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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
ジレンマ
肌にまとわりつくようなもわりとした蒸し暑い空気。ギラギラと輝く太陽。
当たっているだけで肌を焦がしそうな陽の光だというのに、それに構わずこの万事屋の主である坂田銀時は憔悴しきった表情を光に晒しながら窓辺に佇んでいた。
その姿をホウキを持った新八が哀れむように見つめている。
掛ける言葉が見つからないのだ。

時折部屋に視線を送る銀時の瞳に新八など映っては居ない。
ここに居ない名前を探しているのだ。
いつもくるくると表情を変えながら楽しげに見ていたお昼のメロドラマが、誰にも見られることなく映りっぱなしになっている。
名前はもうここで見ることもないというのに、つい放送時間になってついチャンネルを変えてしまった。

「テレビ、消しましょうか」
「いや、消さなくていい。名前がひょっこりこれ見に帰ってくるかもしんねーから」
「……帰ってこないと思いますよ」
「なんでだよ。毎日このクソつまんねードラマ楽しみにしてたじゃねェか。主人公が貧乏こじらせてもやし栽培しだしたシーン見て名前、涙溜めてたんだぜ」
「明日はわが身だと思ったんでしょうよ」
「だからって、なんで……なんで俺から離れていっちまうかね………」

銀時は辛そうに顔をゆがめ、手のひらでその表情を覆う。

「いいじゃないですか、夕方には帰ってくるんだから」
「よくねェ!長ェよ!朝から夕方まで名前と離れる銀さんの気持ちになってみ?もう心が千切れるほど辛いんだからね!?」



いい働き口を紹介してもらったの!と月詠とお茶を飲みに出かけていた名前が帰ってくるなり銀時の胸に飛び込みながら言った一言。
愛しい名前の全てを全身でゆるやかに受け入れつつ、その恐ろしい一言に銀時の眉間に深い皺が寄った。

「働き口……?」
「そう!私でも働けるところないかなあって言ったら、月詠さんが紹介してくれたの」
「は?あいつが?まさか吉原で働くとか言うんじゃないだろうな。名前の身体をあれこれしていいのは銀さんだけだかんね!?」
「ハイハイ大丈夫だよ。あのね、花魁さん達向けの化粧品屋の店員に空きがあるらしいの」
「化粧品ねえ」
「ねえいいでしょう銀さん」
「う……」

渋い顔のままの銀時に、名前は大きな瞳をずいと寄せ銀時の大きな背中に手を回しながら言う。
背の低い名前が背の高い銀時に近寄ろうと、つま先立ちしてふるふると身体をふるわせながら一生懸命見つめてくる。

「お願い、行きたいの」

銀時の表情が、渋いものから弱り果てたものになり、やがて諦めの顔になった。
名前はほわほわとした性格ながら、意外と頑固なところもある。
それに、これ以上名前を縛っていたら、名前に愛想を尽かされてしまうかもしれない。
本音では行ってほしくない。自らのカゴに閉じ込めてとことん愛し抜きたい。
しかしそれでは生涯にわたる信頼は築いていけないだろう。

「…………わかった」
「いいの?」
「ただし、何かあったら速攻でやめさせるからな」
「はい!ありがとう銀さん」

本当に嬉しそうに、名前は銀時を強く抱きしめた。
つい先日のことだというのに、銀時は苦渋の決断を下したその瞬間から何百回と後悔し通しなのである。



「そんなに寂しいんなら、名前さんのお店覗きににいったらどうです?」
「んな女向けの店に入れっかよ」

暑いなクソ、と銀時はゆらりとドラマが終わりスタッフロールの流れるテレビを横切って玄関へと歩いていった。
その後姿に「名前さんによろしく」とからかうように新八が声を掛ければ「かき氷食いに行くだけだバカヤロー」なんて声が返ってきた。




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あきゅろす。
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