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企画
あなたに・前編(沖田と年上女中&土方夫婦)

「あれ」

応接間を掃除しようと襖を開けた真選組屯所の女中、苗字名前は、そこに居たたまに屯所で見かける人物の意外な場面に遭遇し、おや? と首を傾げた。

「あら名前さん、こんにちは、お邪魔してます」

真選組副長、土方十四郎の妻は、真剣に向かっていた花から顔をあげ、名前に向かって本当に嬉しそうに顔をほころばせる。
同じ女性である名前も、思わずきゅんとしてしまうほど、可憐な笑顔だった。

「凄く綺麗、そのお花。土方さんに頼まれたんですか?」

名前に華道や詳しい花の知識は無い。
しかし、静かな空間に土方の妻がいけたらしい、ふっと浮かぶように佇むほのかな甘い香りのする白い花々は、
花器と花のバランスが計算され、なおかつ自然の美しさが一番出るように活けられているのがわかって、
花や茎、そして枝の流れのひとつひとつでこんなにも雰囲気が変わるのかと心から感心した。
いつもは、花屋に大量に持ってきてもらった花を、女中があちこちの場所に適当にわけて花瓶にどぼんと突っ込むだけなのだが、
土方の妻がいけた花のある空間は、そこはかとなくいつもより空気が穏やかで、そして気品すら漂っているように思えた。

「いいえ、私からお願いさせてもらったんです。こちらへお花をお届けにあがった時に少し時間があったので、ぜひやらせてくださいと」
「お花、買ってきて下さったんですか?」
「いいえ、ご注文いただいたんです。私、期間限定で花屋で働いてるんですよ」

えへへ、と可愛い悪戯の種明かしをするように、土方の妻が立ち上がった。

「よくあの土方さんが許可しましたね」
「ええ私、どうしてもどうしても欲しいものがあったので頑張りました!」
「欲しいもの?」
「それは内緒です!!」

見るからにウキウキと、楽しみでたまらないといった土方の妻の表情に、
名前は土方の妻の言う、その“欲しいもの”とやらの詳細はわからないが、目的にピンときた。

「ああ、土方さんへのプレゼントですか」
「何故それを!?」

大当たりだったようだ。

「いや、なんとなく……勘、かなあ」

凄いです名前さん、と土方の妻が目を輝かせながら両手を胸の前で組み名前を尊敬の眼差しで見つめてくるものだから、
名前はたまらず笑みをこぼした。

「十四郎さんにはこの事……」
「ええ、もちろん誰にも喋ったりしませんよ」
「ありがとうございます」

手早く後片付けをする土方の妻の手元を見つめる。
花を包んで持ってきた包み紙の上に散らばる花の茎や葉や零れ落ちた花びらに目を留め、
「それ、こちらで捨てておきますよ」と言えば、「助かります」と土方の妻が笑う。

「私も部屋にお花飾りたいな。あの部屋ってどこか殺風景で。彼は何も必要ないって言うんですけどね」
「沖田さんのお部屋で一緒にお住まいなんですよね」
「ええ」
「名前さんは本当にお綺麗な方だから、いらっしゃるだけでお部屋が華やぐんですよ」
「やめてくださいよもう! 私はただの女中です」
「照れる顔は可愛いと、沖田さんがおっしゃってました。本当ですね」
「二人してなんて話してるんですか!」

廊下を歩いていた近藤は、襖の隙間からこぼれてくる鮮やかな花々のような笑い声に足を止める。
土方の妻と沖田の恋人が楽しそうに談笑しているその姿を覗き見し、優しい顔で微笑んだ。



「おや」

花屋へ戻ろうと屯所から出たところで、土方の妻は見回り中らしき沖田と遭遇した。

「こんにちは沖田さん」
「何か屯所に用事でもあったんですかィ」
「ええ、お花をお届けに。名前さんとも少しお喋りすることができました! あれだけお美しいのに気さくで楽しくて、本当に素敵な方ですね」

