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企画
目に滲む(月に咲く笹塚さん)
※本編後のお話です



ここ最近、急にぐっと冷え込むようになった。
街は光にあふれ、昼夜問わず活気がある。
新聞に挟まれた広告にはチキンやケーキの広告が増えた。

休みの前日、一緒に住むようになってまだ間もない笹塚にとって大事でたまらない女性である名前が、
嬉しそうに新聞を読もうとする笹塚のにくっつくようにしてソファの隣へ腰掛けてきた。
テレビを見ながら「ねえケーキ、何にしようか?」と聞いてきてようやく、笹塚は全てのことに合点がいったように顔を上げる。

「……あー、ひょっとしてもうすぐクリスマスか?」

笹塚の言葉に名前はたっぷり三秒ほど絶句してから、弾けたように笑い出す。
そして急に眉を下げ、笹塚の頭をよしよしと撫ぜた。

「クリスマスシーズンなのにそれに気付きもしないなんて、よっぽど疲れてるんだね、衛士」
「なんとなく最近ザワザワしてると思った」
「ちなみにクリスマスイブは明日だけど」
「………明日?」

失踪後、はじめて笛吹に姿を見せに行った時、こき使ってやると言われた言葉は照れ隠しや冗談の類のものではなかった。
刑事の立場でシックスを皆と共に追い詰めるより、個人で復讐に身を投じることを選んだ笹塚は、
一時は死んだものと葬儀まで済まされていたというのに、笛吹のおかげで刑事へすんなりと復職できた。
多くの同僚にも喜ばれた。けれど喜ばれれば喜ばれるほど、若干の後ろめたさを感じてしまうことを笛吹には見抜かれていたらしい。

何も考えず働け、とありがたくも厳しい態度で笹塚に指示を飛ばし、笹塚の後ろめたさを拭う手助けをしてくれた。
おかげで目の下のクマは瞬く間にパワーアップして復活し、せっかく名前と同棲できたというのに家には寝に帰るくらいしかできない毎日だった。
名前に求婚したというのに、結婚準備の話もほとんどできていない。
名前は時間のある時でいいよ、と笹塚を労わってくれる。
そんな毎日で身体は疲れきっているというのに、不思議と気力に満ちていた。
笛吹の気遣い、笹塚を受け入れ支えようとしてくれる同僚や部下の優しさを、しみじみありがたいと思った。
いつの間にか最初にあった後ろめたさは忙しさに少しずつ溶けていき、生きている実感を持つことが出来た。
そんな中で突然、連休を取れと命令されたのだ。

「私、衛士が明日明後日が休みって聞いて、忙しいのにクリスマスに休みをとってくれたんだとばかり」
「……いや、笛吹が体調管理も仕事の内だって急にくれただけ」
「そうなんだ。でもまあ、理由は何でも衛士とクリスマスが過ごせるなんて嬉しい」

忙しい笹塚に対して、名前は一度も不満を口にしたことはない。
身体には気をつけて、と心配はすごくしてくれるのだが、
何かねだることも無ければもっと一緒にいたいと言うことも無かった。

「どっか行くか。クリスマスだろ、食事しに。名前が美味いっていってたチョコレートケーキのある、名前忘れちまったけど、ほらはじめて一緒に食いに行ったあの店なんていいんじゃねーか?」
「うーん、あのお店はもう予約でいっぱいなんじゃないかなあ。クリスマスだよ」
「あー……予約」

何しろ今の今までクリスマスが近付いているということすら認識できていなかったのだ。
さっきの会話だって、名前はもしかしたら笹塚が自分の為に休みをとってくれたのかもしれないと、
内心とても嬉しく思っていたに違いない。
にも関わらず、何も考えずに放ってしまった自分の一言で、少なからず落胆したのではないだろうか。
にこにこと相変わらず穏やかに笑う名前はそんなこと少しも表情には出さないが、
しまったな、と笹塚は頭をかく。

「いいよ、私は衛士と過ごせるだけで。お休みはゆっくりしなよ。お家でちょっと張り切ってごはん作るから一緒に食べよ。ケーキも私、買ってくるし」
「いや、俺に買わせて。それとクリスマスプレゼントも」
「そういうのは気にしなくていいの」

言い切られ、笹塚は新聞を閉じ腕を伸ばして名前の身体を抱き寄せる。
びくっと名前が物凄く動揺したのがわかった。
笹塚はどうしたのかと腕を少し解き名前の顔を見ると、真っ赤になって目を潤ませている。

「………どーした?」
「なんでもない!」
「顔、真っ赤だけど」
「なんでもないってば!」

なら遠慮なく、と柔らかな身体をしっかり抱しめながらふと思う。
復職、引越し、それから会話すらろくに交わせない多忙な日々を送る中、
名前の顔を少しでも見るだけで幸せな気分になっていたが、こうしてしっかりと触れ合うのはずいぶんと久しぶりだったことに気付いた。

こんなことで泣きそうな顔になるくらい、笹塚に触れて欲しかったのだろうか。
ただでさえ疲れているのに自分から求めたら笹塚の負担になるのではないか、
名前ならそんなことを考えていてもおかしくない。
同棲を開始した当時、楽しそうに眺めていたウエディング雑誌も、最近じゃ見ることもない。
名前が傍に居てくれるということだけに満足していた笹塚は、名前の気持ちを考えて胸を貫かれた時以上に心が苦しくなった。

「名前……」
「え、衛士……? あの……ちょっと、苦しいんだけど……」
「ああ」

思わず強く抱しめてしまっていた腕を緩めた。
名前が何か言う前に自らの唇を名前の柔らかな唇へと押し当てる。
名前への愛情は毎日のように感じているが、触れ合うのは久々だからだろうか、
唇から妙に鮮やかに心に広がる甘ったるい感情に、笹塚はただただ何も考えず口づけを続けた。



続きます!

■連載の笹塚さんでクリスマスの話

でリクエストいただきました!
もうひとついただいた笹塚さんのクリスマス話に続きます。
笹塚さんが刑事に戻り、一番喜んだのは捜査一課で飼われていた魚でしょうか。
笹塚さんのお話、リクエストいただけて本当に嬉しかったです!どうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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