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企画
夢に見て(笹塚)


「衛士、おはよう」

ここで聴こえる筈のない声にパチリと瞼を開くと、笹塚の目の前には恋人である苗字名前がにこにこと上機嫌で笑っていた。

「…………」

ここは警察だ。桂木弥子なんかは事件に強引に関わってきたりすることもあり、この場所へきてもおかしくはないが、名前はごく普通の一般人だ。
笹塚と付き合っているとはいえ、こんな場所にまで足を踏み入れてきたことは無い。
しかも今の時刻は真夜中だ。弥子だってそんな時間にこんな場所へきたりはしないだろう。
寝ぼけているわけではない。ここは間違いなく警察で、背中に当たる感触は職場の素っ気無いまでに硬いソファの背もたれだった。
仕事が遅くまでかかり、休憩がてら煙草を吸いにきたのだが疲れがたまっていたこともありうつらうつらしてしまったのが直前までの記憶だ。
無意識に名前の家に行ってしまったなどということはありえない。

それならばなぜここに? という笹塚の疑問は、名前の柔らかな唇に封じ込められた。
周囲の景色はぼんやり歪んで見えるというのに、名前の長い睫毛は鮮明に見えて、ついしみじみと名前の顔に見とれてしまう。

「おーい衛士、寝ぼけてるの? あなたの可愛い可愛い恋人の名前ちゃんだよー」
「見りゃわかるけど……驚いた」
「ね、私も驚いた。衛士に会ってるなんて夢の中に居るみたい。だって私、さっきまで家でぐーぐー寝てたのに」

名前のその言葉に、笹塚は自分が夢を見ていることに気付く。
やっぱりな、ソファの感触と名前の姿だけが鮮明で周囲の景色は曖昧だ。現実とは思えない。
夢の中でも冷静に笹塚は考える。

「そりゃそうだよな、深夜にこんなとこまで名前が来る筈ねーよな」
「え?」
「なんでもねーよ」

夢なら夢でいい、と名前の身体を抱き寄せる。
大事なぬくもりを腕の中に閉じ込めたかと思った瞬間、ふわっと名前の身体がピンクの霧状になり、笹塚の腕の中一瞬にして散った。



「……それが真夜中の突然の訪問の理由なの?」
「そう」
「うー、なんかもう、色々突っ込みたいことは山ほどあるんだけどとりあえず私ねむい」
「俺も」
「じゃあ一緒にねよう」

瞼が今にもくっつきそうなのを必死に開けようとして結局開けられずにいる、髪がボサボサでパジャマ姿の名前は、
玄関先で靴を履いたまま立っている笹塚に向かって倒れこむように抱きついてくる。
突然の訪問に本気で眠たそうな顔はしているが嫌な顔は欠片も見せず、笹塚を受け入れてくれる。
そんな名前を両腕でしっかりと受け止めてから、ひょいと横抱きにした。
「すごーい」と嬉しそうな可愛らしい声が上がる。そんな反応に思わず笑みがもれた。

これは夢じゃない。
夢とは違い、抱きしめても名前の身体が消えなかったことに心から安心した。

1Kの単身者向けの賃貸マンションは、玄関を上がるとすぐキッチンがある。
足が当たらないよう慎重に、そのままベッドまで運ぼうと名前の足を向けると「違う違う」と言われた。
喋るのも億劫なのか、何度目かの欠伸を噛み殺しつつちょいちょいと指差したのは、手前にある洗面所だった。

「着替えして。歯も磨いて。シャワーは?」
「徹夜になるかもしんねーから、向こうでさっと浴びた」

そういえばシャンプーのにおいするね、と名前は笹塚のこめかみに鼻を当てくんくんと匂いをかぐ。
名前のシャンプーの香りが笹塚の鼻を柔らかくくすぐった。

「そういえばお仕事はよかったの?」
「だいたい終わってる」
「そう、ならよかった」

ふぁー、と大きな欠伸をした名前は「出しておかなきゃ」と笹塚の腕の中からするりと降りた。
そしてクローゼットの中から男物のパジャマをごそごそと取り出す。

そのパジャマは付き合いだしてしばらくしてから名前が用意してくれていたものだ。
洗面所には、たまにしか使わない笹塚の歯ブラシも置いてあり、定期的に新しいものと交換されていたりする。
きて、とは言わないが、いつでもきていいよ、という空気を作ってくれている。

甘やかされているな、と笹塚は歯を磨きつつ鏡に映る緩みきった自分の口元を見ながら思う。

「はーやーくー」

名前はそう急かしながら、笹塚の背中に抱きついてきた。
口をゆすぎ、名前の方へ振り返る。
名前は笑って笹塚に向かって両手を広げた。

「運んでくださいな」
「りょーかい」

一度正面から名前を抱きしめると、よっ、と笹塚は自らの肩に名前を担ぐようにして身体を持ち上げる。
「そうじゃない!」と足をバタつかせながら抗議する名前の太ももの裏側をすっと撫ぜると「もう!」とますます怒り出した。
きっと先程のように横抱きにしてほしかったのだろう。
普段はしっかりとして隙が無いように見える名前も、笹塚の前では可愛らしい面を見せてくれる。
顔は見えないが子供のように頬を膨らませているに違いない。その顔を想像しおかしくて肩を震わせて笑えば、名前にポカポカと背中を叩かれた。

ほのかにぬくもりの残るベッドに二人してもつれるように唇と唇を重ね合わせながら倒れこむ。

「……眠気、吹き飛んじまったな」
「私も。ロマンティックさの欠片もない恋人のせいでね」

視線を絡ませふっと笑いあうと、笹塚は着たばかりのパジャマを脱ぐ為にボタンに手をかけた。






「笹塚さんに甘やかされ甘えられる甘い話」とのリクエストでした!
夢の中から現実まで、甘い味付けで書かせていただきましたが、糖度は大丈夫でしたでしょうか!?
ノリノリで書かせていただきました。
楽しんでいただけたら幸せです。
素敵なリクエスト、どうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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