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月に咲く (完結)
蝶が飛ぶ



過去の知識と経験を生かし入念に仕掛けたトラップは、サイとシックスの前では単なる子供のおもちゃだったらしい。
俺は弥子ちゃんの前で、あっさりと拳銃で頭を打ちぬかれた。

俺はあの時、仮死ではなく本当に死んだ。

自分は本気は死ぬ気だった。死んでもいいと思った。
額に熱い衝撃を食らい思考は完全に闇に落ちた。
しかし次の瞬間、強引に光に引き上げられたような感覚で目を見開くと、
若干の頭の疼きと、確実に自分の胸と頭から流れたのであろう血が、顔に身体にぺたぺたとはり付いていて、
乾ききっていない血に、打ち抜かれてからまだ一時間と経っていないと把握し、ああ自分は生きているのだと、しばし呆然としていた。

上手く働かない頭で考えた。こうなったのはネウロが前もって、俺にも気付かせずこっそりと自分の身体に何か細工をしていたに違いないと。
でなければ、胸に刃物が刺さり頭を銃弾が貫通したというのに、その傷がまるで最初からなかったかのように消えることなんて、ありえない。



「弥子ちゃんや石垣くん達や友達……私が、衛士が死んでしまったらどれだけ辛い思いをするか、考えた?」
「考えなかったことはねーよ。けど、名前と過ごした月日より復讐を誓い続けた年月の方が長かった」

名前は辛そうに唇を噛む。
俺の過去のこと、今しがた起こったことはさっき全て名前に話した。
重いだろうとは思ったが、名前には知っていて欲しかった。

「けど、名前とこのまま過ごしていきたいって思ったこともあったよ。サイに、シックスに近づくまでは」
「…………」
「撃たれた瞬間、俺の人生で出会ったやつらの顔が浮かんだ」
「走馬灯を見たんだ」
「名前の顔が一番大きかったな。なのに顔がボヤけてんだ。死ぬっつー恐ろしさをその時はじめて感じた」
「遅いよ」
「だから目覚めてすぐ名前の顔を思い浮かべてさ、気がついたら真っ直ぐにここにきてた」
「血まみれの衛士に抱きつかれたときは心臓が止まるかと思った」

名前が小さく笑う。
生き返った時、しばらくして遠くから救急車の音が聞こえた。きっと弥子ちゃんが呼んでくれたのだろう。
俺は、血だまりから身体を起こし、見つかる前にその場を去った。
今は、俺が生きてることを誰にも知られない方がいい。
名前以外は。

シャワーをかりてサッパリとした体で、名前の細い肩を抱き寄せる。

「少し……疲れたな」
「ゆっくり休んでいいよ」

名前の首筋に顔を埋め、目を閉じる。

「俺の復讐は返り討ちにされちまったけど、やっと一息つけた気がする。後はネウロたちに任せて、俺は名前の言葉に甘えて休ませてもらうよ」
「うん、それがいいよ」

俺の背中を子供をあやすようにぽんぽんと優しく叩いてくる名前に、思わず笑みがこぼれた。

「……よかった、衛士がまたシックスを自分の手で、なんて思わなくて」
「家族を殺され復讐の為に生きてきた男はあの時に死んだんだ」

そう言うと、押し殺すような名前の嗚咽が聞こえた。





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