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企画
一人の男と一人の女(銀八と生徒)

冬休みも終わり、休み中はあれだけ静かだった教室も日中は賑やかさに埋め尽くされる空間に戻った。
けれど放課後になれば、まだどことなく特別なものを感じさせる空気に戻る。
ただ教室に一人きりというだけのことなのに、世界でただ一人残されてしまったかのような切なさと、
少し歩けば誰かと会えることを知っている安心感がまざりあい、完全に夜になってしまう前のこの時をできるだけ長く感じていたいと思う。

日が落ちるのが早い季節は部活が終わるのも早い。
校庭では帰り支度を済ませたどこかの部の部員達の話し声が小さく名前の耳に届いた。

もう、冬休みじゃないんだなあ。

暖房の切れた3年Z組で、新学期早々から日直だった苗字名前は、自分の席ではなく教卓にて馬鹿に丁寧にゆっくりと日誌に文字を書いていた。
書くことがなくなると、思わずおかしなことを書いてしまいそうになる。
私のことをどう思っていますか? と。
そんなことを考えてしまった自分に思わず苦笑いを浮かべた名前は、片足を後ろへ曲げたり伸ばしたりしながら今日あった出来事をもっと思い出そうと努力する。

名前。

けれど思い出してしまうのは、冬休み中に忘れ物を取りにこっそりここへ忍び込んだ時のことだった。
夕暮れ時の薄暗い教室。
人気のない校庭を駆け抜けてきた名前が息を切らしながらいつもとまるで雰囲気が違う教室にこわごわ入ると、
そこにはなんの偶然か、ずっと片思いしていた担任の坂田銀八もいて、名前を見て物凄く驚いた顔をした。
この教室という空間で、ずっと教師と生徒という関係だった。
それなのに、あの時だけは違った。
いつも眠たげにぼんやりとしか見開かれていない銀八の眼が、やけに熱っぽく名前を見つめてきて、
ドキドキしながら、こんばんは、と挨拶したように思う。
そんな名前の態度を見て笑みを浮かべた銀八に、なにしてんの? とぽつりと聞かれ、忘れ物取りにきた、とこたえた。

クリスマスに苗字一人でか、さみしーなオイ
先生こそ一人でさみしく学校にいるじゃない
俺ァいーんだよ仕事してたんだから
こんな日に仕事だなんて先生も大変だね
けど残っててよかったよ、苗字に会えたし

銀八の眼鏡の奥の瞳は、教師としてではなく一人の男として名前を見つめていた。
それにつられるように、名前も生徒としてではなく、ただ銀八に恋する一人の女として銀八と視線を絡めあう。
そこからはもう、言葉などいらなかった。手を伸ばしあい指を繋ぐ。お互い、冷たい指だった。
つめて、と小さく笑う銀八に、名前の心臓が跳ねた。

名前って、呼んでいい?

いつも苗字を呼ばれているので、下の名前で呼ばれたことが嬉しくて涙が滲んだ。
そんな名前の唇に、しっとりと銀八の唇が押し当てられる。
そして熱に浮かされるように口付けを交わした。

そう、それはクリスマスの夜だった。
口付けだけで心がいっぱいで、想いを告げる余裕も無く、銀八が何かを言うこともなかった。
家まで送ってく、と唇を離すと同時に言われたけれど、親に車で送ってきてもらい、外で待っていてもらっていたため、大丈夫、と首を振った。
携帯電話の番号も知らない、銀八の家も知らない。
学校で別れてから冬休み明けの今日まで、顔を合わせなかった。



「せんせー、クリスマスは誰かと過ごしたの?」
「ん〜?なんだオメーら、先生が誰とクリスマス過ごしたか気になっちゃってたりすんの?」

廊下から聞こえてきた会話に、名前はハッと背中を伸ばす。

「べっつに〜、一人だったらメシくらいおごらせてやったらよかったって思って」
「誰が奢るかバカヤロー、せんせーもね、相手くらいちゃーんといんだよ」

ガラリと教室の引き戸がひらく。
そこに名前が居ることに驚いた顔もせず、銀八は瞳を柔らかく細めた。
後ろから入って来たクラスの派手だけれど気持ちが明るくて可愛い女子達に
「名前じゃん、日誌? 真面目だね〜」なんて嫌味の欠片もないからりとした笑みを向けられる。

「せんせ〜の相手ってだれ、うちらの知ってる女?」
「教えて欲しけりゃ次のテストで学年一位取れ」

名前が書いている日誌をチェックするかのように、さりげなく銀八が名前の背中から手元を覗き込んでくる。
ふっと微笑んだかのような吐息がはっきりと聞こえ、名前は息を飲んだ。

「じゃ〜どんな人かだけ教えてよ」
「なに、のろけがききてーの。きかせてやってもいいけど長くなるぜー」

銀時が、女生徒達にわからないようにヒロインの背中に手をそえる。
え、と、声が漏れそうになり、ちらと視線を斜め後ろの銀八へ送れば、銀八は何でもありませんよというように唇を楽しげに緩めている。

