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企画
サプライズ(銀八と同僚ヒロイン)

今日はクリスマスだ。
というのに銀八と名前は今、教員同士で開かれた飲み会に参加していた。
進んでのことではない。独身で恋人のいない教師は強制参加と冗談交じりに言われ、まだ周囲に自分達が交際していることを話していない二人は
しょうがないか、と、このクリスマスの日に渋々参加したのだ。
職場関係の付き合いというのは色々と面倒くさい。
しかし同僚同士、円滑な関係を築いていくためには、こういう付き合いも必要なのだ。

「遠い……」
「苗字先生、今何か言いました?」
「いえ、なんでもないです! この軟骨のから揚げ美味しいですね」
「お、ほんとですねー。ビールすすんじゃってしょーがないなー。あれ、苗字先生ウーロンハイ?」
「いえ、ウーロン茶です。今日はアルコールって気分じゃなくて」

本当はほんのちょっと酔いたい気分だったのだが、あんま飲むなよ、と店に入る前にこそっと銀八に耳打ちされた為、名前はアルコールを頼まなかったのだ。
名前は素直に銀八の言葉に従いちびちびとウーロン茶を飲みつつ、それなりにその時間を楽しんでいた。
けれど、どうしても少し離れた席に座る銀八に、つい視線を送ってしまう。
隣に座っているのが美人教師の月詠だからだ。時折、笑いあったりする二人を見ると、胸が痛くなる。
浮気を疑うわけではないが、せっかくのクリスマス、しかも付き合いだして始めてのイベントなのに、
隣に座って微笑みあうのが自分ではないことが切ない。

「意外だったな」
「何がです?」
「苗字先生はてっきり彼氏がいると思ってたのに」
「……あはは」

ここできっぱり居ない、と言えなかった。
嘘なんてつけない。銀八に対して誠実でありたかったのだ。
名前の曖昧な反応に、隣の名前より少し年上の男教師は何となく事情を察したようで、
「いつ抜けても僕がフォローしとくから安心して」と頼もしく笑ってくれた。

飲み放題プランで制限がないからか、酒飲み連中のテンションがどんどん上がってきた。
若手の教師達の集まりだ。段々と場がねっとりとしただらけた空間に変わっていく。
素面の名前はそれについていけず、少し新鮮な空気を吸いたくなり、化粧室に行くといって席を立った。
その時、長細い廊下を銀八が追ってきたので驚く。
ずっと目で追っていた銀八が、こうして自分の傍に来てくれたことが嬉しくて、名前は顔をほころばせた。
煙草のかおりがする。そういえば、銀八の座っていた場所はみんな銀八をはじめ煙草を嗜む人ばかりだったことを思い出した。

「坂田せんせ……
「名前、席戻って荷物取ってこい、抜けるぞ」

そう言って、名前の気持ちなど見透かすように優しい笑みを浮かべぽんと頭に手を置いた。
名前は銀八に言われたことに最初きょとんとしたものの、すぐに「うんっ!」と満面の笑みを浮かべ返事した。



「でも抜けちゃって大丈夫なの?」
「いーんだよ、会費は先払いだし皆酔っ払ってんだから。後で誰かにメール入れときゃ大丈夫だ」

居酒屋を出ると、二人はイルミネーションの施された道を歩く。
銀八は深い赤い色をしたマフラーを巻いていた。先日、名前が贈ったもので、毎日つけてくれている。
クリスマス当日は飲み会で二人きりで会えないだろうと、名前は先にクリスマスプレゼントを贈っていたのだ。
銀八は冬になり、外で会うといつもスタイルの良さを更に引き立てるようなグレーのコートをさらっと完璧に着こなしていて、
きっとそれに合うに違いないと思い選んだものだったのだが、
それは思ったとおり、グレーのコートに深い控えめな色をした赤のマフラーは相性が良く、しかも銀八にとても似合っていた。
こんなに素敵な人が自分の恋人だなんて、と幸せにひたりつつ名前は手を繋いでいた銀八に身体を寄せる。
ふわりと煙草の香りはするがアルコールのにおいはしない。銀八も酒は頼まなかったようだ。

「どこへ向かってるの?」
「なあ、今日クリスマスだろ。明日の朝まで俺と過ごしませんか」
「え、ほんと? 嬉しい!」

思いも寄らなかった銀八からの誘いに、名前が飛び跳ねんばかりに喜んだ後、黙り込んだ。
鼻も凍るような冷たさの中、名前の頬に熱が上がっている。
銀八の眼鏡の下の瞳がとても優しく細められていたからだ。
はしゃぎすぎて恥ずかしい、と頬を染める名前に、銀八はいつもの口調で問いかけてくる。

