[携帯モード] [URL送信]

企画
やきもち(土方夫婦)

「わーった、わーったからデケー声出すな。……いや、そこまで小さくしなくていい何喋ってんだか聞こえねーよ」

携帯を耳と肩に挟むと、土方は器用に会話を続けながら煙草を口に銜え火を点ける。
耳に聞こえてくる妻のはしゃいだ声に、土方はすっかりリラックスした表情で微笑みながらふーっと空気中に細長い煙草の煙を吹きかけた。

「ああ、わざわざ悪いな名前。急いでねーからゆっくり来い。くれぐれも転ぶなよ。あとスキップしながらくんじゃねーぞ」

スキップなんてもうしてませんっ、と名前が焦ったように返してくる。
冗談で言った言葉だったのだが、名前は過去本当に屯所までの道のりをスキップしたことがあるらしい。
土方は思わず吹きだしてしまった。

すぐお届けにあがります、と通話を終える際に名前は言っていた。
自宅と屯所はかなり近い。名前はすぐに土方が自宅に忘れきた書類を届けにきてくれるだろう。
その書類は、何も今日絶対に必要と言うものではなかった。
ただ、最近は年末年始に活発になる攘夷浪士達や、その他のこまごまとした犯罪行為の取り締まりに忙しく、
あまり名前とゆっくりと過ごす時間が取れていないため、
忘れ物を持ってきてもらう礼に、どこか名前の好きそうな店で昼食をとろうと、電話をかけた時そんな提案をしたのだ。

もちろん、名前はとんでもなく喜んだ。
きっと、この寒さの中、頬を真っ赤にしてこの部屋へ入ってくるなり自分の胸へ飛び込んでくるだろう。そう考えると、自然と頬が緩む。
他の隊士達の前では副長という立場があるからと、妻である名前にあまり家のような態度を取るなと言っているのだが、二人きりの時は別だ。



早くこないかと気持ちばかりが逸る。土方はソワソワと煙草を灰皿へ押し付け立ち上がった。
障子を開けて廊下に出る。庭の方へ目を向け、屯所の廊下を普段以上にゆっくり玄関へ向かって歩いていった。

「こんにちは、お邪魔致します」

名前の声だ。土方は一度必要以上に反応してしまった自分を落ち着かせるように、一度その場に立ち止まりこほんとわざとらしく咳払いをする。
そして名前を出迎えようとしたその時、土方より先に名前を迎えた男が居た。
最近入った新人隊士だ。歳は二十歳過ぎの、柔和な顔つきをしている男。

「こんにちは、どうされました? 何かお困りごとならこちらではなくあちらの方で………、す、すみません、お聞きしますよ」

土方と結婚してしばらく経ち、屯所に顔を出しても普通に土方の妻だと皆に知られているので、
突然現れた男の言葉に、名前は「へ?」と面食らってしまったようだ。
新人隊士は、そんな目の前の、どこか困ったように濡れた瞳で長いまつげを震わせながら瞬きをする名前に一瞬にして心を奪われたらしい。

「あああああの、ご案内します」

言葉を乱し、遠目からでもわかるくらい顔を赤くしている。
この男は、沖田ほどではないが女性に人気で、この男がにこりと微笑めば、固そうな口もゆるやかになるため目撃証言や情報などが引き出しやすくなる。
本人もそれをよくわかっているようで、女性に人気があることをまるで自分の強さであるかのように、明らかに自慢げに態度に出していた。
だがどうだろう。今の新人隊士はいつもとまるで態度が違うではないか。

「いえ、私は」

名前は初対面の男に対し、自分は土方の妻だと自己紹介しようとしたが、
それより先に男に突然「あの!」と話しかけられびくっと身体を竦ませた。

「僕が何でも力になります、だからそんな困ったような顔でなく、笑顔を見せていただけませんか」

土方は眉間に皺を寄せる。名前を困らせているのは他ではない、話を聞こうとしない新人隊士自身だ。
一刻も早く名前を助けなければと一歩踏み出そうとした土方の肩に、ぽんと後ろから手が乗せられる。

