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月に咲く (完結)
外に出る


その日、警視庁捜査一課に凄まじい衝撃が走った。

「久しぶり。あー、笛吹か筑紫探してるんだけど、どこにいるか知ってるやついない?」

この問いにすぐに答えられる人物は誰も居なかった。
笛吹と筑紫の居場所を知らないわけではない、ただ、その問いを発した人物に、言葉も忘れて皆あんぐりと口を開いて固まってしまったのである。

「そーだ、この前はサンキューな。みんな忙しい中、俺の葬式にきてくれたんだって? この通り生きてるんで、今度香典代返すから」
「せ、せ、せ、せん……ぱい……?」
「石垣、相変わらずみてーだな」

石垣のデスクを見て、笹塚は微かに目を細める。
よくわららない精巧なフィギュアの横につんである報告書の文面は、ほんの少しだけ以前より成長を見せていた。



涙を流したり抱きついてくる刑事達からなんとか笛吹の居場所を聞き出すと、笹塚はすぐさまその資料室へ向かった。
歩き慣れた場所だ。すぐに到着する。笹塚は微かに首を鳴らすようにして傾けると、ふっと息を吐いた。
資料室のドアを小さくノックする。間髪入れずに「入れ」という笛吹独特のハキハキした言葉が返ってきた。
「……どーも」と笹塚が顔を出すと、笹塚が資料室へ歩いてくる間にすで光の速さで笛吹の元に情報が寄せられたのだろう、
資料を手に背筋を伸ばして立っていた笛吹は、笹塚の姿を見ても少しも驚いた様子は無かった。

「悪かったな」

どんな文句や小言を言われるやらと覚悟していた笹塚に、笛吹が最初にかけた言葉は意外なものだった。

「おまえが生きてるという可能性に賭け捜索することもせず、死んだと決め付け強引に葬式まであげることを決めたのは全て私だ」
「……けどまあ、あの血の量じゃ誰でも死んだと思うだろ」
「奴等を倒す為、警察官を鼓舞する為、俺は何を躊躇うことなく友人の死を利用した」

利用した、というのは嘘だろう。
笛吹自身だって、遠い昔からの友のことが心配で、そして亡くなってしまった可能性に、何より心を痛めたに違いない。
葬式はひとつのけじめだったのだと思う。
皆が前に進むために。自分が心を鬼にしてでもやり遂げなければならないものの為に。

「お前のこと、凄いと思うよ笛吹。馬鹿やっちまった俺が少しでもその役に立ててよかった」

今回、素晴らしい指揮能力で警察の力を最大限に発揮し、人類を悪意の触手から救ったひとりである笛吹は、
その裏で友人の死を悼み、そしてわずかな生存の可能性を探っていたのかもしれない。
暇があればここにきているらしいと先程聞いた。
手に持つ捜査ファイルはシックスのもので、笹塚がそれに目をやった途端パンと勢い良くそれを閉めた。もう用無しだとばかりに。

「……勘違いするな。役に立っただと? 私が役立ててやったんだ。おまえのやったこと、単独で動いたこと、私は許さんぞ。おまえには言いたいことが山ほどある」
「あー、まだ回んなきゃならない場所があるから手短に頼む」
「休暇は今日で終わりだ笹塚刑事。おまえはまだ役に立つ。これからはせいぜい私の為に私の下で私に尽くせ」
「…………戻してくれんのか、ここに」
「フン、せいぜい覚悟してろよ。こき使って目の下の薄くなったクマをまた黒々と復活させてやるからな!」

照れ隠しにそうまくし立てる笛吹に、笹塚が口角を上げる。

「おまえのそんな表情を見るのは学生のとき以来だな」

くい、と眼鏡を指で押し上げ、笛吹も笑った。



石垣に腕を引っ張られ等々力におかえりなさいと言われ、同僚に次々話し掛けられ、笹塚が名前の家へ戻ることができたのは夕方過ぎのことだった。
ただいま、と言うと、おかえり、と名前が迎えてくれる。

「どうだった? みんなの反応」

そう聞いてはみたものの、この家を出たときより若干よれっとして帰ってきた笹塚を見て、
名前は聞かなくてもどうだったかわかった気がした。
霧が晴れたような笹塚の顔を見て、名前は自分のことのように笑う。

「戻してくれるって」
「何を?」
「俺を。俺、明日からまた捜査一課で働けるらしい」
「本当!? よかったね、衛士」

感情表現の乏しい笹塚にかわって、名前が物凄く喜んで抱きついてきた。

「でも明日、一緒に弥子ちゃんの事務所行こうって言ってたの、どうする?」
「………んー」

先日、海上で爆撃機が炎上、墜落したニュースは、ほんの少し報道されただけで人々の記憶には残らなかった。
しかし笹塚にはわかった。ネウロがシックスを仕留めたのだと。
名前の傍で短期間ですっかり気力を取り戻していた笹塚だったが、
自分がすぐに出て行っては捜査やなにかに差し支えるだろうと、シックスが倒されるのを待っていたのだ。
ネウロや弥子や、警察仲間達が、ヤツを必ず仕留めることを信じて。

そのニュースを見た直後、名前以外の笹塚を知る人々に、死人から脱却したことを伝えることにしたのである。
色々会ったが、生きていたと。
数日間は後始末でバタバタしているだろうから、落ち着くのを待ち、スケジュールを立てた。

まずは職場、そして次に弥子の事務所へ手土産をたんまり持って顔を出そうと思っていたのだが、
明日から出勤ということで、ありがたい話だったが立てていた少々予定が崩れてしまった。

「これから行くか、弥子ちゃんとこ」
「いいけど、ちょっと待って。それなら先にバイキングの予約を急いで明日から今日に変更しておかなくちゃ」
「……弥子ちゃん、メシ奢ったら俺のこと許してくれっかな」
「大丈夫、弥子ちゃんはきっと、衛士が生きてるって知ったら大喜びするよ。まあ、最初は怒るかもしれないけど」
「……………怒るよなあ」
「………でも私も怒られるかも……最近の弥子ちゃん忙しそうでろくに話す機会もなかったけど、衛士生きてること黙ってたわけだし」

二人して眉を下げ、はあとため息を吐いた。

「名前、俺達にはバイキングという切り札がある。どうしても怒りが収まらない様子ならすぐさま連れ出そう」
「目の前で分厚く切り分けられるローストビーフ、本場の大きなチーズの塊で作るチーズリゾット、ステーキはもちろん生ハムも絶品、そして宝石のようなデザートの数々、これを呪文のように耳元で囁けば!」
「きっと食い気が勝つだろうな」
「そう! 弥子ちゃんならね!」

自分の死に際を見る羽目になった弥子に、なんて言葉をかけようかは決めていない。
最後に会った時に弥子が浮かべていたのは、愕然とした表情だった。
また笑顔を見せてもらえたら、と、笹塚はぽりぽりと指で無意識に額をかく。
それを遮るように、名前の手が素早く笹塚の手首を掴んだ。
その意外と強い力にどうしたのかと名前を見ると、不安を滲ませた瞳が目の前で揺れていた。

「そこはあんまり触らないで、衛士」

自分の死は、まだ色濃く恋人の中に不安を落としているらしい。

「わかった」

それだけを言うと、笹塚は優しく表情を緩め、落ち着かせるようにその手でそっと名前の頭を撫ぜた。




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