「腹減ってる?」
「うーん、少し食べたけど、まだ食べられるかな」
「じゃー軽く食ってちょいと飲むとしますか」

その言葉に、名前はてっきりいつもの居酒屋に行くのかと思った。
しかしタクシーで連れてこられたのは数あるホテルの中でもトップクラスに位置するホテルで、外国の要人や俳優も愛用している誰もが知っているホテルだった。

「ぎ……銀八、ここなの?」
「おー、行くぞ」

名前はそのホテルに一歩足を踏み入れるなりその特別感、高級感に圧倒されてしまう。
銀八はというと、驚きすぎて声も出ない様子の名前の肩を抱き、堂々としていた。
いつもよれっとしたシャツとネクタイ姿の銀八なのに、今日はきちんとした服を着ていることに今更気付いた。
もしかしたら、最初から連れてきてくれるつもりだったのかもしれない。

エレベーターが音も無く地上から上へ移動していく。
きっと凄い勢いで上昇しているのだろう。
静かに寄り添う銀八と名前を乗せたエレベーターは、目的の階につくと静かに動きを止めた。

最上階にあるホテルのレストランは、クリスマス当日だというのに、時間が遅いからか人はまばらだった。
ガラス越しに夜景が見える席に案内され、その美しい人口の光と夜と夜空と月に、名前が目を輝かせる。

「緊張しちゃう。何頼んでいいかわからない」
「コースはさすがに腹に入んねーよなー。なあ、そのサーモンと蛸のパスタ、量も丁度良くて美味そうじゃね? 俺、それとワイン頼んじゃおっかなー」
「銀八、こういうところよく来るの?」
「いいや」
「すごく場慣れしてる感じ……あ、シャンパン」

メニューにシャンパンを見つけ、酒の種類はわからないがこれなら飲めそうだと少し安心する。
あまり戸惑いすぎて、連れてるのが恥ずかしいと思われたくない。

「シャンパンはもう頼んであっからよ」
「えっ、いつのまに」
「部屋に持ってきてもらうよう予約してある。あとクリスマスケーキも一緒にな」

眼鏡の位置を指で調節しながら、悪戯っぽく銀八が微笑んだ。
部屋、というのは銀八の家の部屋、ではない。このホテルに部屋がとってあるということだ。
映画でも観てるみたい、と名前は思う。
照明が抑えられた雰囲気のあるレストラン。向かいには恋人が色っぽく唇を上げて微笑んでいる。
銀八が選んでくれた濃いワインを味もわからず舐めながら、名前は繊細な料理に舌鼓を打つ。

「……今、一体どれだけの人があの光の中にいるんだろうね」
「その内の半数はセックスしてんじゃね?」
「銀八!」
「っは、名前からかうのホント楽しーわ」

適度にマナーをわきまえていて、こういう場であっても堂々と余裕を纏っているせいか
銀八がどれだけ下品なことを喋っても、それすら大人の魅力に思えてしまう。
洗練された雰囲気に飲み込まれず、常に自分らしく場を盛り上げようとしてくれる優しさに、
名前もようやく肩から力が抜けてきた。

「それにしても、銀八がこんな素敵なクリスマスを計画してくれてたなんて思わなかった」
「俺だってやるときゃやるんだよ。って、実は名前に喜んでもらおうと柄にも無く結構前から計画立ててたんだけどな」
「ありがとう、最高に嬉しい」
「本当ならフルコース食って〜、なんて考えてたんだけどよ、急に飲み会入っちまうし。しかもそこで名前と隣に座れなかったし」

余裕を纏っていた銀八の表情が、少しだけ変化した。
付き合いだしてから、銀八はいつも名前のすぐ近くに居るというのに、
いつも余裕を持っていて、いつも年齢は変わらないのにどこか大人で、どうしても追いつけない位置にいるような感覚だったのだが、
目の前の銀八は、ただただ自分のことを想ってくれてる素の銀八に見えた。それがたまらなく嬉しい。
体内に入った年代物のワインがいつもと違う酔いを銀八の脳にゆっくり広げているのだろうか。

「銀八、甘いものが食べたくなってきちゃったな、私」

二人きりになりたい、そう視線を絡ませながら伝えれば、銀八の瞳が柔らかなものから艶のある色へと変化する。
眼鏡のレンズ越しにもはっきりとその熱い眼差しが感じられ、名前もそれを受けてゆっくり微笑んだ。


さりげなくあけられた銀八の腕に、名前は自然な動作で手を通した。
愛しげに見つめてくる銀八に名前も同じように視線を返すと、
二人は同じ歩調でレストランを出た。




■初めて二人で過ごすクリスマスで緊張している主人公とスマートにエスコートする銀八先生。お酒を交えつつ普段見れないような姿を見れたり

のリクエストで書かせていただきました!
大人なクリスマス、になっているといいのですが……!
普段書かないような雰囲気のお話が書けていい経験になりました!
色々とおかしなところはあるかもしれませんが、とても楽しく書かせていただきました。
リクエストありがとうございました!


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あきゅろす。
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