[携帯モード] [URL送信]

長編はみだし話(番外編)
・モデル4

「はーい、肩の力抜いてくださいねー、笑って」

言っている間にもカシャカシャと何度もシャッターが切られ、新八はどこで息を吸えばいいのかのタイミングすらつかめず、
ぎこちない笑みを顔にはりつかせていた。

「新八くん、かわいいよ!」
「堂々としろ新八ィ、自信持つネ! 今のお前はどっからどう見ても女アル!」
「あのさオメーら、新八にんなこと言ったら余計あいつ笑えねーんじゃね?」

さすがに新八に同情した銀時がぼそりとこぼすと、名前と神楽は目を合わせ、そして同時に銀時を見上げてきた。

「だってかわいいんだもの!」
「あれは新八であって新八じゃないアル。だって眼鏡外してるし、だからいいネ!」

こういう状態の二人には、何も言わないほうがいい。
「わーったわーった」と適当に言葉を返すと、銀時は腕を組み、ドレス姿の新八を撮影するカメラマンに視線を向けた。
じっと内面まで観察するかのように見つめる。水を得た魚のように、カメラマンの表情は輝いていた。




―分野は違えど、写真を撮ることができるのは幸せなんです。私、少し前に親の仕事を継いで、カメラの仕事はもうできないと諦めていたんで

―え、じゃあ何、今あんた親の仕事とカメラマンの二足のわらじ履いてんの?

―いえ、一足ですよ

そう言って、カメラマンは静かに笑った。その笑みに銀時は眉を寄せる。
懇願してきたり泣きだしたり、情けない表情しか見せてこなかった男の、初めて見る顔だった。
目の前のこの男の、本心を曖昧にぼかすようなもったいぶったような含みのある言葉は、銀時の警戒心にひたりと触れ、じわりと印象を変えていく。

親の仕事って、と口を開きかけた銀時の、その視線を正面から物怖じすることなく受け止めたカメラマンは、
まるで銀時の頭の中を最初から見透かしているかのように、薄い笑いを顔に浮かべていた。
昨日のおどおどとした弱々しい様子とは打って変わって、どこか不気味だった。
銀時の背筋に微かに、しかしハッキリと違和感が走る。
名前のことを護るように細い肩を引き寄せれば、傍で黙って二人の会話を聞いていた名前が嬉しそうに身を寄せてきた。

―と、お喋りしてる間に準備ができたみたいですね

その時、全てを諦めたというような表情の、綺麗に化粧を施され髪型もバッチリ決められた、どこからどう見てもかわいらしい新婦になってしまった新八と、
新八の眼鏡を持った神楽がぎゃははと笑いながらスタジオへ現れた。
化粧はすれど幼さの残るあどけない新八の見た目にあわせたのだろう、可愛らしいプリンセススタイルのドレスは、
足を進めるたびドレープがドレスに繊細な影を映し、真っ白な生地が美しくきらめく。

―うん、かわいらしい。きっとこの方もクライアントに気に入っていただけるでしょう

新八くんかわいい! とはしゃぐ名前の声に紛れるように呟かれたカメラマンの言葉を、銀時は聞き逃さなかった。



「今日は本当にどうもありがとうございました。いい写真が撮れてよかったです」

撮影は何事も無く無事に終わった。今、撮影スタジオには自分達万事屋一家とカメラマンしか居ない。
ヘアメイクはフリーで働いているらしく、次の仕事があるからと新八を着替えさせるとさっさと去ってしまった。

撮影中、銀時はトイレへ行くと言いさりげなく建物内をまわり隠し部屋や、怪しい人物が行き来していないか調べたが、
本当にここがただの撮影スタジオということしかわからなかった。ただ、それがどうも気にかかる。
結婚式場のパンフレットを作成する為だけに作られた撮影スタジオらしいのだが、
どれも細部まで金をかけたのか、やたら細かく、丁寧に作られていた。
先程のヘアメイクの話だと、ドレスまで毎回違うものを用意するという気合の入れ方だ。
そういうことから、カメラマンのクライアントが、コレといった写真ができるまで根気強くカメラマンに写真を撮らせ続けるのもわかる。
けれど、女性達を誘拐する為ということなら、これは手間がかかりすぎていると銀時は思う。

