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企画
数年後の長編銀さん夫婦の十月十日の話
※「数年後の未来」「万事屋で」「長編銀さんと奥さんが」「銀さんに抱きしめられながらお昼寝」(&息子と散歩)



ソファに深くもたれ軽くうとうととしていたつもりが、秋の心地よい空気に思った以上に深く眠ってしまっていたらしい。
鼻腔を甘くくすぐるような金木犀の香りに、え、と名前は重たい瞼を開いた。

「よ。起きた?」

いつの間に帰ったの? と言わんばかりに大きな瞳を更に見開くと、名前は銀時に向かって「おかえりなさい」と言って顔をほころばせた。
「おう」と言った銀時に軽く唇を重ねられ、名前はとりあえずどうして部屋の中で金木犀の香りがしたのかという疑問を脇へ置き、
銀時に向かってにっこりと可愛らしく微笑む。

「つーかなんでこんなところで寝てんだ名前、寝るなら布団で寝ろって、風邪ひいちまうぞ」
「ごめんね、銀さん達帰るの待ってたんだけど、つい寝ちゃってたみたい。あれ、あの子は?」

名前はいつも銀時にくっついている息子を探し、首を傾ける。

「新八んとこ。もーちっと頑張るんだってよ」
「そっか。“打倒お父さん”だもんね」
「アイツもよー、この前までちょっとケツ叩けばビービー泣いてたってのに、今じゃいっちょ前に竹刀持って勝負しろとか言ってくんだもんなークソ生意気になりやがって」

銀時は腰をかがめると、片手をソファに腰掛ける名前の背に、もう片方の手を膝裏に手を入れひょいっとその身体を抱き上げた。
慣れたもので、名前は自分の身体がソファから離れるそのタイミングで銀時のたくましい首に両手をまわし上手くバランスを取る。

「銀さんは新八くんにも我が子にも絶対に手加減しないでしょう。だから負けるものかって思うんだろうね。やる気にさせるのが上手」
「だってオメーを賭けた勝負だっつーからよ、俺ァテメーのガキだろーがなんだろーが負ける訳にゃいかねーんだよ」
「ふふ、嬉しいな」

銀時と、銀時と名前の息子はことあるごとに名前をめぐり可愛らしい争いを繰り返していた。
どちらが名前の隣に座るか、右手を繋ぐのはどちらか、一緒に寝るのはどちらか、寝癖のことを教えるのはどちらか、
銀時と息子は、毎日、飽きることなく楽しげに喧嘩する、かぶき町で一番と言って良いほどの仲良し親子だった。

「ねえ銀さん」
「ん?」

名前はくんくんと銀時の首筋に鼻を寄せ、甘えたような声を出す。

「なんだか花のあまーい香りがする。金木犀かな?」
「あー、そういやアイツ追っかけまわしてた時、金木犀の木に顔突っ込んじまったんだわ」
「それでだね。いい香り」

柔らかな名前の唇が首筋を掠めていった。


数年前、金木犀の花が咲いていた丁度今頃の季節、まだ首も座っていない息子をベビーカーに乗せ、少し散歩に出たことを思い出す。
いい香り、とほがらかに笑う名前の姿。
銀時が押す対面式のベビーカーの中で空をじいっとみつめる小さな小さな息子。
昔からかいできた金木犀のむせ返るような甘い香り。これを自分の息子が、この時、文字通り産まれて初めて体験したあの日のことを。

今ではこの香りの漂う中、悪戯ばかりする逃げ足の速い息子を新八や神楽と共に追っかけまわしている。
首根っこを捕まれた息子の無茶苦茶な言い訳に、みんなで大きな口をあけて笑っているのだ。
月日が経つのは早い。


和室に敷いてあった布団に名前をそっと降ろすと、何も言わず二人は深く唇を重ねあった。

「今回は平気みてーだな」
「ん?」
「ほら、アイツん時は香水とか、あまったるい香りが駄目だったじゃん」
「そういえばそうだったね」

よく覚えてるなあ、と横にごろりと寝転がった銀時の瞳をじっと見つめながら名前がふっと笑う。
片肘をついた格好で、銀時は名前のなめらかな頬に指をつっとなぞらせた。
名前はくすぐったげに微笑むと、甘えるように銀時の胸に頬をくっつけてくる。

「つわりも全然ないかわりに、一日中ねむくて。不思議だよね、妊娠って」
「腹もすぐでっかくなんだよなァ」
「まだぺたんこなのにね」

名前は優しい顔をして自分の腹部へ手を当て「あのね、今日はお父さんの誕生日なんだよ」と囁く。

「ご馳走、たくさん作るからね」
「無理すんなよ。身体辛かったら新八に作らせっから」
「辛くなんてないよ。ただ、ねむいだけ」
「じゃ少し寝ろ。夕方起こせばいいんだろ?」
「ん……」

銀時の大きな手のひらが名前の後頭部にまわり、自らの胸に名前を更にしっかり抱き寄せるように動く。
微かな金木犀の香りと、銀時の胸の音、すぐ傍に聴こえる静かな呼吸音、頭を撫でる愛しい夫の手のひら。
目を閉じると、ひとつひとつの感触が全てまじりあい、名前をゆるやかで心地よい眠りに誘う。

名前は大きな幸福感と安心感と共に、全てを銀時に委ねるかのようにすとんと眠りに落ちていった。






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