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企画
世界を超えて(長編銀さん)

玄関から来客を告げるチャイムの音が響いた。
畳んでいた息子のベビー服を脇に置くと、名前はぴょこんと立ち上がる。

「はーい」

そう言って玄関を開けると、珍しい人物が目の前に立っていた。
直前まで吸っていたのだろうか、煙草の香りを身に纏った土方十四郎が、
黒い隊服をきっちりと着こなし、真っ直ぐな黒髪にきつく見える目で名前を真っ直ぐに見つめてくる。
この真選組副長は、名前の夫の、何事にもゆるゆるとしている坂田銀時とはまるで真逆の存在だが、
不思議とどこか似てると思わせる存在だった。

「突然すまねえな」
「こんにちは土方さん、お久しぶりです。主人に御用ですか?」

沖田ならいざ知らず、土方が万事屋を訪れることなど、そう滅多にあることではない。
名前の言葉を聞きつけて、銀時が「多串くん? 一体何しにきやがったんですかー」と、
玄関を開けた名前の後ろから生後六ヶ月になる愛息子を抱いて現れた。

「落し物を届けにきただけだテメーに会いにきたんじゃねえよ。ほら、これアンタのだろ」
「………えっ、これ、って………」

土方から無造作に差し出されたものに、名前は目を大きく見開いた。

「バッグ? 名前んじゃねーだろ。こんなの俺見たことねーぞ」

土方が持っているバッグは、皮でできたシンプルで荷物が程よく入りそうな、上品な茶色のショルダーバッグだった。
名前は信じられないと小さくこぼし、震える手でそのバッグを受け取る。

「これ、ここへくる直前まで持ってたバッグ……」

名前はバッグを胸に抱き、銀時を振り返った。
事故にあうそのときまで、肩にさげていたバッグだ。
銀時が腕の中の息子に頬を抓られながら、名前に気遣うような眼差しを注ぐ。

「今朝落し物っつって届いたんだよ。規則でちょいと中も調べさせてもらったが、免許と社員証にアンタの旧姓と写真があったんでな」
「ありがとうございます。もう、二度と戻らないと思っていたので、びっくりしました」
「アンタが何者か知らねぇが、間違っても中身は使うなよ」

土方が言っているのは財布の中のお金のことだろう。
こちらの世界と名前の元居た世界では、単位や物価などはほぼ同じだが、紙幣も小銭もまるでデザインが違う。
ここで流通しているものではない。地球と取引のある星々にもだ。
社員証に刻まれた会社も、この世界には無い会社だし、バッグのブランド名も、携帯の種類も、何もかもがこの世界にはないものなのだ。
隠しているわけではないし、親しい人は皆知っているが、会う人会う人全員に名前が他の世界からきたと言いふらしているわけではない。
土方にも詳しい事情は説明していなかった。

「あの、私………」
「お、クソガキ。相変わらず元気そうだなコラ。離乳食終わったらマヨネーズたらふく食うんだぞ」

名前の言葉を遮るように、土方は瞳の鋭さを和らげ銀時と名前の息子ににっこりと目尻を下げる。

「ちょっとーそんなこと言うのやめてくんない。多串くんみたいに味覚異常になったら困るんですけど」
「オメーの糖分好きの方が異常だろーが」

土方は息子の頭にそっと手を乗せると「じゃ、俺ァ行くわ」と少しだけ口角を上げて万事屋を後にした。
名前はその後姿を呆然と見送ったあと、ぽつりと言葉をこぼす。

「土方さん、どうして私のこと聞かなかったんだろう。ここの人間じゃないって、わかった筈なのに」

バッグの中身を調べたということは、名前がこの星の産まれではなく、別の場所からきたと知ったはずだ。
怪しいと取り調べられてもおかしくないというのに、土方はバッグを渡すだけ渡し、去っていった。