“誘拐された女達はみんな、その大物が今度作る式場のパンフレットのモデルに誘われて、撮影が終わった後に忽然と姿を消してんです”

昨日の沖田の言葉を頭の中で反芻する。
終わった後、ということは、この撮影とは無関係なのか、とちらと思う。
けれど、カメラマンの発言には決定的な矛盾があり、それがどうも引っかかるのだ。
昨日は、いくら写真を撮ってもクライアントに却下され続けていると、ファミレスでカメラマンが悲壮な表情で切々と語っていた。
名前をスカウトした時も同じようなことを言っていたらしい。
けれど先程の言葉はどうだろうか。新八を見てこぼした言葉。

―うん、かわいらしい。きっとこの方もクライアントに気に入っていただけるでしょう

この方“も”とカメラマンは言った。聞き違いなどではない。
モデルは気に入られても写真は気に入られなかったのか、それとも何か別の目的が……

「これは謝礼です。現金と、あと向かいのビルで飲食店をやっておりましてね、その店の個室貸し切り食べ放題の無料券です。期限は今日中なんですがよかったらどうぞ」

カメラマンのその言葉に、考え込んでいた銀時を覗く皆の顔が輝いた。
(……おいおいやっぱコイツ無関係じゃなさそうだなオイ)と、銀時は食べ放題の無料券が誘拐に繋がる不吉な紙切れに見え唇を結ぶ。
女性達は、撮影が終わった後に姿を消した。
それはこの撮影スタジオではなく、他の場所で。
カメラマンは他の女性達にも同じように撮影後に謝礼と言って現金とこの無料券を渡したのだろう。
そう結びつけると見えてくる。誘拐された場所は、おそらくその向かいのビルだ。

銀時は思わず険しくなりそうになる表情を深呼吸して緩め、へらりと笑うと、カメラマンの手から食べ放題券をスッと取る。

「食べ放題っつーことはナニ、デザートまで食い放題ってか」

顎を指でぽりぽりとかきながら、券をひらりと動かして裏表確認する銀時に、カメラマンは爽やかに笑う。

「ええもちろん、飲み物も食べ物も全て、皆様全員無料にさせていただきます、どうぞお楽しみ下さい」
「キャッホー! 新八応援したかいがあったヨ!」
「神楽ちゃんは応援っていうより僕見て笑ってただけじゃないか。まあでも、ドレスは疲れたけど、やってよかったなあ」
「食べ放題なんて嬉しいねえ。新八くんが頑張ってくれたおかげだね、ありがとう、お疲れ様でした新八くん」
「じゃーこのまま直行すっか」

おう! と、笑顔の神楽と新八と名前が何も知らず能天気に勢い良く握りこぶしを振り上げる。

(さて、あちらさんはどう出てくるのかね)

と、これからどうするか、盗聴器で筒抜けであろうこの会話に真選組はどう動くか、などを頭の中で考え始めた銀時に、
「銀さん銀さん」と、名前が、少し恥じらいを浮かべた表情でちょこんと銀時の腕をつついてきた。
行く前にお手洗いに寄っていいかな、と小さな声で聞かれ、銀時は緊張を緩めてふっと笑う。
そして便意など無かったが、「俺、ちっと便所行ってくらァ」と名前の手を取った。

「早くしろヨー、もう腹ペコアル」
「銀さん、どうして名前さんまで連れていくんですか」
「るせーな、ハンカチ忘れたんだよハンカチ。名前の貸してもらうんだよ」
「うわっ、銀ちゃんの手を洗ったハンカチなんてタマ菌ついてもう使えなくなっちゃうアルよ、そこらの雑巾で拭けよ銀ちゃん」
「オメーが拭け。ついでに顔もソレで拭いてこい」

べえ、と銀時と神楽がお互いに子供のように舌を出した後、銀時は名前の手を引いてトイレへ連れて行った。



薄暗い廊下で銀時は、新八と神楽はいざという時戦えるからいいとして、名前をどうやって危険から遠ざけようかと考えをめぐらせつつ、
女性用トイレの前で腕を組み壁にもたれ名前を待っていると、
廊下の端の曲がり角からゴロゴロとキャスターの転がる音と話し声が聞こえてきた。
カメラマンの声ではない。銀時は一瞬にして表情を引き締める。

