長編はみだし話(番外編) ・モデル3 「凛々しい眉ね〜、少し剃っちゃいましょうか」 「あ、そっちゃってそっちゃって、ゾリッと豪快に女にしてやって」 「銀さん! 勝手に人の眉毛を剃る許可しないで下さい!! もう、どうして僕だけがこんな目にあわなきゃなんないんだよ!!!」 椅子に無理やり座らされ、その肩を押さえつけるように両手を置く銀時を、新八が首を捻り恨みを込めて睨み上げる。 「そんな睨むなよ新八クーン。銀さんだってそりゃあやりたかったんだかんね、モデル。 けど俺の体格じゃドレス入んねーって言われたじゃん。だから泣く泣く諦めたんじゃん。だから俺の分までオメーが頑張ってくれや」 「頑張れるか!!!!!」 ここへくる時はパー子の格好をしていた銀時だったが、銀時の体格にあうドレスは無かった為、新八は一人でモデルをさせられる羽目になったのだ。 モデルができないと知った時、銀時は一瞬にしてパー子の姿からいつもの格好へ着替えたのだが、 その “ヨッシャー、面倒なことやらずに済んだぜラッキー” 的な表情を隠そうともしない嬉々とした様子に、 新八の怒りは瞬間沸騰し、そしてずっとぐらぐらと煮え立ったままだった。 「は〜い、大丈夫よ〜、このヘアメイクのお姉さんがアナタをバッチリ綺麗な花嫁さんに仕上げてあげるからね〜、そんなに眉間に皺を寄せなさんな」 どう見てもお姉さんと言うよりオカマさんと言った方がしっくりくる外見をしたヘアメイク担当は、 新八の顔をじいっと見つめ、迫力のある笑みを浮かべた。 「頑張れ新八! オマエならやれるアル!」 「神楽ちゃん、ひとごとだと思って楽しそうに励まさないでくれる」 「あれ、名前はどこ行った」 銀時が愛しい妻の姿を求め広い部屋をきょろりと見回す。 「名前ならあっちネ」と、神楽が指差した先は、部屋の隅の方だった。 そこにはキャスター付きのハンガーラックにかけられたウエディングドレスがあり、ふわふわと特別な空気を放っている。 どうやら名前はそんなふわふわな空気にふらりと誘われたらしい。 「素敵なドレスでしょ〜、今朝クライアントから届いたのよ。毎回、撮影のたびに違うドレスを持ってくるのよね〜」 金かけてんな、とヘアメイクの野太い声を聞きながら、銀時は名前の姿を見つめる。 銀時に背を向ける格好で、名前は触れるのをぐっと我慢するように手を後ろで組み、そわそわとドレスを見つめている。 ドレスの影になっていて気付かなかったが、カメラマンの男もそこにいた。 名前の横顔が見える。何を話しているのだか、手を当てて微笑みをこぼすその様子に、銀時の眉がピクリと反応した。 嫉妬に心を占められた銀時が、名前達の方へ一歩足を踏み出そうとしたその時、名前がくるりと振り返り「銀さん」と銀時を呼んだ。 みるみる銀時の表情が柔らかくなる。 「あのね、新八くんがメイクしてる間、スタジオを見せてくれるって」 そんなものに興味は無かったが「一緒に行こう」とにこにこと笑いながら駆け寄ってきた名前に手を取られると、 顔が自然と緩み「おう」としか返事ができなくなる。 そこは不思議な空間だった。 赤いじゅうたん、風格と気品のある長椅子、薔薇や百合や可憐な花々に、細かな模様の枠の大きなガラスの窓からは、まるで本物の太陽の光が注がれているかのようで、 撮影スタジオという場所に生まれてはじめて足を踏み入れた名前は、何を見ても目をキラキラとさせていた。 そんな名前を見て可愛いヤツと口元を緩めつつ、誘拐された女性達も全員これを見たのだろうかと銀時は思う。 銀時が何気なく窓からひょいと外を眺めると、植物などは本物だが、そこはやはりスタジオ内とわかってしまうツクリモノの庭で、 写真におさめると本物にしか見えない風景なのだろうが、どこかしら空虚なものを感じた。 