「オメーは俺の奥さんでコイツのかーちゃんだからだろ。ここの人間じゃない? 馬鹿言うな。名前は他の世界から来ただけでもうとっくにここの人間なの。次そんなこと言ったら銀さん怒るからね」
「………ん、そうだね。ごめんなさい」

バッグを大事そうにぎゅうと抱しめ、名前は銀時を見上げて笑った。



名前は部屋に入るなり、バッグを膝の上に乗せその中へと手を入れた。

長財布、バッグと同じ皮でできた使い込んで味が出ている手帳、化粧ポーチ、
読みかけの文庫、携帯電話、ハンカチ、ティッシュ、ハンドクリーム。

そのひとつひとつを大事そうに手のひらに包み、コタツの上にそっと置いていく。
興味があるのか、息子のもみじのような小さな手が携帯電話を狙う。
それを銀時が「駄目駄目、かーちゃんの大事なモンだ」と抱き上げて遠ざけた。

「いいよ。でも、ウエットティッシュで除菌してからの方がいいかも」
「ぜってー壊すぞコイツ」
「その前に、もう使えないんじゃないかな」

名前は当時使っていた二つ折りの携帯電話をぱかりと開く。
こちらではスマートフォンが主流になってきているが、名前が向こうの世界に居た時はまだこういった携帯電話が多かった。
名前がここへきて二年以上経っている。今、どうしてこのバッグが届いたのかはわからない。
バッグ自体も中身も使ってた当事の状態のまま、ほこりも汚れもついていないのが不思議だった。
世界の境目に隠されていたかして、時間の流れなど関係なくひょこり現れたのだろうか。

「……うそ。充電、切れてない」

さすがに向こうの世界の電波は届かないようだが、機体はごく普通に動くらしい。
名前は震える指で久々に使う携帯電話を操作していく。
そして、ある画面に片手を口元へあてた。その頬に、手に、涙が流れ落ちる。

「銀さん、メール……おとうさんとおかあさんから、届いてる……」

画面を見せられ、銀時が携帯電話へ視線を落とした。
数分差で、名前の父親と母親からメールが届いている。

「未読ってことは、事故る前か直後に届いたんだろうな。大丈夫か、名前」
「うん……」
「一人の方がいいってんなら俺らあっちで遊んでっけど」
「ううん一緒に居て。銀さんと一緒じゃないと、胸が苦しくて、私、読めない……」
「わかった」

片手で息子を抱いたまま、銀時は名前の肩を抱く。
そのぬくもりに励まされるように、名前は大きく息を吸い込むと、メールの受信ボックスを開いた。



From 父
Sub 今度の休み
-------------------
名前、元気ですか。仕事は順調ですか。
母さんと旅行に行くのでお土産を買ってきます。
仕事で忙しいと思いますが、たまには家に顔を出しにきてください。

父より


From 母
Sub Re:
-------------------
もー、苦手なんて言わないでちゃんと食べなさい!
喉にいいわよ蜂蜜大根。お母さんたくさん作っておくから、今度持って行きなさいね。



両親とも、ただただ娘を想い、気にかける、ごく普通のメールだった。
この時、名前が事故にあうだなんて、誰も思っていなかっただろう。
これがまさか最後のメールになるとはひとかけらさえ思っていない、のんきで、あたたかな、ありふれたメール。
このメールが届いていることも知らず、自分は両親の居る世界から離れてしまった。もう、返事もできない場所にいる。
名前の目から涙がぽたぽたと落ちていく。

「………おとうさん………おかあさん……」

銀時はその胸に名前をきつく抱しめる。
くぐもった泣き声に、もう一人の泣き声が重なった。
母親の涙に反応して、自分も悲しくなってしまったのだろう。
さっきまでごきげんに銀時に抱っこされていた息子も、ふにゃあと泣き出してしまった。

