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月に咲く (完結)
芽吹く温度

「先輩! 誰っスかあれ! コイツはともかく俺を置いて行くなんて酷いじゃないですか〜〜〜!」

石垣の言葉に一瞬眉をピクリと動かしつつも、等々力はフンと石垣から顔を背け笹塚に向かって微笑む。

「お綺麗な方でしたね」

冷静な洞察力と女性ならではの視点で見て、笹塚と名前は男女の関係ではないと、しかし笹塚の方は名前に気があると、そう察しての言葉だろう。
見透かされて照れるでもなく、笹塚は「ああ、俺もそう思う」と少しだけ空気を緩めて先程吸えなかった煙草を口に銜えて火をつける。

「俺よりも!? 俺よりもスか先輩!」

接着剤片手に涙目で迫ってくる石垣を片手で呆気なく制すると、自然な動作で石垣のデスクの上にある完成間近のプラモデルを床へ叩き落した。

「……お前は黙って仕事してろ」

ギャーッ! と悲痛な悲鳴をあげ、床で粉々になったプラモデルのパーツを拾い集める石垣を、笹塚と等々力がこの上なく冷たい視線で見つめる。

「先輩、あの方と上手くいくといいですね」
「そーね、なかなか手ごわいけどな。……ま、地道に行くよ」

一緒に仕事している上では見ることの無かった笹塚の意外な顔に等々力は内心かなり驚いていた。
私生活、趣味、恋愛、そういったものより仕事が優先、等々力から見た笹塚はそんなイメージだったのだ。
真面目で切れ者の刑事。笹塚のチームに配属されるまで、等々力はそんな彼のことをひたすら尊敬していた。
しかし今では、薄ぼんやりとした瞳でその先に見ているのものは何だろうと、口数の少ない先輩刑事を尊敬しつつも時々不安な気持ちになることがあった。
自分の危険も省みず犯人に向かっていくこともあるかと思えば、出世欲はまるで無い。
笹塚と組むことになってまだ日は浅いが、笹塚は仕事に関しては完璧だが、どこか人間として欠落しているところがあるような気がした。
仕事を離れた時、笹塚の中に人間的な欲求はあるのだろうか。
余計なお世話なのかもしれないが、笹塚の中で何より大事にするものが、仕事以外にもできたら。
そうしたら、この先きっと何かの歯止めになるような、何が起こっても笹塚の心の助けになるに違いないと、等々力は思う。

「私、応援してます」

笹塚の想いがあの女性に届くことを願い、等々力は微笑んだ。
そんな等々力に笹塚は表情を変えることなく「どーも」と素っ気無い言葉を返した。



「……ってなことがあって、等々力にまで応援されちまったよ」
「さすが女刑事さん、恋愛のことに関しても鋭いんですね!」

笹塚の買ってきた若菜のたこ焼きを口いっぱい頬張り、咀嚼し、あっという間に一箱を空にした弥子が満面の笑みを浮かべつつ次の箱へと手を伸ばす。
「苗字さんのも残しておいて」と言うと「わかってますって!」と即座に返ってきた。
桂木弥子探偵事務所は今日も明るい。

「それにしても名前さんて、結構鈍いところがあるんですね」
「……あそこまでことごとく予想と違う反応されちまうと逆に笑えてくる」
「きっと大丈夫ですよ、めげないで下さい!」
「めげたりなんてしねーよ」
「さて、じゃあ今日も名前さんがきて少し経ったら私とネウロは出かけてきますので、今度こそ名前さんを捕まえちゃってくださいね笹塚さん」
「んー、毎回悪いね弥子ちゃん」
「いえいえ、美味しいお礼たんまりいただいちゃってますから。ね、ネウロ!」

笹塚から渡された捜査資料に目を通していたネウロが、弥子の言葉ににたりと笑う。
迷宮入りしていた事件の捜査資料だ。警察関係者以外に見せるのは問題だが、自分に協力してくれる上に事件も解決するかもしれない。悪くない話だ。

どーしてここまでしてんだろーな、俺

口の中で小さく呟く言葉は弥子へのものではない。自分自身への問いかけだ。
怪盗“X”を追い詰め、抱いてきた葛藤を終わらせる時がきたと、そう思った瞬間に“X”をも上回る脅威的な禍々しさを持つ男が現れ“X”を連れ去った。
復讐の機会をまた待てばいい。淡々と時を待つ。今までのように。
だが、心のどこかの封印した部分は確実にそういう生活に磨り減り乾ききっていたのだろう。
苗字名前と出会い、刺激され、癒されることを心地良いと思ってしまった。
もう戻ることは出来ないまでに、彼女を求めている自分に気付いた。
名前の反応ひとつひとつに愛しさを感じる。何故だかわからない。恋なのだろう。
“X”を逮捕できなかったことから精神的に逃避しているのかとも考えた。だが違う。この気持ちはどうしようもなかったものだ。
出会ったのが未来でも過去でも同じ気持ちが芽生えていただろう。

「笹塚さん、名前さんからメールきましたよ、今から出ますって」

ん、と短く返事すると、笹塚はテーブルの上の灰皿に吸っていた煙草を押し付けた。





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