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月に咲く (完結)
視線と直感

ここ最近立て続けに起こる人間の力を軽々と超えるような禍々しい出来事で耐性がついてしまったのだろうか。
笹塚は素性の知れない外国人と脳噛ネウロとの化け物同士の戦いを影から冷静に見つめることができていた自分に驚く。

警察では知り得ることができない大きな手がかりをこの二人は持っている。
両方を捕まえるということはできないだろう。
しかしネウロの方は、化け物であっても敵では無さそうだという根拠はないけれど直感的な確信から、こちらに加勢することにした。

銃弾と電流、そして自爆により外国人は顔という本人がこの世で一番愛したものを残して死んだ。


▽▽▽▽▽


自分が死んだら後には一体何が残るのだろう。

脳噛ネウロを事務所まで送り、そしてまた現場へ向かうため車に乗った笹塚が、ハンドルに手を置く前に懐から煙草の箱を出す。
煙が車内にこもらないように窓を開け、煙草に火をつけようとしたところに「えーいし!」と心に明るい光が差し込むような朗らかな声がかけられ笹塚は目を見開く。

「…………名前」

まだ夜が明けるか明けないかという薄暗い早朝に、大きな袋を持ち、これから仕事にでも行けそうなほどしっかりと化粧して髪を束ねている名前が車の外に居た。

「どうしたのこんな朝早くに。お仕事で弥子ちゃんの事務所に?」

どうしたのはこっちの台詞だ、と思いつつ、笹塚は火をつける前の煙草を箱の中へ押し込む。

「いや、あー……まあ、そんなとこ」
「弥子ちゃん昨日からずっと事務所でカンヅメだったらしいね。だから一緒に朝食でもと思ってたくさん食べ物持ってきたんだ。衛士も一緒にどう?」
「悪い、時間ねーんだ。すぐ現場戻んないと」
「そうなんだ。残念」

せっかく会えたのに、と少し寂しげに微笑む名前に「俺も残念」と呟けば、「今何か言った?」と首を傾げたので「なにも」と誤魔化す。
その返事に名前は何か考えるような表情を見せると、そっと車の窓に手を掛けてじっと笹塚の顔を覗き込んできた。
彼女の香りが笹塚の吸う煙草の香りが染み付いている車内に花のようにふわりと自然に漂い、笹塚の心を浮き立たせる。

「ねえ何か、いつもと少し違うね、衛士」

普段、会話をしているとしょっちゅうとんだ見当違いの方向へ突き進んでいく名前だが、時々こちらを見透かすような視線をする時がある。

「違うって?」
「少しだけイキイキしてるみたいな。疲れた顔してるのは相変わらずだけど。何か進展でもあった?」

進展。自らを魔人という人間ではない脳噛ネウロと協力関係になることができたことを進展と言うのだろうか。

「ま、しばらくゆっくりできそうにねーってことだけは確かだな」
「弥子ちゃんや脳噛さんも警察に協力するの?」
「ああ。俺ら警察だけじゃどうにもならない相手らしい」
「衛士と脳噛さんが居るなら弥子ちゃんは安心だよね。もし危険なことがあったらすぐに帰らせてあげてね。弥子ちゃんは私の妹みたいな存在だから。怪我させちゃ絶対に駄目」
「了解」
「ありがとう。ごめんね、忙しいのに引き止めちゃって」

そう言って車から身体を離そうとする名前に笹塚が素早く腕を伸ばす。
驚く名前の後頭部に手を回し、ぐいと自分の方へ引き寄せそのまま綺麗に口紅が塗られた名前の唇を奪った。

現実離れした光景を見てからずっと神経が尖っていたが、その唇の柔らかさにいとも簡単に心が解けていくのがわかった。





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