「銀八ののろけなんて聞きたくない、も〜つっまんな〜い」

おどけてはいるが、この子も銀八に多少なりとも気持ちがあったのだろう。
銀八の言葉にどこか傷ついたような、でも精一杯強がっている顔をしている。

「も〜かえろ、みんな。先生、名前、ばいば〜い」
「おう、気ィつけて帰れよ」
「じゃあね、バイバイ」

女子達が賑やかしく教室を去ると、そこには銀八と名前だけが残された。
薄暗い教室。クリスマスの夜のようだと、名前はどうしても意識してしまう。

「せんせ、近い」
「おい名前、字ィ間違ってんぞ」
「え、うそ!?」
「ウッソー」

背中におおいかぶさるようにして、名前の右手に銀八の手が添えられる。

「こんなかっこ、誰かに見られたら先生困るんじゃ……」
「字の添削してましたーっつって誤魔化せるって」
「先生、誤魔化すの上手そうだもんね」

名前の腹部に銀八の手がまわり、後ろからしっかり抱しめられた。
まるで、そうすることが当たり前のことのように、自然な動きで名前を優しく抱きしめてくる。

「どしたよ名前ちゃん、何か怒ってね?」
「……先生、私にどうしてキスしたの?」
「どうしてって、したかったから。オメーもだろ」
「あの時、あそこに居たのがさっきの子達の誰かでもしてたの?」
「なんでアイツ等が出てくんの」
「なんでって、」
「俺だって一応教師だかんね、生徒に手ェ出すほど腐っちゃいねーんだよ」
「出したくせに、あの時」
「それは完全に名前のせいですゥー」
「私のせい!?」

後ろから抱しめていた腕を解き、銀八が優しく名前の身体を向かい合わせになるよう誘導してくる。

「そういや、俺、名前にちゃんと言ってなかったな。いやー悪い悪い、あれから俺、随分と浮ついちまっててよ」

さり気なく名前を隠すようにして出入り口を背にした銀八は、両腕で名前の腰を引き寄せるなり唇を軽く重ねてきた。
見つめているだけで心臓が苦しくなるような、熱く色っぽい銀八の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「最初は真面目な可愛い生徒の一人だって思ってたよ」

銀八はふっと何かを思い出したように、眼鏡のレンズの下にある瞳の光を和らげた。
名前は黙って銀八の言葉に耳を傾ける。

「けどオメーってなんかスゲー人当たりよくってさ、あの化粧濃いギャルどもや中二病患ってる高杉とも肩の力抜いて自然に接してるじゃん」
「だってみんな話してみると面白いし、楽しいから」
「そういうのスゲーいいなって思ったよ。でもって、ふにゃーってした笑顔なんかも可愛いじゃん。そんなこんなでいつの間にか俺ァ名前ばっか目で追ってた」
「ぜんぜん、しらなかった」
「でさ、わかんじゃん。なんとなく、名前が俺を見る眼がさ、他の誰とも、教師とも、違うなーっつって。で、もしかして俺、名前に惚れられてんじゃね? なんて」
「……私の気持ち、ずっと前から?」
「けどオメーは生徒だしな。今まで必死に我慢してきた。気付かないフリして、ただの教師として接してさ」

銀八の手のひらが名前の頬に添えられる。
大人の男の手の感触だった。同級生の男子にもこんな風に触れられたことはないけれど、
名前にとって銀八の手は、誰と比べることが出来ない特別な手だ。
触れられた部分から、今まで必死に誰にも気付かれないように隠してきた銀八への恋焦がれる強い気持ちが、丸裸にされ表に引きずり出される。

「で、あの日だよ。仕事終わってなんとなく教室いったんだよな、名前に会いてーなーなんて思いながらさ。そん時だ、いきなり本人が現れたから驚いたぜ」

おかげで我慢も全部台無しになっちまったよ、
小さくそう言うと、銀八はおもむろにかけていた眼鏡を外して白衣のポケットへ落とす。
至近距離で見つめられ

「もう無理、卒業まで待ってやんねえって、あの時、俺の理性も何もかも全部ぶっ飛んじまった」

俺もまだまだ若いよな、一方的にそう告げると、銀八はにやりと笑って名前の唇を荒々しく奪った。




「あれきり、なかったことにされると思った……」
「んなことするかよ。でも面白かったぜ、今日一日俺のこと熱い眼差しで何か言いたげに見つめてくる名前をこっから見てんの」
「先生、意地悪だ」
「男ってのは好きな子ほど意地悪したくなんだよ」
「……先生って、そういうことも言うんだね」
「彼女の前でも教師面してどーすんだよ」
「彼女って、私?」
「え、もしかして俺だけ? もう俺達あれから付き合ってるもんだとばかり思ってたの」
「いやあの……嬉しいんだけど、キスして、じゃあまたなーで別れたから、えっと、ちゃんと、好きとか、言ってないよね」

だから、としっかりとくっつきあっている銀八と自分の胸元に視線を落としつつ、
しどろもどろに言葉を繋ごうとする名前が、意を決したように銀八を見上げた。

「好きです、先生。これからは生徒じゃなく彼女としてよろしくお願いします!」
「俺はもういいオッサンだけど、名前に惚れてる一人の男として、これからよろしく頼まァ」

照れくさそうに笑う銀八に、名前は思い切り抱きついた。



■(3Z)銀八先生。銀さんがSチックにヒロインにイタズラする

のリクエストで書かせていただきました!
あんまSチックな悪戯になってませんねすみませんんん。
あんな悪戯こんな悪戯どうだろうとムフフと色々考えていて、
先生が名前さんのお尻を触るというものを考えていたんですが、
この流れでそれやったらただのセクハラじゃと、やめにいたしました。
けれど付き合いだしたら銀八先生は平気でそんなことやりそうですよね。
楽しいリクエストどうもありがとうございました!

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