[携帯モード] [URL送信]

月に咲く (完結)
指差す甘味

「わあ、このお店、デザートも綺麗ですね」

運ばれてきたケーキの繊細な盛り付けにそう声を弾ませると、
名前はチョコレートケーキ横に添えられたジェラートをスプーンで上品にすくいあげ、小さな口に入れてうっとりと頬に手を当てる。
笹塚はコーヒーを飲みながら、そんな名前にずっと優しい眼差しを送っていた。

「この店気に入った?」
「はい、とっても」

笹塚と名前は付き合いだして今日で一週間目になる。
笹塚はいつものスーツ姿だが、名前は私服だ。いつものナース服の時との印象がまるで違う。
大人の女性の可愛らしさとでも言うのだろうか、無理に若々しい服装をしているわけでもなく、かといってブランドでかためたガチガチの高級志向ではない。
自分に似合うものを熟知し、さらりとそれを着こなしている。
いつも結わえていた髪も、今日は肩のあたりでさらりと揺れていて、
笹塚は表面上は無表情で抑えているものの、胸の中が落ち着かなかった。
外見で名前に惚れたわけではないが、笹塚の男心が疼いてくる。

「笹塚さんは頼まなかったんですね。美味しいですよ、このチョコレートケーキ」
「じゃあ次ここに食いに来たときに頼んでみる」
「よくここにお食事しにくるんですか?」
「いや、初めて。今度また一緒にどう?」
「はい、ぜひ!」

笹塚の仕事の関係で、付き合いだしたとはいっても会うのはあの日から一週間ぶりだった。
簡潔なメールを交わすようにはなっていたものの、まだどこかぎこちなさが抜けていない。

「あのさ、普通でいいよ」
「え?」
「喋り方。俺達付き合ってんだし」
「あ、そうですね……じゃなくて、えと」

ぽぽっと名前の頬が染まる。
こんなに反応をしてしまったことが恥ずかしくて、名前はメニューを顔の前に持ってきて「そうだね、うん」なんて小さな声でごにょごにょと返事をする。
名前の様子に、笹塚は思わずふきだしそうになるのを堪えつつ、メニュー裏に書いてあるテイクアウトのケーキ写真に目を留めた。

「ここってケーキとかプリンなんてのもテイクアウトもできるんだな」
「そうみたいですね。じゃない、そうみたいだね」
「弥子ちゃんに今度買っていってやろうかな」
「きっと喜びますよ いや違う、喜ぶよ」
「……あのさ、」
「はい」
「さっきから面白いんだけど」

う、と声に詰まりますます顔を赤くする名前にとうとう笹塚が笑った。

「でも、どうして弥子ちゃんにケーキを? お誕生日はまだ先だったような」
「弥子ちゃんには苗字さんとこうなる為に色々協力してもらったから、そのお礼にと思ってさ」
「協力……って?」
「いや、こっちの話。事件でも世話になってるしな」

なんだかはぐらかされたような気がするが、名前は首を傾げただけでそれ以上聞くことをやめた。
そして再びジェラートを舌の上に乗せ口の中でゆっくり溶かす。

「弥子ちゃん、この前イチゴのショートケーキが食べたいって叫んでたなあ」
「へえ、じゃあそれにするか。サンキューな」

礼を言われ、名前がにこりと微笑む。

「最近、弥子ちゃん少し元気がなかったみたいだから、心配してたんです」

その言葉に、先日屋上で起こった背筋の凍るような圧迫感を持つ男を思い出す。
弥子の元気が無かった原因は十中八九それだろう。
考えただけで、不快で恐ろしい気分になる、正体不明の男。
不気味な笑みを思い出すだけで、あの禍々しいほど黒い髪の毛が背筋から精神に入り込みじわじわと心をどろりと侵食されていくようだ。

「笹塚さんもですよ」
「俺?」
「なんだか疲れた顔」
「いつもこんな感じだと思うんだけど」
「じゃあ私の気のせいですね、どことなく思いつめたような顔をしていたから」
「わるい」
「どうして謝るの?」
「折角のデートに心配かけちまって」

ふふ、と真面目に謝る笹塚に名前が口元を綻ばせつつケーキをフォークに乗せると、それを自分の口元ではなく笹塚の口元へと運んできた。
目を見開く笹塚に、名前は「疲れたときは甘いものがいいっていうから」と屈託なく笑う。
素直にケーキを食べさせてもらうと、濃厚なチョコレートの味が口の中に広がった。

「美味いよ」

笹塚の言葉ににこりと笑うと、名前は同じフォークでチョコレートケーキをぱくりと食べる。

「疲れた時はまた一緒に食べにきましょう」
「疲れてない時でもいいけど。なんだったら毎週でも」
「破産しちゃいますよ。高いし、ここ」

名前が喜ぶなら値段なんてどうでもいいけどな、と思いつつ、
笹塚がぺらりとしたメニューにもう一度目を落とす。

「プリン好き?」
「はい」
「じゃあ買おうかな」
「笹塚さんもプリン好きなんですね。このお店、プリンもきっと美味しいですよ」
「一緒に食う?」
「はいっ!って言いたいところだけど、いまケーキ食べたばかりなのでお腹に入りそうにないかな……」
「食うのはこれからじゃない、明日の朝」

大きな目を真ん丸く見開き、テーブルの上で動きの止まった名前の手の上に、そっと笹塚が手を被せてくる。
笹塚の言わんとすることが珍しくすぐに伝わったようだ。名前が顔を真っ赤にしながら言う。

「部屋、か、片付けておけばよかった」
「……俺の部屋じゃ駄目?」
「お邪魔してもいいんですか」
「誘ってんのは俺なんだけど」
「あ、そうか」

やわらかく微笑む笹塚に緊張が解れたのか「私、この秋の新作の濃厚カボチャプリンがいいな」と名前がメニューを指差した。




[*前へ][次へ#]

8/20ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!