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企画
通じ合う日・前編(藤)
とにかく、藤麓介という男は逃げることに長けていた。
面倒くさいことから逃げ、群がってくる女の子達から逃げ、そしてついには家からも逃げ出し海外に飛んでいってしまった。

▽▽▽▽▽

藤くんと私は友達だった。

シンヤに、ある日ふと自分には男の子の友達が居ないと漏らしたところ「いい人達が居るよ!」と強引に保健室へ引っ張るように連れて行かれた。
そしてクラスの違う美作くんやアシタバくん、そして遠くから見ているだけだった藤くんを紹介されたのだ。
皆とは瞬く間に仲良くなれて、毎日がとても楽しいものになった。
男だから女だからという理由で友情に軋みが出ることは全く無く、困ってることがあれば助け合い、嬉しいことがあったらみんなで笑った。
だけど藤くんにだけは、友達という枠だけで収まらない気持ちをずっと持て余してきた。
「告白とかする気は無いの?」私の藤くんへの気持ちはアシタバ君たちにはダダ漏れだったのだろう。
皆からはよくそんなことを聞かれた。

「なぁ苗字、お前日直だって?鏑木から聞いた。…はぁ?日誌書くの忘れてた?どんくせーな、待っててやっからとっとと書けよ」

ぶっきらぼうだけど、照れを隠していることが丸わかりで、それがくすぐったくてどうしようもなく恋心を煽られた。
他の女の子と私とでは、まるで違う藤くんの態度。
期待を膨らませる数々の態度に勇気を振り絞り、さあ告白しようと勇気を振り絞って行動を起こそうとしたことが何度もある。

「藤くん…あのね……私、藤くんのこと、」
「わり、用事思い出した」

しかしその気配を敏感に感じ取ってか、藤くんはいつもするりと話題を逸らし、私の気持ちなんて聞きたくないとでもいうように逃げるのだ。
藤くんはとっくに私の気持ちに気がついている。
だけど告白をされたら困ってしまうんだろう。だから逃げていたのだ。告白されないように、いつも。
そのくせ友達以上として接してくるから辛かった。
告白して玉砕した方がまだよかった。潔く区切りを付けて諦めることができただろうから。
だけどそうさせてもらえない私は、いつまでも心の中で藤くんへの恋心が燻り続け、他の男の子たちへ目を向けられずにいた。

「お前の名前、苗字で呼ぶより下の名前の方が呼びやすいな。これから名前って呼んでもいいか?」
「え、う、うん!もちろん!」
「おし、これからおめーを名前って呼べる男は俺だけだぜ、いいな」
「…美作くんも名前って呼んでくれる時があるけど」
「ち、あのデブ。もう呼ばせんなよ、名前」

中途半端に気を持たせるその残酷な態度。優しく笑うその表情に胸が詰まる。
本当にもう、限界だった。だから高校を卒業するときに今度こそ告白してやると藤くんを呼び出した時だった。

「………アメリカ?」
「そ。今んとこ名前にしか言ってねーかんな。誰にも言うなよ」
「突然だね、びっくりして言葉も出ない…」
「出てんじゃねーか」

からかうように藤くんが笑う。
私は身体の震えを隠すのに精一杯で、それに笑みを返すこともできなかった。

「いつ行くの?すぐ帰ってくる?」
「教えねー」
「なんで!?」
「お前、泣きそうだから」
「見送りもさせてくれないの…?」
「決心が揺らいじまうと困るから。出発前に名前の顔…見たくねーんだ」

呼吸を忘れた。思考が止まった。告白をする前に気持ちを遮られた。
胸を抉られる様な言葉を発した藤くんは、苦しそうに唇を噛んでいて、ああ、こんな顔をさせているのは私なんだなと申し訳ない気持ちになった。
それから私はどう返事したかわからない。返事する前に藤くんの前から走り去ったのかもしれない。
ほんとうに、その時の記憶が途切れていて、わからない。
そしてこの日以降、藤くんと二人きりで会うことは無いまま藤くんはアメリカへと発っていった。

▽▽▽▽▽

「苗字さん、そういえば一人暮らしはじめたんだって?」

同じ大学に進んだアシタバくんが、学食でシンヤとお茶を飲んでいた時にひょいと現れて言った。
たまに集まって遊んでいるとはいえ、大学では学部が違うから、こうしてたまに偶然会えると本当に嬉しい。

「うん。私も大学に進学したことだし、単身赴任してる父のところに母が行きたいって言うから」
「先月かな、家族の住んでたマンションは賃貸にして、名前は大学近くのアパートで暮らしてるんだよね。私お引越し手伝ったんだ」
「鏑木さんなら力仕事バッチリだもんね…」
「なによアシタバくん失礼ね!」
「いや実際物凄く助かったよ。アシタバくんも近いうちに遊びにきて」

やっぱりいいなあ。楽しいなあ。
大事な友達と一緒に居ると、心がほんわかしてくる。

「あ、ねえそういえば藤くんがこっち帰ってくるって知ってた?」

アシタバくんの言葉に私は目を見開いた。
せっかく忘れようとしていたのに。また息が苦しくなる。

「ええーっ知らなかった!名前は知ってた!?藤くんと一番仲が良かったから連絡とかあったんじゃないの?」
「…いや、ずっと連絡なんて取ってなかったから、いま初めて知った…へえ、帰ってくるんだね」

連絡先も携帯番号も全部消していた。
もしかしたら藤くんから連絡があるかもしれないと、僅かでも期待しそうな気がしたことに自分自身うんざりしたからだ。
もう本当に前に進みたい。藤くん以外の人を好きになりたい。

「久々に藤くんも帰ってくるんだし、皆で集まらないかって美作くんが言ってるんだけど、どうかな?」
「いいわね!ね、名前!」
「…うん、そうだね」

当日は用事が入って行けなくなったことにしよう。
一年も経っているのに、藤くんを前にしたら平静でいられる自信が全く無い。
表面だけは明るい笑顔を作り、しばらく3人で中学、高校時代の楽しかった藤くん絡みの思い出を語り合った。




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後半へ続く!!

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あきゅろす。
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