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企画
幸福な朝食(月に咲く笹塚さん)
※「目に滲む」の続きです



衛士がおかしい。昨日から変だ。

「名前、パンはトースト? そのまま?」

私が働いている歯科医院は、12月24日の今日から年明けの1月3日まで、少し長い休みに入る。
休みとはいってもやることはたくさん。
洗濯やら掃除やらしたいから、いつもよりゆっくりな時間に目覚ましをかけて起床したのだけれど、
今朝は珍しいことに、衛士が私よりも先に起きて、しかも朝食の準備までしてくれていた。

だいたいいつも衛士は朝に何も取らず、ぼうっとしたまま一言二言交わしただけで慌しく出勤していく。
たまーにある休みだって、一日中寝てるか微動だにせず窓辺に佇んで日光を浴びてることも珍しくないというのに、
今日の衛士はもう着替えていて、ヒゲも整えていて、何よりぼんやりしていない。驚きだ。

衛士は三枚ほど残っている六枚切りの食パンの袋を持ち、首を少し傾けて私の返事を待っている。
この部屋は台所にも大きな窓があって、とても明るい。
衛士の色素の薄い髪が朝日に透けて、なんだかドキリとした。まるで初めて二人で向かえる朝のように照れくさくなってしまったから。
前まで、掴みどころの無い雰囲気に、衛士の存在自体が突然ふっと光に消えてしまいそうに思えて少しこわかったのだけど、
今は光を浴びる衛士を見てもそんな風には思わない。

「衛士が用意してくれるんだ、やったー。じゃあ今朝は焼いたパンが食べたい気分なのでトーストお願いします」
「りょーかい」

にこ、と微笑んだ衛士が私に出してくれたのは、いい香りのするカフェオレだった。ありがとう、とマグカップを受け取る。
何だかすごく特別なことをされている気がしてにやけてしまいそうになる。
ふうふうと息を吹きかけてから、熱くて甘いカフェオレを味わった。

「おいしい」
「名前が淹れてくれる味にはかなわねーけどな」
「……衛士、変。寝ぼけてない?」
「完全に起きてるよ」

衛士は落ち着いた動作で、食パンを一枚トースターにセットした。
冷蔵庫からたまごのパックを取り出すと、ぼーっとパジャマ姿のままマグカップを両手で持ち衛士の姿を眺めていた私に向かって柔らかく笑う。

「目玉焼きかスクランブルエッグなら作れるけど」
「出し巻き卵」
「トーストに?」

表情を動かさず首だけかしげた衛士の動作が面白くて「冗談だよ」と笑った。
まだ湯気がふわふわと上がるマグカップをダイニングテーブルに置いて、衛士の腰に両腕をまわして軽く抱きつく。
お休みだし、甘えちゃってもいいのかなと思ったのだ。
二人のお休みが重なるなんて、ここへ引っ越してきて以来じゃないかな。
そう考えると、相当久しぶりだ。

「いいな、そうやってくれんの」
「衛士もくっつきたい気分だった?」

ん、と短い返事と共に、衛士からもきつく抱き返されて幸せでいっぱいの気分になった。
昨日もすごく嬉しかったな。毎日余りにも忙しそうで、ずっと衛士に甘えるのを我慢してたから、
抱き寄せられただけで心が震えてしまって、涙が滲むくらい嬉しかった。

「名前、後で俺と買い物行かない?」
「買い物? いいけど、何買うの?」
「大事なもの」
「ふうん。まあ、吸い過ぎないようにね」
「いや、煙草買いに行くわけじゃねーけど」
「違うの? 大事っていうからてっきり」

衛士は灰色を思わせる瞳で私をじいっと見つめ、にっと笑う。

「火、点けるから」

その言葉に衛士の身体から手を離す。衛士は流れるような動きでフランパンに油を入れて、たまごをふたつ割りいれた。
どうやら、目玉焼きを作ってくれるらしい。

「何時に出掛けようか」
「食い終わったら名前が身支度してる間に掃除機かけるから、その後だな」
「え、じゃあ私、洗濯するよ」
「もうやっといた」
「いつの間に!?」
「名前が起きる前」

な、何事だろうか。動揺しながらダイニングテーブルの椅子に腰掛け、朝食を作ってくれている衛士の後姿を観察する。
衛士も私も、一人暮らしが長かったので自分でできることは自分でやるのだが、
きっちり仕事の時間が決まってる私の方が時間があるから、ざざっと二人ぶんの家事をやってきた。
手間は手間だけど、一人暮らしの時と手間はそう変わらないし、
忙しい衛士の助けになればと思っていたので特に不満も無かった。
衛士もありがとうと感謝してくれるし、出勤ついでにひょいとゴミ袋を収集所へ持っていってくれたり、
時々、お風呂掃除や食器なんかも、私がやる前にさりげなく洗ってあったりするから嬉しい。
だけどこうして朝からこんなに至れり尽くせりなことをされると、どうしていいかわからなくなる。

「衛士……また私に何か隠し事とかしてないよね」
「何でそう思うかな」
「こんな朝からキビキビ動いて大丈夫なの。後でいきなり電池切れとかになったりしないよね!?」
「ならねーよ」

お皿を手に私の横にきた衛士は、疑いの眼差しを投げかける私の額に安心させるように唇を落とすと、
それは見事な出来栄えの目玉焼きとトーストの乗ったお皿をテーブルにすっと音も無く置いてくれた。