「どっかの瞳孔ひらきっぱなしのおっかねー顔した誰かさんよりよっぽど似合いの二人ですねィ」
「何の用だ総悟」
「いや、なんか楽しそうな気配がしたんで」

にやにやとサディスティックに微笑むのは、実力も美しさも真選組で群を抜いている一番隊隊長の沖田総悟だ。

「消えろ」
「先に土方さんが消えてくだせェよ」
「テメーの女房が他の男にコナかけられてるってのに、それ振り払う前に消えるわけにゃいかねーだろ」

沖田の手を振り払い、土方は歩き出した。
「確かに」と沖田は短く笑うと、担いでいたバズーカを廊下が傷つくことも構わずその重みのまま床へ落とす。
その音に、名前と新人隊士が振り返った。
そこで見たのは鬼の副長と呼ばれるのも納得の、厳しい顔をした土方十四郎で、
新人隊士は何事かと身体を硬直させ、名前は愛する夫の姿にぱっと笑顔を見せる。

「十四郎さん!」

名前のはしゃいだ声に、新人隊士がぎょっとした。合点がいってしまったのだ。土方の態度と名前の嬉しそうな顔。
土方に妻がいるということは聞いていた。とんでもなく溺愛しているということも。
その妻が、まさかこんなにもかわいらしい女性だったなんてと、顔がみるみるうちに青ざめていく。
土方は迫力たっぷりの眼差しを男に投げかけると、こいつに近寄るなと瞳だけで牽制した。

「名前、わざわざ悪かったな」
「いえ、お仕事中にも十四郎さんとお会いできるなんて、私は嬉しいくらいです。毎日でもいいくらい」
「おいおい、俺ァ毎日忘れ物する程うっかりしてねーよ」
「例えばのお話です」

えへ、と笑う名前の背中をするりと土方が手のひらで撫ぜ、腰をしっかりと引き寄せた。
屯所で、しかも他の隊士の前でこんなことをしてくる土方に、名前は驚いて顔を赤くする。

「と、とうしろうさん、他の方がいらっしゃるんですよ……!」
「かまやしねーよ。……あ、紹介しとくぜ。こいつは俺の女房の名前だ。時々こっちくることもあっからよろしくな」

土方の迫力と目の前の光景に口をあんぐりとあけて驚いている新人隊士に向かって土方がにたりと笑った。
これでもう、二度と名前に近付こうとは思わないだろう。

「すみません自己紹介が遅れまして。土方十四郎の妻の土方名前で
「副長の奥様とは知らず、ご無礼の数々お許しください!」

名前が全てを言い終わらないうちに勢い良く言葉を被せた新人隊士は「失礼します!」 とその場を物凄い勢いで去っていった。

「どうなさったのでしょう。私、なにか気に触ることでもしてました……?」
「気にすんな、きっと便所だ」

そう適当に言いながら、土方は名前が大事そうに抱えてきた書類を受け取り「あんがとよ」と笑顔を見せた。
名前がそれは嬉しそうに微笑む。
こうして微笑んでいると、とても自分なんかにはもったいないくらいの嫁だと思う。
陶器のようになめらかなラインで描かれる頬に指を滑らせると、当たり前だがあたたかで柔らかい。
唇をなぞると、動きに合わせほんの僅かに唇が開く。
この小さな唇が、毎夜のように土方の唇に塞がれ、唾液と舌を絡ませながら夫を悦ばせたいと懸命に動き、堪えきれないとばかりに艶めいた喘ぎをもらしたりするのだ。

「十四郎さん?」

昼間から淫らな思考に溺れそうになっていた土方を、名前の無邪気な声が現実に引き戻す。
ハッとして、土方は名前からその指を引っ込めた。





■土方さんの奥さまで忘れ物を届けに来た奥さまがなにも知らない新入隊士に一目惚れされて土方さんがやきもちプンプン

のリクエストで書かせて頂きました!
プンプンどころか相手の首絞めそうな迫力ですけど、これも名前さんへの愛ということでひとつ。
書いていてとても楽しく、ウキウキしました。
素敵なリクエストをどうもありがとうございました!

いがぐり(2015年1月14日)


[*前へ]

26/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!