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企画
ただ、あなたといるだけで

朝の光に促されるように、意識が徐々に眠りの底から覚醒へと引き上げられていくその感覚の中、
最初に感じる銀時のその腕のぬくもりに、名前は今日も幸せな朝を迎えられたことを感謝する。

ゆっくりと目を開けた。銀時の穏やかな寝顔に思わず笑みが浮かぶ。
閉じられた瞼にそっと唇を寄せてから、じっと瞳を凝らし銀時の頬を見つめる。
頬の、耳に近いあたり。朝日にキラリと一本だけ、ひょろりとヒゲとも産毛とも違う白い体毛を確認する。
名前は(今日もあった)と、にっこり微笑んだ。

それは宝毛、福毛とも呼ばれる白く長い体毛は、生えてる者に幸運を呼んでくれるものらしい。
このことは昔、親友に聞いた。

『アイツにひょろっと一本だけ生えてたのよね』
『幸運を呼ぶ毛なんて素敵だね』
『そうなんだけどさー、なんか一本だけ伸びてるのって気になってしょうがなかったから抜いた』
『ええっ、抜いちゃったの!?』
『だって抜いていいか聞いたらいいよって。まあ抜いても不幸にはなってないからいいんじゃない?』
『でも、せっかくの幸運が。私だったら絶対に抜かないよ』
『たかが毛の一本や二本で大袈裟よ名前。それより何この毛〜って一緒に大笑いした方がいいじゃない。笑う門には福来る、ってね』

そんな親友との会話を思い出す。
もう気軽に会話さえできない遠い世界へ居る親友の、そのサバサバとしたところが名前はとても好きだった。

(でも、私は抜けないなあ)

こんなに細い体毛は、少し引っ張っただけでも簡単に抜けてしまいそうだ。
いつからあるのだろうか。ひょっとして、自分と出会う前から生えていたのだろうか。
銀時も気付いていないこの細い体毛は、ひょっとしたら自分にとっても幸運の糸で、違う世界に生きていた自分がその糸によって手繰り寄せられたのかもと、
限りなく現実味の無いことだが、可能性がないわけではないと、寝起きの頭でぼんやりとそんなことを考えていたら胸がどうしようもなく熱くなった。
自分でも、大袈裟だなということはわかっている。
けれど銀時と出会えたことは奇跡なのだ。

小さな幸運、小さなきっかけが重なった結果なのか、最初からこうなる運命だったのかはわからない。
けれど、違う世界に生まれたにもかかわらずこうして運命の人と確信できる人物に巡り合えた幸運は、とてつもなく大きなものだということはわかる。

茶柱が立って、すごいすごいと興奮してしまった名前に、どこまでも穏やかに微笑んでくれる銀時のその陽だまりのような空気。
神楽と四葉のクローバーを探して、見つかるまで柔らかな草原に寝転がってずっと待っていてくれる優しさ。
おまんじゅうを食べるところをじっと見つめられて、最後のひとくちをあげたら子供のように喜ぶ無邪気さ。

銀時といると、どんな小さなことでもしみじみと幸せを感じる。
他愛ない全てのことに笑顔がこぼれる優しさを感じられる。

銀時と過ごす毎日は、何でもないことでもぽかぽかと心をあたためてくれる真冬のマフラーのようだ。
それはとても大きくて、全てを包み込んでくれる。

「愛してるよ、銀さん」

名前は朝の空気にすぐ消えてしまうくらいに小さくそっと銀時へ心からの言葉を囁くと、
銀時を起こさないように静かに二人の布団を出た。



今日は朝から依頼が入っていて、新八も一緒に食べる為、名前は四人分の朝食を作っていた。
じゃがいもとたまねぎの味噌汁に、一枚のハムを四等分したハムエッグ、そしてもやしサラダだ。
残り少ない生活費の中で精一杯栄養が取れるよう工夫しているつもりだが、
ハムエッグのハムを一人一枚にできたらもっとよかったかな、と名前は思う。
神楽はたくさんおかわりするから、いつも米は炊けるだけ炊いている。
冷蔵庫に生卵があるのを確認し、よし、と冷蔵庫のとびらを閉じ、定春のドッグフードをカラカラと空の皿に満たしてやった。
そうこうしているうちに、そろそろ銀時達を起こさなければ、という時間になった。
新八もタイミング良く顔を出す。

