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企画
もう後悔しないように(沖田)

偶然再会した沖田によって、挨拶より先に唐突に手の中に押し込まれた小さな箱に、名前は怪訝そうに視線を落とした。

「小型爆弾?」
「いいや」

降りしきる雨の中、名前は傘を持ち、沖田は袴の裾から水滴が滴り落ちてくるほど濡れている。

数分前、沖田は茶店で一服していたところ、数ヶ月前に別れた元恋人の名前が道を歩いているところを見つけた。
札の金額も確認せず、釣りは要らねェとテーブルに置くと、傘も差さずに店を飛び出し追いかけた。
最初は追いかけてきた沖田にぎょっとして駆け出そうとした名前だったが、沖田に腕をつかまれ逃げようにも逃げられず、
ひとけの無い路地へと連れ込まれたのだ。

「あけたら中から虫でも飛び出してくる?」
「わざわざ何ヶ月も前に別れた恋人つかまえて、そんなくだらねェ悪戯すると思いやすか」
「君のことだから警戒しとかないと」

名前の手のひらの上の小箱は、高級感の漂うピンクがかった白い手触りのいい箱だった。
誰が見ても、小さなアクセサリーが入っていると思うだろうし、名前もそう思った。
けれど、名前はそんなものを今更沖田からプレゼントされる覚えもないし、沖田のところに忘れた覚えも無いため、
どうして渡されたのか、何が入っているのかわからないといった様子で首を傾げている。
うかがうように沖田にちらと視線を送ってくる名前のその表情、その怯えたような瞳に、沖田の心臓はどくどくとうるさいほど動いていた。

名前は沖田と別れる前はよく、総悟くん、総悟くん、と元気に笑って毎日のように屯所や見回り先に現れたものだ。
沖田はその笑顔を見るたび、心がざわついたことを思い出す。
心では大事に想っていたくせに、そんな自分が自分じゃないようで「ウザい」とつい口に出してしまっていた。
傷つき、それでも無理して微笑みを浮かべようとする名前に謝りもせず、
勇気を振り絞るようにして聞いてきた「総悟くんは、私のこと、どう思ってるの?」という言葉に、
「いちいちそういうこと聞いてくる面倒な女」とまともな返事もしなかった。
次第に、名前の口数が少なくなっていき、最後には別れを告げられた。
沖田は「わかった」とだけ言って、二人は数ヶ月前に終わった。

「それにしても、久しぶりだね」
「意外と会わないもんだねィ。別れた彼女が別れたばかりの彼氏に会ったらどんなツラすんのか見たかったってのに」
「相変わらずドSだー」
「名前の家に訪ねていったら引っ越しちまった後だったしな」
「え、総悟くん私のアパートきてくれてたの?」
「おかげでそれ渡せなかったから、次会った時に渡そうと毎日持ち歩く羽目になっちまったじゃねえですかィ。とっととあけなせィ」
「あ、うん。……ほんとに爆弾とかじゃない?」
「信用ねーなァ」
「信用できるようなこと私にしてくれたことありましたっけ」

緊張がほぐれてきたのか、名前はからりと笑いながら手のひらの中の小さな箱を開けた。
中身を見るなり、心の底から驚いたように沖田に瞳を向ける。
これはなに? どういうつもり? と動揺した眼差しで問いかけてくる。

「名前が好きだ」

付き合っている時、一度だって言った事の無かった言葉だった。
名前の唇はその言葉にこたえることなくただ目を見開いて沖田を見つめてくる。

「俺ァガキで、惚れた女を大事にできねーバカだった」

強い雨が、雨粒で視界を遮ってくる。
けれど、手を少し動かせば届く距離に名前はいる。

「愛してる。何度だって言ってやらァ。なあ名前、虫がいい話だってのはわかってるが、俺ともう一度付き合ってくだせェ」

傘の下で涙ぐむ名前を強引に引き寄せ強く抱しめた。
名前の持っていた傘が地面へ落ちる。
沖田の背中に、名前の震える手がそっとそえられた。

「ウザくて面倒な女って、しょっちゅう言ってたじゃない。そんな女とよりを戻したいの?」
「ウザいけど可愛くて面倒だけど愛しい女って思ってやした」
「わかりにくすぎる……」
「名前に別れを告げられた時はどこか安心してた。俺は人を斬る。心を乱す存在が離れていって、これで刀が鈍る可能性もねえと」

一度腕を解き、名前の手の中から小箱を取ると、その中に納まる指輪を指で摘む。

「それは勘違いでしたがねィ。自分の心が弱いのを名前のせいにしてた」

名前の左手を取ると、沖田は確認するかのように大きな瞳でじっと名前の瞳を覗き込む。
綺麗な茶色の前髪から雨粒がぽたりぽたりと滴り落ちるその下で、沖田はにっこりと目を細めて笑った。

「もう離さねェ」

沖田の手によって、名前の薬指に指輪がはめられる。
冷たい指先ごと包むように、沖田は名前の手をそっと握った。

「指輪か首輪、柄にも無くどっちにしようか本気で悩んじまった」
「総悟くんは、私のことどう思ってるの?」
「相変わらずウザいこと聞く女。けど、そこが好きなんでィ」
「ずっと、ずーっと今日まで総悟くんのこと忘れようと頑張ってきたのに。その努力が今一気に水の泡になっちゃった」
「ざまーみろ」

沖田は名前の顎の下を指で上向かせると、雨に濡れた唇に自分の唇を重ねた。

「私も弱かったんだよ。いつも総悟くんの気持ちを確認しないと不安で仕方なくて、ウザいって言われてもしょうがないなって。それで別れて逃げたの。総悟くんと向かい合おうとせずに」
「もし不安になったら、これからは指輪を見て今日の俺の言葉を思い出せばいい」
「そういえば愛してるって言ってくれた!」
「もう当分言わねェから」
「さっき何度でも言ってやらあ、って言ってたくせに」
「愛してる愛してる愛してる」
「連続で言われると何か違ーう!」

視線を絡ませ同時にふきだすと、名前は腰をかがめて地面に落ちた傘を取り、まだ雨が降っているにも関わらずその傘を閉じた。
傘の表面に浮かんだ雨粒がひとつになってざっと地面へ流れ落ちる。

「総悟くんのせいでずぶ濡れになっちゃった。ね、私の家この近くなの。雨宿りしていかない?」
「誘われちゃ断れねーな。ところでまだあのギシギシうるせーベッド使ってるんですかい?」
「私はそんなつもりで誘ったんじゃない!」
「まあまあ。言葉で愛を確かめあったんだ、次は身体で愛を確かめあうとしやしょうや」
「信じられない! さっきの私の感動を返せ!」

名前を一度失い、どれだけ大切だったかわかった。もう間違わない。もう不安にさせない。

「数か月分、気絶するくらい愛してやらァ」

繋いだ手を強く握り、名前にもう一度口付けた。




■沖田で、Acid Black Cherryのイエスという曲をイメージした短編
■総悟のお話でサイトヒロインではない女の子で

のリクエストで書かせていただきました♪
イメージしていた雰囲気と違っていたらすみません……!
リクエスト、どうもありがとうございました!!


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