*いつも同じ瞳(藤) 一六勝負 先週、藤くんが美作くんと僕に協力を求めてきた。あの藤くんが。 それはとても険しく大変なことになるだろうなと容易に予測できる内容だったけど、僕たちは全力で協力することにした。 今までの藤くんが僕に頼んでくることといったら、心底呆れるような小さなくだらないことばかりだったけれど、今回は全く違う。 藤くんと苗字さんの将来がかかってるんだ。 「見合いの場で相手に嫌われるようなことするってのはどうだ?」 「見合いした時点でお互い拒否権はねーよ。その前になんとかしてーから相談してんだ」 「あ、いいこと考えたっ!麓介くんは女の子に興味が無いってことにして、子供作れないから結婚は諦めてってお父さんに言うの」 「…おい名前」 「アシタバくんが恋人役をすればいいよ」 「ええっ、ぼ、僕!?」 「ちょっといい案じゃない?みんなで麓介くんのお家にいって二人の仲、応援してます!みたいに盛り上げようよワァ楽しい」 「頼むから黙ってろ。お前が喋ると話がとんでもない方へ向かってく。冗談聞いてる余裕はねーんだ」 「いえ私は大真面目ですが」 「やめろその曇りの無い真摯な眼差し」 あ、藤くん突っ込んでも無駄だって悟ったみたい。 がっくりうなだれて溜息ついてる。美作くんはそれを見てプーと吹き出してるし。 苗字さんが居ると真剣な話し合いもほわほわした現実味の無い冗談(本人は真剣みたいだけど)でグダグダとしたものになってしまうなあ。 思わず浮かんだ苦笑いを隠すように、ハデス先生がいれてくれたお茶で喉を潤した。 --------- 様々な学校行事や病魔関連の事件の合間を縫うようにして、僕達は毎日のように藤くんのお見合い結婚回避に向け今後の対策案を出し合っていた。 変化といえば藤くんが苗字さんのことを下の名前で呼ぶようになり、苗字さんも“麓介くん”からごく自然に“麓介”と呼ぶようになったくらいで、具体的なものは何も練られていない。 ハデス先生や鏑木さん、本好くんに安田くんまで巻き込んでああだこうだと好き好きに案を出し合うだけで嫌にあっさり日々は過ぎていく。 今日もみんな保健室に揃ったが、話はいつものように平行線を辿り、雑談へと移りはじめていた。 「皆が一生懸命なのはありがたいけどよ、さすがに気が滅入るよな」 諦める気はねーけどさ、と窓の外を見ていた藤くんが苗字さんをちらっと横目で見てから言う。 藤くんの雰囲気がいつもと違う。お家の色々なしがらみを何とか取っ払おうと、考えすぎて行き詰って、きっと疲れているに違いない。 そんな空気を僕より先に感じ取ってか、苗字さんはいつものようにみんなとの雑談にまじる事は無く藤くんの横に座り、静かに身体を預けていた。 追い詰められたような表情でしばらく腕を組んで黙って窓の外を眺めていた藤くんが、ふと何かを思いついたように苗字さんに向き直って言った。 「名前、俺が18になったらすぐ結婚してくれ」 決して大声で発したわけではないのに、保健室に居た全員がその発言に絶句して藤くんに注目した。 苗字さんは目を見開き、ぱちぱちと二三度瞬きしてから口を開く。 「未成年じゃ親の同意無しに結婚はできないでしょ」 その通りかもしれないけど、あっさりしすぎだよ苗字さん!! 「結婚できねーなら駆け落ちするとか」 「今からそんなこと言っててどうするの。まだ何も試してないのに」 「そりゃ言いたくもなるだろ。マトモな案が出てねェ」 「で結婚?駆け落ち?今まで出てきた案より現実味無いよ」 冷静な意見に何も反論できず苦い顔で黙り込む藤くんの肩を、元気出せというように美作君が軽く叩く。 「まあ結婚はまだ先だよね。ん〜、10年経ってまだ私達が付き合ってたら結婚しようよ。なんだったら私からプロポーズしてあげるから」 なんて適当なんだ! 苗字さんは婚約したら皆で集まってお祝いしてね、なんてのんきな笑顔で笑ってる。 みんなも口々に「盛大にお祝いしようね」「藤の為に祝うなんて気が進まないけどいいよ」「俺も熱子としてえ!」なんて笑ってるし。 ノリがいいなあ…。 「10年後だな」 「うん、わかりやすくていいでしょ」 「ぜってー忘れねーぞ」 「女に二言は無い!」 きっぱり言ってのけてから苗字さんは柔らかく微笑む。 さっきまでずっと藤くんが纏っていたやりきれなさが、その微笑に剥ぎ取られたかのように、みるみる藤くんの瞳に光が差していく。 ああそうか、藤くんにとって苗字さんはただ恋人というだけでなく、かけがえのない希望として見てるんだな。 推測でしかないけれど、そんなことを漠然と思った。 「俺が結婚させられてたらどーすんだよ」 「んー、ひとつ挑戦してみたいことがあるんだよね」 「またアホなこと言ったら明日の弁当やんねーからな」 苗字さんは白く細い指で綺麗な髪を耳に掛けながら、今までに見たこと無いような真剣な顔で言った。 「正攻法でお願いするの」 [*前へ][次へ#] [戻る] |