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企画
ずっとこの手にぬくもりを



「名前ー! 片付け終わったアルか!?」
「わわっ!」

布巾で茶碗の水気を拭き取っているところに神楽にがばりと後ろから元気良く抱きつかれ、その勢いに名前の手の中からつるりと茶碗が滑り落ちた。
茶碗は床板の上に落下しゴトンと音を立てる。
鈍い音だったが落下の衝撃は大きかったようで、茶碗は見事に割れてしまった。名前は目の前の光景に思わず息を止める。

「ゴメン名前、私のせいでお茶碗割れちゃったアル……」
「ううん、私がちゃんと持ってればよかったんだよ」

破片を集めようとする神楽に「危ないから、私がやるよ」と名前が神楽の肩にそっと手を置いて微笑んだところで、
騒ぎを聞きつけて銀時がひょこっと台所へと顔を出した。

「おいおいどーした、何か落ちた音がこっちまで聞こえてきたぜ」
「あっ銀ちゃん、私が名前に抱きついたせいで名前のお茶碗が」

神楽の言葉に、銀時はしゃがんで破片を拾っている名前へと視線を走らせる。
その視線を感じて名前が顔をあげ、にこっと笑った。
ほんの少しだけ下がっている眉と、ほんのりと憂いを隠そうとしている静かな色をした瞳に、銀時は名前の感情を瞬時に汲み取る。

「神楽、風呂の湯が冷めちまわねー内に入ってこい、片付けは俺達でやっからよ」
「でも名前………」
「気にしないで神楽ちゃん、ほら、お風呂上がったらみんなでトランプやるんでしょ。今日は私、負けないからね」

神楽が「わかったアル!」と風呂へとパタパタ走っていくと、銀時は名前と同じ目線の高さになるようにどっこいしょとしゃがむ。
「銀さん……」と呟く名前の頬に手をそっとあて、長い指で白く柔らかな耳たぶをくすぐるように撫ぜた。
首をすくめて「きゃっ」と笑う名前に、銀時が優しく笑いかける。

「割れちまったモンは仕方ねえよ。あんま気にすんな、名前」
「……うん、突然のお別れに、ちょっとビックリしちゃって」
「ここ来た日から使ってたもんなァ、愛着わいてたんだろ」
「うん、銀さんがね、これ使えって言ってくれた時凄く嬉かったんだ、その嬉しさをこの茶碗を見るたびに毎日感じてたから、っ、」

身体を震わせ、言葉を詰まらせる。

「ひゃ、や、銀さん、くすぐったい、っ」

名前は話してる最中にも銀時に耳をくすぐられ続け、我慢できずとうとう目をきゅっと閉じて笑いだしてしまった。

「んー? ナニを感じてるって? ひょっとして名前ちゃん、銀さんの指で感じちゃってたりすんの?」
「ち、ちが、ふぁ、もう、銀さんっ、おねがい、くすぐらないでっ」

ここでやっと銀時の指の動きが止まり名前はふうと身体から力を抜きそっと目を開ける。

「かっわいー声、出してんじゃねーよ」

押し倒したくなっちまうだろうが、と銀時はニヤリと笑うと獲物を捕らえた獣のように赤い舌でちろりと乾いた唇を舐める。
空気が、さっきとはガラリとかわっている。
ここは台所だというのに、まだ神楽が起きている時間だというのに、銀時の瞳は名前を強く求める熱を宿していた。
しかしさすがにこのまま行為へとなだれ込まれるわけにはいけないと、名前は尻餅をつきずりずりと後ずさりして銀時と距離を取る。

「あの、えっと、まだお客様用のお茶碗あったよね、明日からそれ使わせてね」

名前のその言動に銀時は瞳の熱をふっと和らげると、口元を緩ませながら名前の頭を撫でた。




銀時に深く激しく愛されて身体は疲れているというのに、名前は床についてからもずっと眠れずにいた。
割ってしまった茶碗のことが引っかかっているのだ。

銀時に耳をくすぐられ、寝る前のみんなとのトランプ勝負、そして全身に熱情を注がれるかのような銀時との交わりに悲しさがまぎれていたのだが、
こうして横になって目を閉じるとまた、喪失感に襲われてしまう。

あの茶碗は、名前がはじめて万事屋へきた時から使っていた、元は客用の茶碗だった。
毎日使っているうちに手に馴染み、しっかりと自分のものだと思えるまでに関係が深まっていた大事な茶碗。
『しばらくこれ使ってくれや』と銀時から渡された時、この世界に誰も知り合いの居ない名前に居場所をくれたように思えて嬉しかった、
神楽が作ってくれたたまごかけごはんをこれで何杯も食べた、毎日のように食べた。
そんな思い出が詰まっていたのだ。
陶器なのだ。いつ割れても仕方がないということはわかっている。
けれど、まさかもう、二度と使えなくなるだなんて思っていなかった。