「……っ、ごめんね、おかあさんは大丈夫」

流れ落ちる涙をぐいっと拭うと、名前は息子をそっと抱きしめ立ち上がる。
銀時に赤くなった瞳を向けて「ありがとう」と言うと、名前は銀時に背中を向けて息子をあやしだした。
名前の身体にぴったりくっつくようにしてぐずる息子に名前は鼻をすすりつつ優しい眼差しを注ぎながら、
両親にもこの子を抱かせてあげたかったと、またじわりと涙腺を緩ませる。
そんな名前の小さくふるえる背中を、銀時がそっと抱しめた。
何も言わない。けれど、名前の辛い心が少しでも和らぐように、気を使ってくれているのがわかった。

「私ね、銀さんと出会えて、本当に幸せだよ」
「ああ」
「でもね、向こうの両親のことも大切で」
「言わなくてもいい。名前、わかってっから」

名前の後頭部に銀時は何度も何度も唇を当てる。
息子を抱く名前を強く抱しめ、今は好きなだけ泣けばいい、と囁いた。




その夜、名前は一人明かりもつけないままソファに座り、携帯に文章を打ち込んでいた。



To 父 母
Sub 名前です
-------------------
お父さん、お母さん、元気ですか?
私は、坂田銀時さんという、すごく頼もしくて優しい、かけがえのない人と結婚して、
男の子にも恵まれ、弟と妹のような家族もいて、大きな可愛い犬もいて、今とっても幸せに暮らしています。
もう会えないだろうけど、いつも二人のことを想ってます。
身体に気をつけて、いつまでも元気でいてください。

名前より



それだけ打ち込むと、名前は迷わず送信ボタンを押した。
すぐに、画面に『送信できませんでした』と出る。
それを微笑みつつ寂しげに見つめると、名前は携帯を閉じた。

「名前」

もう眠ったと思っていた銀時が、和室から静かに名前のそばへ近付いてきた。
名前の表情を見て優しく笑うと、腕を伸ばし、その胸の中へと閉じ込める。

「夜更かしは美容の敵だぜ名前ちゃん」
「うん」

名前は両腕で銀時の身体にぎゅっとしがみつくように抱き付いた。
背中にまわした手に持つ携帯電話に付いたストラップが、しゃらりと小さな音を立てる。

「ねえ銀さん、蜂蜜大根って知ってる?」
「聞いたことはあるけど食ったことはねーなァ。甘いの?」
「甘いよ。蜂蜜につけた大根から出た水分を飲むんだよ。私、すごく苦手だったんだ。でも母に風邪予防にってよく飲まされて」
「へえ、飲んでみてーな。なあ、蜂蜜たくさんぶちこんだの今度作って」
「うん」

銀時の両頬を挟み込むようにして手を添えると、名前は背伸びして銀時の唇に自分の唇を押し当てた。
すぐに銀時に包み込まれるような口付けを返され、笑いあう。

名前は持っていた携帯電話をそっとソファの上に置いた。

一生は長い。辛いこと、苦しいこと、幸せな時間だけじゃなく、様々なことが起こるだろう。
名前は、銀時と共にこれからの人生をこの土地でしっかりと生きていくと決めた。
ここにある銀時との間にある愛だけをひたむきに見つめて生きていくと、そうずいぶんと前に決意したのだ。
そのことを思い出し、メソメソしていた自分にカツを入れる。

「明日作るね、蜂蜜大根。なんだか私も飲みたくなってきちゃった」

晴れやかな笑顔で銀時を見上げる名前に、銀時はただただ愛しそうに目を細めた。




■長編銀さん ヒロインがひとりで、息子をあやしてて、あぁ両親にも抱っこしてもらいたいなぁ、と
 ちょっと涙ぐんでるところを銀さんがヒロインを後ろからギュッと抱きしめるちょっと切なくて甘い話

でした〜!
こういうの、すごく書きたかったので、リクエストいただけてとっても嬉しかったです!!
どうもありがとうございました!!


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