聞いていると、やはり冗談なんかではなく二人が本当に入れ替わっているとしか思えない。

「ひとつ問題があるんだけど」
「なんだ女」

銀時の姿の土方が、銀時の恋人を見る。
丁度店員が運んできたビールのジョッキを持ち上げ、口をつけたところで爆弾発言が飛び出した。

「あのさ、私はどっちとセックスすればいいわけ?」

ぶふう! と銀時と土方、どちらも口から飲み物を飛ばす。
名前は冷静に、店員にふきんをもらいテーブルを拭いた。

「オメーさあ、いくら溜まってっからってやめてね銀さん以外の男に身体許すの」
「じゃあ銀時の身体に入った副長さんとするの?」
「慎みを持て。元に戻るまで我慢もできねぇのか」
「人の彼女淫乱呼ばわりすんのやめてくんない」
「別にしてねぇだろーが!」
「あーヤダヤダ、仕事人間がたまに女と接するとすぐこうだ」
「たまにじゃねぇよ俺だってなァ!」
「ま、まあまあ二人とも」

名前が間に入ってくれなかったら、何時までも口喧嘩を続けていただろう。
土方ははあと長い溜息を吐くと、銀時の恋人にぎろりと鋭い眼光を向ける。

「俺とも、コイツとも、戻るまで何もすんな。何もだぞ!」

銀時の恋人はそんな視線を受けても怯えた顔一つ見せず、あろうことか欠伸しながら「けどさ」と唇を開いた。
少し、この状況を楽しんでいるようにすら見える余裕げな笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「そうは言うけどね副長さん。いつ戻るのかわかんないじゃん。我慢できなくなる前に戻らなきゃ知らないよ?」

銀時と土方は、その言葉にテーブル越しに互いに目を合わせながら顔を歪めた。



「あの、土方さん、私にできることがあったら何でもお手伝いしますから、遠慮なく言って下さいね」

頼むから自分の身体でややこしくなることはするなと銀時達に念を押し、土方は名前と共に居酒屋を出た。
銀時の中身が土方だとわかってから、名前の言葉は砕けたものから元の敬語に戻り、笑顔も歩く距離も、少し離れてしまっている。

「わりーな、迷惑かけちまうことになるが」

いえ、と首をふりつつ名前の足が止まる。
土方も足を止めると、名前がにこりと笑った。

「私の家、こっちなんです。今日は大変でしたね土方さん。私、明日万事屋行きますから、今夜はゆっくり寝てください」
「おい待てコラ、夜道に女一人で帰らせるわけねーだろ」
「え」

歩き出そうとする名前の肩に、土方が手を置いて止める。

「今まであまりお話したことなかったけど、土方さんてすごく親切なんですね」
「普通だ。つうか俺のことどんな男だと思ってたんだよ」
「銀ちゃんが言うには、ニコチンとマヨくさくて目と鼻が麻痺して使えなくなるから一メートル以内には近寄らないほうがいいって。あと瞳孔開いてるから、目を合わせるとビームで焼かれるとか」
「何とんでもねぇ出鱈目吹き込んでんだ万事屋の野郎」
「出鱈目ってことはわかってましたよ。でも、真選組の副長さんはすごく私にとってすごく遠い人だったから」

こうしてお話できて嬉しいです、と名前は笑う。
名前は道路の右を指差し、私の家はこっちです、とゆっくり歩き出した。

「でもさっきはビックリしたなあ」
「入れ替わってたって知った時か?」
「いいえ、その前です。だって銀ちゃんなのに、銀ちゃんは私の、ちょっと足のくさい優しいお兄ちゃんみたいなものなのに、
 転んで手を差し出された時、心臓がドキドキしちゃって、自分がおかしくなったかと思いました」

とても大事なことのように、名前は前を向き、両手で口を覆いながら目を細めて微笑んだ。綺麗な横顔だ。
今まで、まるで意識されていなかったのは知っている。自分だってそうだった。
けれど目の前の名前は、ただ当たり前のことをしただけの土方に、感情が揺れているように見えて、それがとても可愛らしいものだからたまらない。
頬を染め、瞳を潤ませる名前の表情に、土方は柄にも無く自分も胸が高鳴るのを感じる。

「……それは、俺を、」
「ああああ! ごめんなさい、なんでもないんです! お酒飲んだせいです! 変なこと喋ってごめんなさい!」

一気に我に返ったのか、あわてて今の発言をなかったことにしようと手をぶんぶんと振られる。
酒で心が緩んでの発言だとしても、名前の今の言葉は土方にとって嬉しい言葉だった。
変なこと、でなど片付けたくない。土方は額に垂れ下がってくるふわりとした忌々しい天然パーマの前髪を後ろへぐいと撫でつける。

「元の身体に戻ったら飯に付き合ってくれ」
「ごはん、ですか?」
「俺のこと、万事屋のせいで誤解してたり知らねぇことも山ほどあんだろーから、知って欲しいだけだ」
「あ、は、はい。わかりました」
「ついでに俺のこと、これから意識してってくれると嬉しい」
「………!?」

微笑みかけると名前が真っ赤になる。
そして、戸惑いながらも恥ずかしそうにこくりと頷き、笑みを返してくれた。

その笑顔は彼女が銀時に向かって浮かべたものではない。
しっかりと銀時の中の土方を見て顔を綻ばせているのだ。

名前の前に立ってる身体が坂田銀時のものだというのは腹立たしいが、これからのことに希望が持てそうなこの雰囲気は悪くない。
ほんの少しだけ、銀時に感謝したい気分の土方だった。




□ヒロインは万事屋のご近所さん(坂田さんに恋愛感情ナシ)
 いつもと違う坂田さん(中身土方さん)にドキドキする自分が信じられなくて否定するも
 後に入れ替わってた事が分かってから土方さんが気になりだす。
 土方さん(外身坂田さん)もヒロインにモヤモヤ…
□入れ替わり編の銀さんと土方さんのお話 

伽椰子さま、匿名様のリクエストで書かせていただきました!長くなってすみません!
書いていたら楽しくなってきてしまって、こんな長さになってしまいましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
入れ替わり篇の話、いつか書きたいなあと思っていたので、リクエストとても嬉しかったです。どうもありがとうございました!

2015/10/29
いがぐり

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