横になっても目を閉じても、どうしても眠れず、名前は眠るのを諦めてむくりと起き上がった。
素肌に夜の空気がひやりと名前を震わせ、数時間前に銀時に脱がされた寝間着を手探りで探す。
ふと壁を見ると、銀時の明日着る着物が掛けられているのが目に映った。
少し考え、そっとその着物を羽織る。ぶかぶかとしていた。丈も長く、波模様が足首まできている。
ベルトはそのままかけておき、腰紐だけ借りて身に付けた。

「糖分くれよ」

銀時がよく言う言葉を、銀時になったつもりでポツリと零してみる。
少し楽しくなってきて、うーん、と首をかしげ、

「万事屋銀ちゃんでーす、……なあんて、」
「………あのー、さっきからナニやってんですか名前ちゃん」
「、っ!!!!?????」

名前は身体を硬直させ、空耳でありますようにと強く強く願いながら視線だけ声のした方へビクビクと向ける。
しかし名前の願いは届かず、月の薄明かりに浮かぶのは、困惑したような表情で横向きになり逞しい腕で頭を支えている銀時で、
名前はもう真夜中だというのにどうしようもなく取り乱してしまった。

「うあ、うあああああ、あのね、これはっ、ちょっと、その、〜〜〜〜っ!!!!」

顔をぼふっと爆発させたかのように真っ赤にして、名前は銀時が入っていた布団に慌てふためきながらもぐっていく。

「オイ! 奪うな人の布団! 銀さんの下半身丸見えになっちゃうでしょうが! スッポンポンなんだからね!」
「さっきのは忘れてー! 銀さんが忘れてくれるまでここから出ないー!」
「ハイハイ忘れた忘れた。だから出て来い」
「…………でたくない」
「名前ちゃーん」

イチゴ柄のトランクスをもそもそと身に着けながら名を呼ぶと、ようやく名前が布団から顔を出した。

「この格好のこともコメント禁止です」
「いいじゃねェか、可愛いぜ名前」

銀時が布団を剥ぎ取ると、自分の着物を着た名前が目を潤ませて恥ずかしそうにもじもじしていた。
その可愛さに銀時は目を細めながら胸元が少し乱れているのを直してやる。

「なんだか目ェ冴えちまったな。なあ、その格好で散歩にでも行かね?」
「えええ、この格好で? 誰かに見られちゃったら恥ずかしいよ」
「安心しろって、こんな時間に出歩いてんのは酔っ払いか俺たちみてーな酔狂な夫婦くらいなもんだろうよ」

さっと作務衣を身に付けた銀時は、戸惑う名前の手を引くと、夜の散歩へ連れ出した。



「わあ、銀さん銀さん、お月様きれい」
「今夜は満月か」

さっきまで戸惑っていたというのに、名前は外に出るなりぱあっと顔を輝かせた。
大きな月としっかり握りあう手と手、そして誰もが寝静まった深夜に二人きり、という特別な空間に名前はすっかりはしゃいでしまっている。

「元気出たか?」

銀時の言葉に、名前は気付く。
茶碗のことで落ち込んでいた自分を励ますために、銀時はこうして夜の散歩に連れ出してくれたのだと。
何時もなら一度寝たら朝になってもなかなか起きない銀時が、
名前の出来心でした銀時の格好や物真似の気配だけで目を覚ますはずがないのだ。
きっと最初から起きていて、声をかけるタイミングを計っていたのかもしれない。

「銀さんありがとう、もう大丈夫」
「なあ、思ったんだけどよ」

月を見上げ眩しげに目を細める銀時の髪が、月の光を受けて銀色に光る。
視線を月から名前に戻し、銀時は少し照れくさそうに笑って言った。

「新しい茶碗、買わねーか。ホラあるじゃん、夫婦で使う揃いのさ、夫婦茶碗ってヤツ?」

銀時の言葉に、名前は目を見開き、嬉しくてたまらないというように満面の笑みを浮かべ「うん!」と銀時に抱きついた。
ぎゅうぎゅうと銀時の身体に抱きついてくる名前を、銀時はふわりと優しく抱き返す。


新しい茶碗は、すぐに今までの茶碗と同じくらい大事なものになるだろう。
湯気の立つご飯のぬくもりを優しく手のひらに伝え、家族と食べる食事の美味しさを更に引き立ててくれるに違いない。


銀時の腕の中で名前は幸せな気持ちに包まれながらそんなことを思った、





■ヒロインが銀さんの服を出来心で着る話(所謂彼シャツ)ヒロインが銀さんのモノマネとかして、
 マネされるのは嫌だけど服着てるのにはちょっと嬉しい複雑な銀さん
■眠れなくて銀さんと深夜のお散歩

こちらのリクエストで書かせていただきました!
ヒロインが珍しく壊れるところが書けて楽しかったです!
素敵なリクエストどうもありがとうございました!

2014 5/23 いがぐり

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あきゅろす。
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