名前に、昨日の沖田の話は伝えていない。 何のお話だったの? という問いに、んー、と言って曖昧に笑みを返せば、名前はそれ以上は聞いてこない。そういう性格なのだ。 また、銀時も、名前を危ない目にあわせる気は微塵も無いが、 自分がやろうとする危険なことに名前を巻き込みたくなくて、自分の判断で言葉を噤むこともある。そんな性格なのだ。 できればここに連れてきたくもなかったが、滅法弱いのだ。名前のはしゃぐ姿に。嬉しそうな笑顔に。 撮影スタジオってどんな感じなんだろうね 銀さんと新八くん、どんなドレスきるのかな 足の裏にバネでもついてんですか、というような軽い足取りで夕飯の支度をする名前に、 オメーは残ってろ、なんて銀時にはとてもじゃないが言う事ができなかった。 本物の格式の高い結婚式場に迷い込んでしまったように見える名前が、自分から離れて消えてしまわないよう、銀時はそっと名前の肩を抱く。 「みて銀さん、綺麗だね」 外国製らしき高級感漂う丸テーブルに無造作に置かれたティアラに目を留めた。 名前は光を受けてきらめく一粒一粒の石の輝きに思わずうっとりとため息をもらす。 「これを新八が付けるってか。ティアラが泣くな」 「きっとかわいいよ。ねえねえ銀さん、新八くんが本物のお姫様みたいになったらどうしよう、ドキドキしちゃう」 「なんだよどうしようって、なんでオメーがドキドキすんですか。新八だぜ? 眼鏡の国の眼鏡の姫程度にしかなんないって」 「眼鏡のお姫様!」 つぼみが花びらをふわりとひろげるように、名前が顔をほころばせた。 モデルを断ったとはいえ、女性なのだ、こういう場所に憧れを持っていたに違いない。 名前はすごく浮かれていた。いつも落ち着いていて、穏やかで、にこにこしている名前が、ここまではしゃぐことはあまりない。 やはり沖田の話を名前にしなくてよかったと銀時はしみじみ思った。 言っていたら、この笑顔は見られなかっただろう。 愛しさに突き動かされ、銀時は名前の髪の毛に指を通す。 その時、銀時と名前にカメラのレンズが向けられた。 カシャ 小さなシャッター音。 二人が振り返ると、カメラマンがカメラを構えていて、名前が恥ずかしそうな、驚いたような表情で銀時の着物の袖を握る。 「おいおい、勝手に撮んなよ」 「すみません。お二人共、素敵な表情をしていたものですから」 昨日のしょぼくれた表情はどこへ行ったのか、カメラを構えるカメラマンはとても生き生きとしていた。 今朝、スタジオに現れたパー子とパチ恵を見たときの彼は、まるで絶望に打ちひしがれた瀕死の蛙のような顔をしていたが、 パチ恵を見たヘアメイクの「この子は化けるわよ〜」の一言になんとか立ち直り、ここまで心理的ダメージを回復させたらしい。 「写真撮んの、好きなんだな」 「ええ。人の何気ないふとした自然な表情を写すのが好きなんです。それと風景と」 「ふうん、そんなアンタがなんで式場のパンフレット作ってんの。俺にゃ全然違う分野に思えるんだけど」 「………」 カメラマンの顔が曇る。 こりゃ何かありそうだと、銀時はじっとカメラマンを観察するように見つめた。 ※次回ウソ予告※ 止まらない名前の勘違い 何者かに暴走させられる神楽の夜兎の本性 眼鏡を外した新八に襲い掛かる純白のウエディングドレス 銀時が選ぶのは現金を抱えた名前か、それとも宝石を身に着けた名前か 「ど、どっちも選べねえ……!!」 夢が欲を産み、欲が身を滅ぼす そして愛は人々に一体何を問うのだろう 華やかな撮影現場の裏側で、闇がうごめき魔の手を伸ばす! 「モデル」第四話、次回もお楽しみに!! ※この予告は全て適当な言葉とくだらない冗談でできております※ [*前へ][次へ#] [戻る] |