お世辞などではなく本気で言ってるらしい土方の妻の言葉に、沖田は「だろィ」と表情を崩す。

「そういや土方さんが愚痴ってましたぜ。奥さんがどうしてもどうしても欲しいものがあるから働かせて下さいつってきたって」
「はい、世間知らずの私を外へ出すのは気が進まなかったでしょうが、どうしても買いたいものがあったので、一生懸命お願いしました」
「ふうん、土方さんへの贈り物か何かで?」
「何故それを!?」
「わかんねーのは土方さんくらいじゃねーですかィ。頭ン中脳みそのかわりにマヨネーズ渦巻いてっから」
「そうなのですか!?」
「今度割ってみろィ。斧だったら貸しますぜ」

顔を真っ青にしながら土方の妻はぶんぶんと頭を振る。

「……なァ」
「な、なんでしょう、わ、わわわたしは十四郎さんの頭にマヨネーズが詰まっていても構いません」

土方の妻に「あ、そ」とどうでもいいような返事をした後、
沖田は少し表情を隠すように浮かべていた笑みを引っ込め、遠くを見つめる。

「女が突然プレゼントされて喜ぶものって何ですかね」

土方の妻は、珍しい沖田の態度に目を見開いた。
相談をしてくれているのだ。きっと、沖田の大事な恋人である名前に、何かを贈りたいと。
けれど、何を贈っていいかわからず、自分に聞いてくれているのだとわかり、嬉しくて頬に血が上る。
そして、これしかない、と先ほどの名前との会話を思い出しながら、真っ直ぐに沖田を見つめ、言い切った。

「お花なんていかがでしょう!」

「花ァ?」沖田はいまいちピンとこないようだ。

「ええ、お花です。想像してみて下さい。名前さんが花束を抱えて嬉しそうに微笑んでる麗しいそのお姿を」
「……確実なのは団子あたりだと思ったんですがねィ」
「団子も悪くはありませんが、やはり」
「花束抱えた名前は捨てがてぇ」
「ええ、すごく喜んでいただけると思います」

ふうん、と悪くないという表情で口元を緩める沖田を、土方の妻はほくほくと見守る。

「よろしければお選びしましょうか」
「……頼んでもいいんで?」
「ええもちろん!」



そして土方の妻に作ってもらった大きな花束(最初はその二倍の大きさがあった)を手に、沖田は部屋へ戻る。

「おかえり、総悟」
「ああ………名前さん、これ」

後ろ手に持ってきた花束を、名前の前に無造作に差し出した。
名前は絶句したまま大きな瞳をまん丸にして、花と、沖田を交互に見ると、それこそ花がぽんと咲いたように、麗らかで幸せそうな笑顔を浮かべた。

「これ、私に?」
「……まあ、なんつーか、アンタの、びっくりした顔が見たくて、なんとなく買ってきたモンですが」

ありがとう、綺麗、すごく嬉しい、総悟、名前の柔らかな喜びの言葉は、沖田の耳に入ってはいたが、上手く反応できなかった。
頬にうっすら赤みが差し、本当に本当に嬉しそうに大事そうに花束を受け取って香りを楽しむ名前は、
花なんかに負けないほど可愛らしく、そして美しく、沖田の心を幸せで満たした。

「私、はじめてもらった」
「花束のことですかい?」
「うん、うまれてはじめて」

豪華で美しい花束は、何種類もの花々ひとつひとつの花言葉を丁寧に土方の妻が沖田に説明してくれたが、あえて口には出さなかった。
自分の想いは伝わっていると、名前の表情を見て思う。

「やっとあんたの初めてを奪えたみてーですねィ」

からかうつもりが、沖田の頬に柔らかな名前の唇が触れたその瞬間、
どうしようもなく耳まで赤く染め上げてしまい、逆に名前にからかわれることになった沖田だった。




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あきゅろす。
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