[携帯モード] [URL送信]

企画
何があっても揺るがない


決して少人数ではない攘夷活動を行う者達の中で、過激とまではいかないが好戦的な集団に属する者達が居た。
その中で今、派閥抗争が起こっていると聞いたのは、たまに万事屋へと顔を出し銀時に嫌な顔をされる桂の口からだった。
桂さんも気をつけてくださいね、とその時は夫のかつての仲間である桂に本気で心配の言葉をかけた名前だったが、
その時は銀時達もその戦いに巻き込まれるだなんて、少しも思ってもいなかった。


「銀さん、新八くん、神楽ちゃん、定春。本当に、本当に気をつけてね……エリザベスさんと桂さんも」

名前は両手を広げ、新八と神楽に抱きつく。
戦いの前の二人はいつもの表情じゃなかった。銀時に似た、芯の通った侍のような、静かでいて、熱いものを秘めた表情をしている。
定春が名前の頬を舐めた。
「定春も、怪我しないでね」と名前が大きな定春の首に腕を回す。エリザベスが大きな瞳でそれをじっと見つめていた。
二人と一匹を抱しめたあと、名前は銀時の胸の中に飛び込んだ。銀時が名前の身体を大事そうに包み込むようにして二人は抱しめあう。

「外はどこで喧嘩おっぱじまっててもおかしくねーかんな、ぜってーにここから動くんじゃねーぞ名前」
「はい、銀さん。待ってるからね、おやついっぱい用意しておくから、だから、帰ってきたらみんなで食べようね」
「おっ、いいねェ。じゃ、なるべく早く帰ってくらァ」

心配の余り上手く笑えないでいる名前に、銀時が安心させるようにニカッと笑うと、いつものように軽く唇と唇をあわせた。
ほんとうに、いつもの。これから飲みに行く前のような、普段通りに重ねる口づけだった。
次は俺の番だな!と笑顔で名前に両手を広げる桂に、銀時はチッと舌打ちしエリザベスの背中を足で蹴る。
桂はエリザベスに押し倒されるような格好で玄関先に沈んだ。



そうして銀時達は名前を万事屋に残し戦いに赴いていった。
残された名前は彼らが万事屋を出てから、嫌なことは考えないように、ずっと台所に立ってお菓子を作り続けていた。
高いからと、いつもあまり積極的に使えないバターを贅沢につかったクッキーにパウンドケーキを焼いていく。
難しい菓子は作れないが、銀時たちの腹を満たすものなら作ることができる。
舌が驚くような甘さになるようにと、名前がクッキーの上にとろとろとチョコレートをかけていると、ガタッと玄関の方から大きな音がした。

「みんな!?」

溶けたチョコの入ったボウルを投げ出すようにして玄関へ走る。

「定春!」

そこに居たのは、身体中に泥と微かな血をつけた定春で、思わず定春が怪我をしてるのかと確認しようとする名前に、定春は瞳だけで自分は怪我をしていないことを名前に伝える。

「みんなは?」

くう、と鳴く。まだ戦いの最中なのだろう。

「私を心配してきてくれたの?」

くうん、と定春が少し焦ったように名前に擦り寄り、自分の背に乗るよう促してくる。
私は大丈夫だよ、と名前が言いかけた時、ぎしり、ぎしりと二階に繋がる階段が鳴った。
それは聞いただけで逃げなければならないとすぐさま思うような危険な空気を孕んでいて、名前は定春と顔を見合わせる。早く、と定春が名前に目で訴えた。
動物は人間以上に聴覚が鋭い。
定春は戦いの中で、銀時の耳には届かないところで攘夷浪士達が銀時の妻である名前を人質に、という耳打ちを聞いて万事屋へ飛んできたのだ。

「ワン!」

定春が鳴くのと名前が定春の背中にしがみつくのは同時だった。
刀を手に持った男達数人が、名前が定春と共に逃げたことにも気付かず、乱暴に足音を響かせて万事屋へと駆け込んでいく。

間一髪のところで名前を救った定春は、屋根の上を名前を乗せて駆けて行く。
その背中に揺られながら、名前はただただ振り落とされないようにぎゅっとしがみついた。

定春の足がようやく止まったのは、裏通りの薄暗い路地で、名前は少し先で銀時を見つけハッと息をのんだ。
銀時は木刀を手に一人の男をなぎ倒していた。その着物には赤い染みが大きく広がっている。

