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企画
海と記憶と秋空と(藤くん)

「楽しかったなー夏休み」
「夏休み終わって何ヶ月経つと思ってんだ苗字。暑さで頭茹ったまんま戻らねーのか可哀想に」
「藤くんがナンパされて困ってた私を王子様のように颯爽と現れて助けてくれたのがあの夏最高の思い出だよ」
「ショボい思い出だな」
「藤くんの思い出は何? やっぱ私に告白されたことかな!?」

あははーとその時のことを思い出して照れる私にしらけた顔をして藤くんが溜息を吐いた。
呆れた顔もイケメンな藤くんは、欠伸を噛み殺しつつ「そういや最新号出てたな」と言って一人コンビニへ入っていってしまった。
たまたま一緒に下校していただけの私は、バイバイを言う暇もなく向けられた背に何となく手を振ってみる。
砂浜で握られた藤くんの手は、大きくてあったかかったな。

藤くんは面倒くさがりで、激しくモテるのに男女交際というものに興味が無いのか彼女もいない。
そんな、私なんかには到底手の届かないところにいた藤くんが、夏休み皆で行った海でナンパされて困ってた私を助けてくれた。

“何フラフラしてんだバカ、さっさと来い”

一緒に泳ごうよとしつこかった高校生を睨み、藤くんは私の手を掴んだ。
ずっと藤くんに片思いしていた私は、これが夢ではなく現実に起こったことなんだと、
手を離されても次の日になっても学校が始まっても衣替えで冬服になっても毎日毎日手のひらの熱を繰り返し思い出し、心に刻んできた。

だけど、わかってる。
藤くんは優しいから、困ってるクラスメイトを助けただけなんだって。
これがシンヤなら自力でなんとかしろって言うだろうけど(だってシンヤは力持ち)
みくちゃんでも私にしたのと同じように助けてあげたんだろうな。いや、もっと優しかったかもしれない。

コンビニのガラス越しに雑誌を読む藤くんを見ると、雑誌から顔を上げた藤くんと目があった。
そしてパクパクと不機嫌そうな顔で口を動かしている。
何ていってるんだろう。口が三回パクパクパク。
……『か・え・れ』かな。
まあ、そうだよね。待たれていても迷惑だろう。帰ろう帰ろうおうちへ帰ろう。
今日も途中までだけど藤くんと下校できて大変ラッキーでした。
ここ最近、藤くんと一緒に帰ることが多い。
もしや私は一生分の運を使ってるんじゃ。これからドーンと不幸なことが襲ってきたらどうしよう。
そんなことを考えていたら、

「あれ、どっかで見たことあるコだと思ったら」

突然かけられた声に「えっ」とそちらを向くと、あらいつぞやのナンパ高校生さん達じゃありませんか。

「ふーん、常中なんだ君」
「そうです。ではさようなら」
「ここで会ったのも何かの縁でしょ、奢るからどっか寄ってこーぜ」
「下校中の飲食は禁止されてますのでさようなら」
「いいっていいって、おい、そっちまわれ」

しつこい高校生に腕を取られた。ピンチ! これはピンチだ!
大声を出して、それからシンヤに教わったいざという時に使えるという蹴りを、今、ここで!!!

「っ…………!」
「おい」

片足を上げようとした時、海の時と全く同じ表情をした藤くんが、眉を寄せて高校生の手を掴んでいた。

“俺から離れんな”

あの時に言われた言葉。
海風に揺れる藤くんの髪が綺麗で、眩しかった。
二人でアイスを食べた。今日だけは堂々と藤くんの傍に居ていいんだって、すごく嬉しかった。
だから浮かれてしまってつい自分の気持ちを藤くんに告白してしまったのだ。
好き、と言った私に「わかった」と返事した藤くん。
そうか!わかってもらえてよかったよ!
いや私もね、こんなカッコイイ人と付き合えるだなんて思っていないですよ?
でもさ、乙女の告白にもうちょっとなんかこういい感じのリアクションが欲しかったなあ、なんて。
その後は特に普段と変わらず、ハデス先生やアシタバくん達と合流して、
普通に夏休みが終わって新学期がはじまって、藤くんと下校することが多くなった以外は何も変わらない日々。だった。

「悪いけど、ナンパなら他当たって」

そう言った藤くんの気迫にたじろいだ高校生達が、海の時と同じように汚い言葉を投げて去っていった。
ホッとして力が抜ける。

「藤くん、本読んでたんじゃ」
「なんで一緒に入って来なかったんだよバカ。変なのにホイホイ絡まれてんじゃねーよ」
「ごめん」

ぽかんとする私の手を藤くんがぶっきらぼうに取る。
そして歩き出した。ずんずんと。
斜め後ろから覗く藤くんの横顔は、なんだか怒ったような顔で、
どうしようと思ってると誰もいない公園の入り口でいきなり藤くんの足が止まった。

「『こいよ』つったのに帰ろうとするわまたナンパされてるわ、何やってんだよトロくせーな」
「え、てっきり『かえれ』って言ったのかと思った」
「言うわけねーじゃん」

きゅ、と繋いだ手が強く握られる。

「さっきから藤くん、こわい顔してる」
「誰のせいだこのバカ女……」
「あ! また助けてくれてありがとう。ごめんね」
「別に。付き合ってんだし、当たり前だろ」
「はい?」

藤くんの言葉の意味が本気でわからず首を捻る私を、藤くんがギロリと睨んでくる。

「なんだその顔」
「いや、付き合ってるって一体誰のお話で?」
「俺と苗字だろ」

なんということでしょう!
私は全く知りませんでしたが、私と藤くんはいつの間にやらお付き合いなんてものを開始していたらしいです。

「い、い、いつの間に!?」
「はァ? 海行った時、苗字が好きつってきたからOKしただろーが!」
「“わかった”って言われただけだったような」
「付き合うか、ってことだっつーの、わかんだろ!」
「いや全然わからなかったけど」

あ、藤くん顔が真っ赤だ。

「えっと、もしかして藤くんも私のことが好きってこと?」
「好きでもない女とわざわざ一緒に帰らねーだろ」
「わかりにくすぎる!!」
「るせー」

怒ったような表情の藤くんに頬をつねられて、これが夢じゃないんだと痛いやら嬉しいやらでニヤニヤしてしまいました。

「この秋最高の思い出は、今の藤くんに決定!」

そう言った私の唇が、突然柔らかなもので塞がれた。

「俺はこれ」

間近で笑う藤くんに、私はただただ目を見開くばかり。


この秋どころか、今までの人生で最高の思い出ができました。





「みんなで海に行く話! ヒロインちゃんがナンパされてるのを藤くんが助ける甘甘END」
というリクエストでしたが、お待たせしてしまった上に思い切り季節と内容がズレまくってしまい大変申し訳ございませんでした!!
しかし大変楽しく書かせていただきました。リクエストどうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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