「銀さん、待たせちゃってごめ……、っ!?」

このタイミングでトイレから出てきた名前の口を素早く自らの手で塞いだ。
相手が銀時だからか、驚いたようだったが抵抗する様子のない名前を今出てきたばかりの女性用トイレへ連れ込む。
音を立てないようそっと個室へ入り鍵を閉めると、人差し指を唇にあて喋るなとジェスチャーをした。
こくこくと首を振る名前を見て、瞳の鋭さをようやく解くと、口から手をそっと外す。
驚かせちまって悪ィ、と声に出さず眼差しで伝えれば、いいの、と名前が小さく首を傾けて笑う。

狭いトイレの個室で体格の良い銀時が名前を抱き寄せるようにして息を潜めていると、かなり狭苦しい。
名前は銀時の胸の中、銀時は何故こんなことをするのだろうと、何処かしら穏やかではない予感を感じ取りつつ、
けれど銀時の視線に気付くと、信頼してるよというように、健気ににこりと笑って見せた。
名前から銀時へのやわらかな気持ちが伝わってくるようで、こんな状況にも関わらず心がふわふわとしてきてしまうから困る。

こうして密着していると、相手の呼吸が手に取るように感じることができる。
名前はいつもこういう時、銀時の呼吸に合わせるようにさりげなく大きく息を吸って、銀時と同じタイミングで吐き、銀時の呼吸に自然に自分の呼吸を重ねてくる。

“こうすると、銀さんともっとぴったりくっつけるような気がするんだ”

以前、情事後にまったりと二人裸で抱き合っていた時に名前にそんなことを言われ、
感極まった銀時は、そのまま名前を押し倒し、三回戦へと突入し再び荒く息を紡ぐ展開になったことを思い出す。

銀時は微笑を浮かべながら名前の頬のなめらかなラインを指でなぞり、顎をくいと持ち上げると、唇で軽く名前の唇に触れた。
唇を離した時の名前の表情は、うっすら頬を赤くして目を潤ませて銀時に“もっと”と言っているようで、
それがなんとも言えずかわいらしくて、銀時はたまらず名前の腰を更に引き寄せるようにして強く唇を押し付けた。

そんな二人の耳に、唇を何度も重ねる濡れた音とは別の音が聞こえてくる。
先程銀時が聞いた反対側の方からキャスターの回る音と共に、女性用トイレの前を通り過ぎる男達の声がハッキリと耳に飛び込んできた。
さっきの男達と同じ声だ。トイレを通り過ぎ、すぐ先の部屋へ行き、すぐに戻ってきたのだろう。

「今回着用したドレスは回収完了。あとは本人だけだな」
「聞いたか? あのドレス、男の子が着たらしいぞ。買い手つくのか?」
「男色趣味の客もいるだろう。幅広い商品を用意した方が客も集まる。今までだってなんだかんだで全員予約までこぎつけてるんだ」
「そうだな。この女は趣味じゃないとうるさい客もいたもんな、商品は幅広いに越したことは無い」

この会話を聞いた名前が、青い顔で銀時を見上げてくる。
その視線を受け、どこから説明しようかと銀時が唇を開きかけた時、遠くで何かが倒れた大きな音が聞こえてきた。


※ウそ予告が思いつかなかったので真選組オマケ話※

鬼畜な外道の心には、純真で清らかな涙すら届かない。
鬼畜はどこまでも鬼畜なまま、己の道を貫くのだろう。

「こんなやりとり聞きたくねえ! もう通信切って総悟!」
「旦那達、このまま最後までやっちまいそうな勢いだねィ」
「わーーーーー! 恋人の居ない俺にそんな心抉られるもの聞かせないで!」
「近藤さん、うるさいですぜ。あと汚ねえ鼻水目から流さないで下せえよ」
「目から鼻水出るわけないでしょ! これ涙! 勲の清らかな涙だから!!」

真選組のハイテク盗聴器は、銀時と名前の息遣いから布ずれの音ひとつまで丁寧に拾い上げていた。

[*前へ][次へ#]

22/70ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!