「銀さん!!」

思わず駆け寄ってしまった。銀時は名前の姿に目を見開き、そして眉間に皺を寄せる。

「……おめー、何しにきやがった。家に居ろっつったろ」
「ごめんなさい、でも銀さん、その怪我……!」
「こんなのかすり傷だっつーの。それよりとっとと帰れ」

冷たい声で、突き放すかのように言う。
いつも緩く穏やかな眼差しを注いでくれる銀時の瞳は、今はどこまでも厳しく射抜くような強さで名前を見つめていた。
怒っているのだ。きっと、本気で名前の身を案じている。

「でも、

万事屋は襲われて、と名前が続けようとしたところで、

「邪魔なんだよ。頼むからこっから消えてくんない?」

名前からすいと視線を外し銀時は言い放った。少し先で、男が身体を震わせながら真剣を手に立ち上がっている。
っ、と唇を噛み「ごめんなさい……」と名前は俯く。確かに、戦うことのできない自分は邪魔だろう。
どうして、どうして自分は銀時の負担になると考えもせず声なんてかけてしまったのだろうと名前は心底後悔した。
わかっている。銀時は名前を心配し、怪我しないようわざと冷たくして突き放しているということは。
けれど、やはり自分は本当に何もできないのだなとかなしくなる。

地面を蹴り銀時に背を向けて走り出した。ここにいなければ銀時は安心して戦いに集中できるだろうと。
けれど、どこへ行けばいいかわからない。万事屋は敵に襲撃されてしまっている。
お妙の家は、銀時達の戦う道の先にあるのだ。通れない。月詠の居る吉原に行くまでに、男達に見つかるかもしれない。
はあはあと息苦しさに涙を滲ませながら、名前は息を切らして走る。
自分の呼吸に「はっはっ」と音が重なり、えっと思って横を向くと、いつの間にか定春が名前の隣を走っていた。
名前は泣きそうな顔でくしゃりと笑って足を止める。

「はあ、はあ、定春、ついてきてくれたの? ありがとうね、」
「わん」
「どこか、隠れていられる場所に私を連れて行ってくれる?」
「奥さん奥さん、それならいいところがあるぜ」
「!?」

名前と定春は、いつの間にかニヤニヤといやらしく笑う男達に囲まれていた。



「もう銀さん、いくら名前さんが心配とはいえあんな言い方はなかったんじゃないですか」
「そうアル、最低ネ!」
「うっせーな、あん時ゃ必死だったんですー。つーかあのまま名前があっこに居て怪我でもするよりマシだろ」
「名前さん、きっと家でしょんぼり落ち込んでますよ」
「やめて新八くん、想像するだけで胸が抉られるようなこと言うのやめて!」
「銀ちゃんのせいアル」

ようやく敵の頭を倒し、家路をたどる銀時達は、まだ残党が動いていることも知らずにのんきに会話をしていた。

「名前だってわかってるだろ。……いやでもちょっと帰ったら二人きりにしてくんない? 謝り倒して押し倒して俺の愛を名前に伝えまくるから。必要とあらば土下座して謝るから」
「じゃあみんなで新八の家に行ってるアル。ね、定春……あれ、定春は?」
「そういやいねーな。どこいったんだアイツ」

ようやくスナックお登勢と、その二階にある万事屋の見える場所までたどり着く。
帰ってきた、とホッと息を吐きながら銀時が万事屋を見上げると、瞬時に身体を凍りつかせた。

「おい神楽、新八、玄関見ろ」
「……! なんで玄関が壊れてるネ!」
「ひょっとして、名前さんがさっき現れたのって……ここを襲撃されたから……」
「…………ッ、名前!」

三人は万事屋に駆け込む。そこは見るも無残に荒らされていた。
台所の床に散らばった菓子。甘い香りだけが漂うものの名前と定春の姿は無い。
一人残っていた攘夷浪士を三人がかりでボコボコに叩きのめし、名前をさらいに来たが居なかったため、待ち伏せていたと吐かせたところで三人は青くなった。

銀時はコブシを壁に打ちつける。さっき自分は名前に何を言った。
きっと必死で逃げてきたのであろう名前に、邪魔だと、消えろと、本心じゃないにせよ言ってしまったのだ。

「定春は名前さんと一緒なんじゃないですか」
「きっとそうだ。俺は見かけたぞ。エリザベスを名前殿の護衛にと思っていたが、それより先に駆け出して行った姿をな」

何時の間にやら上がってきていた桂が、かろうじて汚れていないクッキーを指でつまみ、口へ放り込もうとするのを銀時が横から奪う。

「これは帰ってきたらみんなで食う為に名前が作ったモンだ。名前が帰るまでは食うな」
「名前さん、どこかに隠れてるのかな」
「銀時。あの者の話を聞いただろう。頭が居なくなったことを知らず、残党がまだ動いているやもしれぬ。名前殿が捕らわれている可能性は高いだろう」
「ヅラ、オメーその場所知ってっか」
「ああ、心当たりはある。あとヅラじゃない、桂だ」