「すっごい綺麗な目玉焼き! そういえば衛士、魚さばくのも上手だったもんね。お料理得意なんだ」
「まあ、得意ってまではいかねーけどそこそこな。名前みてーにジャムまでは作んないけど」
「煮てるだけだし」
「名前のジャム、美味いよ。他の料理も」
「ありがと」

目玉焼きに塩をふり、フォークを持つ。すごくおいしそう、なのに食べづらい。
すごーく柔らかいものなんだけど、私に真っ直ぐ注がれ続ける衛士の視線が激しく気になって仕方ないからだ。
なんでそんなに私を見るの!? というか見ないで! と正面に座る衛士を軽く睨む。

「あのね、そんなにじっと見つめられると食べにくい」
「最近、一緒に暮らしててもあんま名前と顔あわせらんなかったから、見とける内に見とこうと」
「もしかして今日一日、衛士にずっとそんな視線送られるの私」
「いや」
「よかった」
「今日一日だけじゃなくて明日も」
「弥子ちゃん助けて衛士が壊れた」

衛士から顔をそらして助けを求めるものの、弥子ちゃんはここには居ないし、冬休みは外国へ行くって言ってたし、
ということで、誰も衛士を止められない。

「なんか衛士さっきから変だよね!」
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、どうしたらいいかわかんない」
「普通にしてて」
「まず衛士が普通じゃないし」
「名前」
「はい」
「冷める」
「いただきます!」

もう衛士の視線なんて気にしない! と、目玉焼きにフォークを入れる。
半熟のとろとろした黄身が白いお皿にゆっくりと広がった。
その絶妙で素晴らしい焼き上がりに感動しながら目玉焼きを口へ運び、トーストを齧る。うーん、最高。
ぬるくなってきたカフェオレもいいな。甘くて目が覚める。
あっ、さりげなくウインナーまで添えてある! パーフェクト! なんてパーフェクトな朝食!
私が自分で作る朝食なんてパンにジャム塗って終了だから、衛士が作ってくれたこの朝食に感激しっぱなしだった。

「………しあわせそーに食ってんな」
「幸せに決まってるじゃない。衛士が目の前にいてくれて、しかも衛士が作ってくれた最高の朝食食べてるんだよ」

衛士は私の言葉に目を見開いて、そして滅多に見ることができないような眩しい笑顔になった。

「悪いな、仕事ばっかでゆっくり一緒に過ごすこともできなくて」
「そんなの最初からじゃない。だから衛士は気にしなくていいんだよ」
「これからもっと忙しくなるけど、いい?」
「身体にだけ気をつけてくれれば」
「今日はまず指輪見に行こう。近いうちにご両親に挨拶させて。あと式場決めなきゃな。あ、籍はいつ入れる? 式の前? 後?」
「ん? ごめんもう一回最初からお願いします」
「今日はまず指輪見に行こう。近いうちにご両親に挨拶させて。あと式場決めなきゃな。あ、籍はいつ入れる? 式の前? 後?」

一字一句、最初と全く同じに復唱されて、ようやく言われたことを理解した。
理解したけど、今いきなりそれを言い出した理由がわからない!

「ごめんね衛士、何言ってるのかな?」
「結婚に向けて、これからの予定を具体的に決めなきゃな」

いつもの淡々とした調子で無駄にアクティブなことを言うものだから、私は驚きフォークを手から落としてしまった。
落ちたフォークがカチャンとお皿に当たる。

「プロポーズ、OKしてくれたろ」
「ああ、えっと、随分と前にね」
「二人で動ける休みのうちにやれそーなことはやっとかねーと。早く名前と結婚したいし」
「なるほど」

腕をゆっくり動かして、衛士は私が落としたフォークを拾ってくれた。
そのフォークを受け取ろうと手を持ち上げたが、衛士はフォークでウインナーをぷつりと突き刺し、私の口元へ持ち上げてくる。

「はい」
「………どうも」

ウインナーを噛むと、弾力のある皮が歯で小気味よく弾けた。

「顔、赤いけど」
「言わないで。自分でもわかってるから」

顔が熱い。衛士のせいだ。こんなにも私を喜ばせて。
数日前まで、クリスマスもきっと一人で過ごすんだろうなと思っていた。
余りにも忙しく日々を過ごす衛士に、クリスマスの予定なんて聞くだけ負担をかけてしまうと思っていた。
なのにどうだろう。
クリスマスイブの今日、衛士は朝から私のために朝食を作ってくれて、二人の将来を考えてくれて、
こんなにも満ち足りた気持ちにしてくれた。

「クリスマス、ばんざい」
「………何?」
「なんでもない。次は目玉焼き食べたい。黄身たっぷり白身につけてね」
「ん、了解」

衛士が笑う。前、時々見せた消えそうな笑顔じゃなくて、しっかりとここにいるという確かな笑顔。
それを見ると、幸せで幸せでたまらない。

「早く口あけて、黄身がたれる」
「わー!」

口の端についた黄身を衛士が親指で拭い取ってくれる。
私の頬にそえられた手のひらがあったかい。そう言ったら、衛士がすごく優しい瞳でにこっと笑う。

ずっとこの笑顔を隣で見ていられますように。
私はそっと、心の中で祈った。



■連載の笹塚さんその後の二人のクリスマス

のリクエストで書かせていただきました!
これも書きたいあれも書きたいと、妄想をそのまま書いていったらちょっと長くなってしまいました。ずるずる。
ちょこっとクリスマス話とはいえないかもですねすみません!!
笹塚さんとの甘い朝食、楽しんでいただけたら幸いです!
リクエスト、どうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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