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月に咲く (完結)
指先の平穏

「お茶どうぞー」
「ああ、サンキュー」

後から来た自分の為にお茶を運んできてくれた名前を見上げ、笹塚は煙草を灰皿に押し付けた。

「弥子ちゃんお茶のお代わりは?」
「いただきます!」
「脳噛さんは?」
「いえ結構です。ささやかな皆様の憩いのひと時を邪魔するなと先生に厳しく言いつけられているので。僕がそちらへ行こうものなら後でどんな厳しいお仕置きをされることやら……」
「へえ、弥子ちゃんて強いんだね」
「名前さんネウロの言うことなんて信じなくていいから」

名前はごく自然に笹塚の隣へ座ると、急須にたっぷりと作ってきたお茶を、弥子の湯飲みへと注ぐ。
丁寧にお茶を注ぐ名前の姿は、同性である弥子も見とれてしまうほど上品で美しかった。
ちらと弥子が目の前に座る笹塚を盗み見る。
いつもと変わらないように見える瞳で名前を見ている笹塚はすぐに弥子の視線に気付き、ふっと瞳を細めた。
その瞳はまるで“俺の彼女可愛いだろ”とでも言っているかのように、どこか悪戯っぽい色をしていた。

「よかったら二人で食いな」

そう言って笹塚は持ってきたケーキの箱をテーブルの上に置く。
箱を開けて出てきたホールの光り輝くフルーツがたっぷり乗っている見るからに高そうなタルトに名前と弥子が揃って息を飲んだ。

「や、弥子ちゃん、これは噂の…………!」
「あの幻のタルトですよ名前さん!」
「どうしよう私、黒豆茶なんていれてきちゃった!このタルト様にはあわないよね!」
「……タルト様?」

笹塚の呟きに、名前が頬を染める。

「とても美味しいって話題のタルトだから、様付け」
「へえ」

短い返事をひとつして笹塚は黒豆茶をすする。返事も態度もいつもの笹塚と変わらないように見えて違っていた。
どこか嬉しげに見えるその理由は、隣に座る名前のせいだろう。

「私は黒豆茶でも平気!」
「私もよ弥子ちゃん!」
「包丁取ってきますね、名前さんは座ってて。笹塚さんと会うの久しぶりでしょ」

いそいそと包丁を取りに弥子が席を立つ。
互いに黙ってお茶で口を潤した後、名前が先に口を開いた。

「ちゃんと寝てる?」
「数時間……ってのは無理だけど、そこそこ」

大規模なテロの捜査や再犯防止の為に、警察は物凄い努力をしてくれている。
世の中が落ち着いてきて平和を満喫している今でも、この平和を守る為に笹塚達は睡眠もろくにとらず働いてくれているのだ。

「そこそこって、一時間とか?」
「いや40分」
「昼寝の時間も取れてるんだね、ちょっと安心した」
「いや夜。つーか明け方」
「睡眠時間一日40分!?」
「やることが多くてね」

目をまん丸にして信じられないと口をあんぐり開ける名前の頬に手を滑らせようと手を上げかけたものの、傍に居るネウロのニヤニヤとした意味深な視線に気付いてやめる。
そのかわり、無防備にソファに置かれた名前のほっそりとした手に触れた。
名前は少し驚いたようだったが、笹塚の指先のぬくもりに嬉しそうに笑みを零し、重なり合う自分達の手に視線を落とす。
二人はそっと手を握りあい微笑みを交わす。そして数秒後、すうと視線を外した。

「おっまたっせしっました〜!」
ふんふんと鼻歌をうたいながら、弥子が包丁と皿を持って帰ってくる。
弥子の視線はタルトにしか向けられていない。

二人の指は離れることを拒むように、さり気なく指先だけ触れ合わせていた。




しかしタルトを食べる時にアッサリ離れていく名前の指に笹塚ガックリ。
束の間の平和。

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