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長編はみだし話(番外編)
・甘い午睡


ささやかな幸せが積み重なる日々の中、ふと振り返ってみると、ささやかだなんてとんでもない、
当たり前のようにあるものだからつい見逃してしまうけれど、私は大きな大きな幸せの中で毎日過ごしているのだなと、気がついた。


「名前」

外から帰ってきたばかりの銀さんに、これ以上ないくらい自分の名前を甘く呼ばれ、身体中の熱がぐっと上がった。
ドキドキする気持ちを抑えつつ、なあに、と笑えば、銀さんはただ微笑みを浮かべ唇を重ねてきた。
いつもなら、甘い口付けが少しの間続くのに、今日はすぐに唇を離されてしまった。
しかも、銀さんなんだかこわい顔。

「おい」

そう言うなり、銀さんの手のひらが額に当てられた。
なんだか今日は身体がふらふらするなあと思ってた。
けれどお掃除くらいならできそうだなとほうきを手に掃除をしていたのだけれど、
銀さんのこの表情、もしかして私は熱があったのかもしれない。

「おでこ、熱かった?」
「熱かった? じゃねーよ明らかに熱ィじゃねーか、ったく。自分で気付かなかったワケ? なに普通に掃除なんてしちゃってんの」
「少しおかしいなって思ってたんだけど、動けるから大丈夫かなって……」

語尾が小さくなってしまう。銀さんから注がれる強い眼差しに泣きそうになってしまった。
銀さんにほうきを持たれ、私は素直にほうきを握っていた手を離す。

「名前がぶっ倒れちまったら俺らがどんだけ心配するか少しは考えろ」
「……ごめんなさい」

大切な人に、こんなに心配をかけてしまった自分が情けなくなる。
唇を噛んでもう一度ごめんなさいと言うと、銀さんは私を抱しめてくれた。

「元気になるまで家事中止な」
「少し休めば、すぐ元気に
「さっきの取り消し、今日一日休んでろ」

でも、と言いかけたけど、私の口から出たのは「わっ」という間抜けな声だった。
銀さんに軽々と身体を横抱きにされて、反射的に銀さんの首に手を回す。
私の体重でもちっとも揺らぐことのない銀さんの逞しい身体にぎゅっと抱きつけば、大好きな銀さんの香りがした。
そのままゆっくり数歩足を進めた銀さんが、和室へ続くふすまを足であける。

「お、ちょうど布団出てんじゃん」
「さっき干してたお布団取り込んだんだ」
「布団ならいつでも干せるじゃねーか。身体だりィ時にやるこっちゃねーだろ」
「いいお天気で、我慢できなくて」

銀さんは私をそっと立たせると、ひょいと畳んでおいてあった布団を伸ばす。
綺麗な横顔。男らしくて、凛々しくて、なんて思ってたら、横目で私に視線を向けた銀さんと目が合った。
……かっこいい。
けれど銀さんはすぐに私から目を逸らし、頭をかきながらふうと息を吐いた。
私のこと、呆れてるんだろうな。
銀さんに心配をかけたかったわけじゃない。ただ、綺麗に掃除して、ふかふかのお布団で、日々を快適に過ごして欲しかっただけなんだけど、
自分の体調がおかしい時にまでしたらダメだったね。……反省。

「決めた。俺も寝る」
「え……?」
「名前ちゃんと一緒に寝るっつってんだよ」

言うなり銀さんは敷いたばかりのお布団にごろんと横になった。
そしてにっと笑って私を手招きしてくれる。
嬉しくて、愛しくて泣きそうになりながら、私は銀さんの胸の中に飛び込んだ。両腕が私の身体をしっかり抱しめてくれる。
昼下がり、干したばかりのほかほかのお布団に横になる。
身体がだるくても銀さんの心臓の音を聴いているだけで落ち着いた。
とくんとくんという心地よいリズムと銀さんの体温に、自分の体調のことなんて忘れてしまうくらい安心する。
だってこのぬくもりは全てのものから守ってくれるって知ってるから。



毎日毎日、一日のうちに何度も銀さんに幸せをもらっている。
朝の口付け。何気なく握られた手の熱。向けられる微笑。
名を呼ばれて返事をする。銀さんと呼べば優しい笑みと飾らない言葉が返ってくる。
こんな些細だけれど心から愛しい銀さんとのやりとり、その全てに幸せを感じることができる私って、本当に幸せものだなと思う。



銀さんに抱き込まれるようにして、二人で寝転がって甘い午睡に落ちた。





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