陽の光が細く差し込むだけの暗い小屋に、名前と定春は捕らわれていた。
とはいえ、名前の前に定春が牙をむき出しにして敵を威嚇し、男達は手を出せずにいる。

「定春、絶対に動かないでね。お願い」

刀を持った男達は、定春が居るから名前に近寄れない。
そして名前も、自分が動けば定春が斬りつけられるとその場を動けずにいた。

「ねえ定春、私は平気だから隙を見てここから走って銀さん達にこの場所を伝えに行って。そしてみんなで助けにきて」

定春はハッキリと意志を持って名前の言葉に首を振る。
自分が居なくなれば、この獰猛な男達が名前の身に何をするかわからないからだ。

「ごめんね、定春……」
「謝るならこっちに謝れって。せっかく美味そうな女がいんのにお預け食らってる俺達にな」

名前がキッと男を睨む。
しかしその視線に男達は怯むどころか、逆に下卑た欲望を煽る結果になってしまったらしい。

「いつまでも犬ッコロ一匹にビビッてると思うなよ!!」

男達はとうとう痺れを切らし、数人が一斉に定春に襲い掛かった。
名前の身を守ろうとしてか、定春はジャンプをすれば避けられるであろう攻撃にも、頭を低くし威嚇する姿勢のまま迎え撃とうとする。
駄目、と名前は男の攻撃から定春を庇おうと前に出て定春を震える腕で抱しめる。
無防備な背中に刃が振り下ろされようとしたその瞬間、

「名前ッ!!」

名前の背は逞しくて広いあたたかなもので守られた。

「無事か、名前!」
「銀さん!」

名前と背中合わせの格好で銀時が敵の刀を木刀で受け、打ち倒す。
残っていた敵は神楽や新八、そして桂とエリザベスで速やかに鎮圧され、戦いはあっけなく幕を閉じた。
名前は緊張の糸が切れたかのように、へなへなとした動きで床にぺたんと座り込んでしまう。

「名前……」

銀時も膝を付き、そんな名前を優しく抱き寄せた。
強く抱しめると、名前もぎゅっと抱き返してくる。

「っ、ぎんさ、ん……こ、こわかった……」
「大丈夫だ、名前。ほら、身体の力抜け」

震える名前の身体を抱しめながら、銀時はゆっくりと背中を撫ぜる。

「……ありがとう、銀さん。それと、さっきはごめんなさい、銀さんの邪魔したりして……本当にごめんなさい……!」
「名前のこと邪魔だなんて思うわけねーだろ。俺こそ悪かったな。わかってっとは思うけど、あの時の言葉は本心からじゃねーから、
 名前ちゃんの安全を考えてつい言っちゃっただけだから、マジで誤解だけはすんなよ」
「うん、大丈夫。全部ちゃんとわかってるよ」

銀時の抱しめてくれる腕の力だけで、胸のぬくもりだけで、名前はどれほどまでに自分が護られているかわかる。

「……なあ、あんなこと言っちまった銀さんのこと、まだ愛してくれてる?」
「何があっても銀さんのこと愛してるよ」

「俺も愛してる」と、桂の前にもかかわらず堂々とそう言ってのけ、名前の唇を自らの唇で塞ぐ銀時の表情は、
子供時代、攘夷時代にも見たことが無いほど穏やかで良い表情をしているなと桂は静かに微笑んだ。



「夫婦仲睦まじいとは素晴らしきことだなエリザベス。俺達もいつかああなりたいものだ」
『桂さんキモい』






■切甘、でも最後は思いっきり甘々でヒロインに一直線な坂田さん
■ヒロインちゃんを心配するあまり本気で怒る銀さん
■ヒロインが事件に巻き込まれて銀さんが助けに行く話
■坂田家にやって来た、ヅラとエリザベスの前でいつも通りにイチャつく坂田夫婦のお話

うおお、切甘になっているか不安ですが、この4つのリクエストで書かせていただきました!
素敵なリクエストをどうもありがとうございました!!

2014 5/17 いがぐり

[*前へ][次へ#]

3/14ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!