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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
二人が恋に落ちるまでの話・前編

名前のことを信じていないわけではなかった。
出会った時の怯えた瞳。自分がなにをしたらいいのかすらわからない様子の呆然とした表情。
立ち上がることも出来ずにいた震える身体。知らない男についていくしかない戸惑い。

これが演技なら名前は天才女優だ。

しかし、これが違う世界から来たということじゃなく、何らかの犯罪が絡んでいたとするならどうだろうか。
名前はどこかの星の天人で、本人の知らないうちに地球へ連れてこられた。もしくは、誘拐されて命からがら逃げてきた。
そう考えるほうが異世界からきたというよりもはるかに現実味がある。

「前から歩いてくる怪…じゃなくて、あの人って天人さん、だよね」
「別に取って食われたりしねーよ。……多分」

天人の中には神楽のように地球の人間と変わらない容姿の者も居れば、明らかに宇宙人ですといわんばかりの容姿の者も居る。
名前はそういった天人に出くわすたび、きゅと銀時の服の袖を掴み背中に隠れるように身を寄せてくるのだ。
ちらりと名前を振り返ると、名前は銀時を見上げ「銀さんの背中に虫がいたの」なんてえへへと笑う。
その笑顔が余りにも無邪気で安心感に溢れていて、銀時の背中がむず痒くなる。

「外歩いてっとしょっちゅうでけー虫が張り付いてくんだよなァ」
「大丈夫だよ銀さん、その虫は刺したり血を吸ったりしないし、どこまでも無害だから」
「自分で無害っていうヤツに限ってそうじゃねーんだなーコレが」
「私、知らないうちに銀さんに何か害でも!?」
「ねーよ。冗談だ」

ホッとした名前の表情を見て、銀時は口元を緩めた。
名前が心から銀時のことを信頼してくれることが嬉しく、そして辛い。

事情を説明したお登勢に、大変だったねえと若い頃の着物や女性に欠かせない生活道具一式をもらい、その柄ひとつひとつにに可愛い!と目を輝かせていた名前の姿。
一人暮らしが長かったらしく、こんなものしか作れなくてごめんねと言いながら毎日じたばたしながらも一生懸命作ってくれる料理。
銀さん、と、あの柔らかそうな唇から零れる、そっと耳をくすぐられるようなまあるい声。
ほわんとした容姿。そして性格までもがのんびりしていて、年齢はそう変わらないというのについ過保護になってしまう。
たった一ヶ月で。いや、出会った時からもう、銀時は名前に心を奪われていた。
時間を重ねるごとに、気持ちは強まりどうしようもなくなった。
というのに、名前に気付かれないよう名前の調査を進めた。
疑っていた訳ではない。名前の言ったことを信じていなかった訳ではない。
だけど心のどこかで、違う世界からきたということを否定したかった。
名前に惚れてしまったからだ。

使えるツテをフルに使い名前のことを調べた。
しかし何も出なかった。髪の毛一本ほどの存在の形跡すら何も出無かった。
苗字名前という名前からも何も掴めず、偽名という可能性もあったが、名前がそこまでして隠したいものがあるとはどうしても考えられなかった。
そして銀時は受け入れることにした。
自分の気持ちを。名前の言葉を全て。

「名前、おめー本当に違う世界から来たんだな」

銀時と名前が出会って一ヶ月。
その間、名前は一言も元の世界へ帰りたいと言わなかった。
新八や神楽に聞かれたとき以外、そちらの話もしなかった。

「うん。何度か夢だったらいいなと思ったんだけどね」

ふいに名前の手が銀時の袖から離れる。
じいっと、名前がどこか苦しげな瞳で遥か遠くを見るように何の変哲も無い道端に視線を注いでいた。
そこはほんの一ヶ月前、名前が怯えて震えて座り込んでいた場所だ。

「……やっぱ帰りてェよな」
「そうだね。ずっと万事屋に居座っちゃったりしたら銀さんにも迷惑かけちゃうし」
「迷惑なんかじゃねえっつって何度も言ってんだろ。疑り深いねー名前ちゃん」
「ありがとう銀さん」

優しいなあ。そう小さく零れた名前の声に、細い身体に、明るく微笑むその姿に、銀時は強引にでも唇を奪いたくてたまらなくなる心を抑えるのに必死だった。
それなのに名前は何の警戒心も持たず、銀時の身体にぴたっと寄り添ってくるものだから泣きたくなる。
男性として意識してもらうどころか、信頼できる友人として無邪気に接してくるのだ。

「俺が優しくすんのは名前だからだぜ」

ぐい、と名前の細い肩を抱き寄せる。
名前は何の抵抗も無く、銀時の胸にすんなりと収まってきた。
友人としてできるギリギリの触れ合いだ。
目に映る艶やかな髪に何度唇を落としたくなったかわからない。
しかしそれをしたらきっと名前が困るだろう。
自分の気持ちに気付かないなら気付かないままでもいい。
いや、よくない。ぐらぐらと思考が揺れる。

名前はそんな銀時の心の葛藤など気付く様子も無く、甘えるように銀時の胸に頭を当ててきた。
ったく、と名前の肩を抱く腕に力をこめると、名前が苦しいよー、と言いつつどこか嬉しげに可愛らしい笑い声を上げた。



続く!


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