「おはようございます」

丸い眼鏡をかけた新八が名前ににっこり笑う。新八がくると名前は何故かほっとする。
万事屋メンバーが全員揃った安心感からなのだろう。

「新八くんおはよう。私、銀さん起こしてくるから、新八くんは神楽ちゃんお願いしてもいいかな?」
「わかりました」

神楽を新八に任せ、名前は和室のふすまを開ける。
そこにはまだすうすうと寝息を立てて眠っている銀時がいて、名前は思わず顔をほころばせた。

「ぎーんさん、あさですよー」

きちんとふすまを閉め、銀時の耳元に唇を寄せると、銀時の腕が名前の身体をがばりと強く抱き込んでくるが名前は驚かない。
ほぼ毎朝こんな感じだからだ。
「んー、も、ちょっとだけ……」と寝起きの少しかすれた艶のある銀時の声が、名前の耳から心を甘い気持ちにさせるのも毎朝のことだ。

「でもね、もう朝ごはんできちゃったから」
「……わかった……」

そう言いつつ、瞼が開けられることはない。
しかも「もう少しこのパフェ食ったらな……」なんて言っている。まだほとんど夢の世界にいるらしい。

「ほっぺにクリームついてるよ」

なんて冗談を言ってみると、銀時は「マジ?」と瞼をしっかり閉じたまま手ですりすりと頬をすりありもしないクリームを拭い取ろうとする。
と、そこで何か違和感を覚えたらしい。一瞬だけ手の動きが止まる。

「銀さん?」
「なんか、クリームじゃない何かが……生えてね?」
「あっ、それって

名前が宝毛のことを言う前に、銀時はブチッとその毛を引っ張って抜いてしまった。
名前はその一瞬の出来事に頭の中が真っ白になる。
毎朝、そこでふわふわと揺れているのを確認していた白く細い長い体毛。
銀さんに幸運を運んでくれますようにと、心の中でそっと祈っていた毛が、銀時の手で引き抜かれ、ぽいっと無造作に捨てられた。

「うそ…………」
「んあ?」

ようやく目を覚ました銀時が、名前の様子に瞬きを数回繰り返した後
「どした?」と目を細め名前をその腕に抱いたまま優しく頬を撫でてくる。

「あっさり抜かれちゃった」
「名前?」

ようやく焦点のあってきた銀時は、呆然と銀時を見上げてくる名前を見つめ、不思議そうに眉を寄せた。
しかし、呆然としたまま息を吸い、そして吐いた後、不意に名前がふわりと顔を崩す。

「ふふ、銀さんってば、信じられない」

もう我慢できない、という風に名前が銀時の胸の中で笑い出した。
長い間、お守りのように感じていた体毛が余りにもアッサリと抜き取られたことに対し、
自分でも不思議なのだが、哀しいとか残念だとか、そういった気持ちとは逆の、愉快な気持ちになったのだ。
笑いながら、銀時に宝毛のことを説明する。

説明を聞いた銀時が「じゃあ俺ァ幸運を逃しちまったってことか。クソ、抜いてなかったらひょっとして今日パチンコで勝てたんじゃね?」と笑えば、
「じゃあ今日はパチンコやめておいたほうがいいね」と名前が更に笑う。
二人で笑いながら、名前は親友の言葉を思い出していた。


『たかが毛の一本や二本で大袈裟よ名前。それより何この毛〜って一緒に大笑いした方がいいじゃない。笑う門には福来る、ってね』


銀時と居れば、毎日些細なことでたくさん笑える。
だから毎日幸せなんだと、そう名前は実感した。




・西野カナの曲『if』に似たような話
・さりげない事にも幸せを感じる二人の話

このふたつのリクエストで書かせていただきました!
素敵なリクエストをどうもありがとうございました!とっても楽しかったです。楽しすぎて一日で書いてしまいました張り切りすぎてすみません。

2014 5/16 いがぐり

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あきゅろす。
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