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月に咲く (完結)
雨に見る

ポツポツと降りだした雨は急速に勢いを増し、窓辺で外を眺めながら名前は携帯電話を握り締めた。

『この秋2度目の遅めの台風は関東地方を直撃…』

テレビから淡々としたアナウンサーの声が聞こえてくる。
名前は笹塚から入ってきたメールを読み返し、再び不安げに外に視線を移した。

セレブ専用ショッピングモールに炎上した車が激突し、数人が無くなったニュースをテレビの速報で見た。
笹塚は今夜名前の家に来る予定だったが、その事件を受け警察に待機しなければならなくなり、今日は会えそうにないとメールが入った。
テレビに鮮明に映し出されたビルに浮かぶ“6”の炎。思い出すだけで戦慄が走る。

ごく当たり前に毎日を過ごせると思っていた日常が、
いつどこで大きな口を開けた悪意にぱくりと一息で飲み込まれるかもしれないという底知れない恐怖に怯える人々に追い討ちをかけるように、
今度は酷く残酷で広範囲に渡る最悪なテロが起こった。
色々な感情が渦巻き、今夜はこの重く沈んだ気持ちを抱えて眠れないだろうと名前はいつまで経っても落ち着かないままただ深呼吸を繰り返す。
そんな時、ふいに携帯がなった。着信画面を見ると笹塚からで、名前は急いで電話に出る。

「もしもし!」
『あ、俺。……笹塚だけど』
「笹塚さ、えと衛士、さん!」
『さん、はいらない。はいもう一回』
「……衛士」

電話の向こうで、笹塚が静かに微笑む気配がした。
先日、笹塚の家にて甘い一夜を二人で過ごした後、互いを名前で呼び合おうと笹塚に言われたのだ。
恥ずかしさと嬉しさに頬を染めながら、はじめて笹塚を下の名前で呼んだ名前に笹塚が見せた笑顔は、思い出すだけで胸が熱くなる。
すごく好きだと思った。笹塚の見せる笑顔が。名前を呼ぶ声が。名前のことを深く想ってくれる心が。

『ん。悪いな夜更けに。寝てた?』
「ううん。ニュース見て、ちょっと不安で」
『名前の家は堤防から遠いけど、被害とか困ったこと無かったか?』
「うん、何も。衛士は大丈夫?警察は相当大変でしょう」
『ああ、寝る暇も無さそうだ』
「電話してても大丈夫なの?」
『あー、バレたら怒られるだろうな』
「えっ!」
『少しさ、名前の声が聞きたくて』

疲れきった笹塚の声に、名前はきゅっと携帯を握る手の力を強める。

「えっと、衛士」
『ん?』
「いつでも電話してね。あと、何か出来ることがあったら言って」
『……ああ、サンキューな。なんつーか、助かるよ』
「わたしまだ何もしてませんけど」
『精神的な意味で。名前と話してると心が軽くなる』

そうだけ言うと、笹塚は『悪い、またかける』と名前の返事も待たず電話を切った。

「私もだよ、衛士」

通じていない携帯に向かってそう囁くと、名前は電話前よりずいぶんと軽くなった心に触れるように胸の上に手を当てて、再び外を見る。
激しい雨で外は何も見えないが、名前はずっと外を見つめ続けた。





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あきゅろす。
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