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企画
沖田総悟(おとなりさん)

玄関を上がった途端、名前の部屋に充満する甘い香りに、沖田はすぐにこの香りの正体が何であるかピンときた。
口元を綻ばせ、しらっとした態度を装い聞いてみる。

「何ですかィ、この甘ったりィの」
「チョコレートだよ、バレンタインの。一日遅くなっちゃうけど、明日会社の友達に渡すんだ」

へえ、と何でも無いように呟きスリッパに足を通した沖田に、名前が可愛らしくはにかんで言う。

「沖田さんのチョコレートもちゃんとあるからね」
「期待してますぜ」

ちらと横目で台所を覗くと、調理台の上にはいくつものラッピング用の袋や、
まだ作りたてなのか、艶やかな、触るとぺっとりと指につきそうな、
液体状に見えるチョコが流し込まれた小さなカップがいくつも置いてあった。
どう見ても、友人に配るためにたくさん作ったものである。
それを見て、やはり自分は名前にとって、友人、またはその他大勢の一人なのかと、沖田は少々落胆しながらこたつに座った。

バレンタインの今日、暇な時にいつでもいいから来て欲しいと先日誘われ、沖田は正直期待していたのだ。
期待しすぎて、さっき昼食を近所のラーメン屋でさっと済まし、そのまま訪ねてみたというのに。
肘をつき、はーあ、と名前に聞こえないくらいにボリュームを絞った大きな溜息を吐く。
言いようのないもやもやとした気持ちを抱えながらこたつのテーブルに顔を伏せていると、
くすくすと小鳥のさえずりのような可愛らしい笑い声がすぐ傍で聞こえた。

「ねむたいの? お昼寝しちゃわないうちに渡しておくね。はい、これ沖田さんに。いつもありがとう」

珈琲の乗ったトレイを置くと、そこに一緒に乗せてきた箱を、名前は大事そうに両手に持って沖田に差し出してきた。
その大きいとも小さいともいえないコンパクトな深さのある四角い箱には、
華奢なレースのリボンが十字に巻かれ、真ん中に同じレースで作られた花を模ったものが飾られていた。
これはまた随分と綺麗な、と沖田は手のひらでそれを受け取ると、まじまじと箱を見つめる。

「………すげえなコレ、どうもありがとうごぜーやす」
「お料理に比べてお菓子作りってぜんぜん得意じゃないんだけど……あの、小さいチョコレートケーキを焼いてみました」

もじもじと、名前は沖田の前に珈琲を置く。
すっとした鮮やかな香りが珈琲から漂ってくるが、沖田は珈琲に手をつけるより先に、箱のリボンを解いた。
早く見たかったのだ。自分の為に名前がわざわざ焼いてくれたというチョコレートケーキを。
さっき落胆した気持ちに嬉しさが上書きされていく。

「今食べてくれるの? お皿とフォーク持ってくるね」
「いや、皿もフォークもいりやせん」

マフィンほど小さくは無いが、手のひらに乗るほど小さめの、クラシックな見た目をしたチョコレートケーキは、手に持つとどっしりとした重みがあった。
深いチョコレートと、ラム酒のほのかな甘い香りがする。

「いただきやす」

ぱくりと、沖田はケーキをそのまま頬張った。
自分の為に砂糖を控えめにしてくれたのだろうか、濃厚な味はするが、甘ったるさは感じない。
ほのかな苦味、抑え目の甘味、アクセントにラム酒、そしてコーヒーのビターな香りもふわりと感じる。
それはまるで自分達の関係のようだった。
最高の心地よさを感じつつ、もう少し甘くてもいいような、
でもこのままで完成されているような、そんな複雑なものが入り混じった美味しさだ。

「どうかな……甘さ、足りなかったら生クリームかバニラアイスでも添えて食べる?」

名前が、何も言わずもぐもぐ食べている沖田に向かって心配そうに聞いてきた。
沖田がケーキの感想を何も言わないので不安なのだろう。
小リスのように愛らしい仕草で、包装に使ったレースのリボンを指に巻いたりほどいたりしながら、
名前は小首を傾げつつ時折沖田に視線を送ってくる。
手を少し動かせば、指と指が簡単に触れられる位置に、名前の小さな手がある。
腕を伸ばせば、後頭部を引き寄せて口付けられるくらい近い、斜め横の位置に名前が座っている。
沖田は親指で口の端についたケーキを拭いながら名前に微笑んだ。

「いや、今はクリームもアイスもいらねえ。このままでいい。うまいですぜコレ」

そう言って、ぱくぱくと、沖田はケーキを勢いよく食べていった。
その勢いに、わあ、と目を輝かせて嬉しげに名前が微笑む。
花のような笑顔だ。華美な花ではないが、素朴で、とても愛らしく、心を和ませてくれる。

そんな名前の表情に頬を熱くしながら、沖田は何かを誤魔化すように、珈琲で口を湿らせた。




千寿さんにいただいたネタもちょこっと使わせていただきました、どうもありがとうございました!

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