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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
光に抱きしめられた日
こちらの世界へきた頃は新しい生活に馴染むことで精一杯だった。
しかし月日が経つうちに、突然消えた自分のことで両親や友達や同僚が心配したり悲しんでいるのではないかと胸が苦しくてたまらなくなった。

「名前、最近元気ないアルな」
「そうかな、そんなことないよ。元気元気」

今朝、顔にご飯粒をつけた可愛い神楽ちゃんに心配された。
かぶき町での生活は、優しい人達に助けられ、とても居心地が良くて本当に幸せだった。
だけど、自分で望んだことではないとはいえ置き去りにしてきた元の世界の人達に悪くて、そんな幸せなど感じていいものかと悩んだりもした。
笑っていてもいいのかなと。こんなに楽しくていいのかなと。

そんな時はいつも、銀さんを見上げた。
背の高い銀さんに近寄ってそっと顔を見上げると、私の瞳の中の不安の色を読み取ったかのように「どうした?」と微笑んで頭を撫ぜてくれる。
ぐるぐると考えても仕方のない悩みが、銀さんの手のひらに吸い取られるかのようにすうっと薄れてしまうのだ。
不思議だね。

「銀さん無しじゃ、もう生きていけないかも」
「お、すっかり俺のテクに参っちまったみてぇだな」
「銀さんってテクニシャンだもんね」
「ちょ、そんな真っ直ぐな瞳で返されると銀さん返事に困るんですけどォォ!?」

頭を撫ぜる絶妙な力加減のことを言ったのに、どうして頬を染めてるんだろう。
慌てる銀さんもかわいいな、とあったかな気持ちになる。
その直後、また言いようのない罪悪感が灰色の手を広げあたたまった心を握りつぶした。

ゆらりと身体が揺れる。
最近、立ちくらみが多い。遠くから得体の知れない力に心を引っ張られるような嫌な感覚だ。
だから心配でたまらない。
考えないようにしていた漠然とした不安が、ハッキリとした形を伴って目の前に現れようとしている。

この立ちくらみは、元の世界に戻る前兆なのだと思う。

もし私が元の世界に帰ったら、銀さんの心をどれだけ傷つけてしまうのだろう。
悲しませてしまうのだろう。
気持ちを伝えることなどせず、ある程度の距離を置いてきたほうがよかったんじゃないか。
この世界にいる限り絶対に離れないと言ったけれど、どれだけいられるかわからないのにそんな残酷なことを言ってしまったのはどうしてかなと今更思う。
まだ、今感じているような胸騒ぎの欠片も感じていなかったからかもしれない。

「おい、大丈夫か?」
「……う、ん」

一瞬だけ失っていた意識が戻ると、私は銀さんの胸の中に抱きとめられていた。
見上げる銀さんの顔は苦しそうな顔をしている。

「あのよ……名前はここに居て幸せか?」
「うん、すごく幸せだよ。銀さんが居るから」
「帰りてェと思うことは?」
「どうしてそんなこと聞くの?」

銀さんは私の問いにはこたえてくれなかった。
代わりにぎゅうと苦しくなるくらい強く抱きしめられる。
離さないでとありったけの力をこめて、私も銀さんを抱き返した。


▽▽▽▽▽


夜になって、夢を見た。
銀さんの腕の中で眠っているはずなのにそのぬくもりはどこにも感じられなくて、全身が冷たい空気に晒されていた。
恐る恐る目を開ける。
ゆらゆらと不安定に揺れる視界が映したのは星が瞬く夜の空だった。

いやだ

身体中が信じられないほど痛く、遠くで救急車の音が聞こえる。
その身体の痛みは、これが夢ではなく現実だといっているようで、私はこわくてこわくて、必死に銀さんの名を呼ぶ。声にならない声で呼び続ける。
この痛みに身体をゆだねたまま歯を食いしばって意識を保っていたら、きっとこのままこの世界にとどまれるだろう。何故か確信があった。

銀さん、銀さん助けて。

なのに私は悲しくてたまらない。戻ってくることができたというのに嬉しくないのだ、ちっとも。
視界が更に歪んでいく。
お父さん、お母さん、大事な人達の笑顔が頭の中をよぎる。

けれども私が呼ぶのは銀さんの名前だけ。
銀さんが好きなんです。愛してるんです。
生きている限りずっと傍に居たいんです。

「名前ッ!!」

はっきりと聞こえた、この世界では聞こえるはずのない愛しい人の声。

ここだよ、銀さん。

最後の力を振り絞り、右手を浮かす。
この世界の大事な人達に、さようなら、ごめんなさいと呟いて、私は意識を自ら手放した。
きっと銀さんがこの手を掴んでくれると信じて。



そして、目の前には光。


▽▽▽▽▽


「……銀さん」

ハッと目をあければ、そこは薄暗い万事屋の一室で。
寝巻き姿の銀さんが泣きそうな顔をして私の手を握っていた。

「きてくれてありがとう」
「名前に名前を呼ばれりゃ、俺ァどこへだって行ってやるぜ」
「うん、ほんとうにきてくれた」

私の手を掴んでいた銀さんの手を見る。
男らしく力強い手で私を引き寄せてくれた。
その手の力が少し緩まったかと思うと、するりと指の間に指が通された。
指が長いね、そう囁く私に、銀さんは深い優しさを感じられるような微笑を浮かべた。

「……俺を選んでくれたんだな」
「だって銀さんのテクに参っちゃってるから」
「言うねェ名前ちゃん」

私が、もし銀さんの存在以上に元の世界に未練があったとしたなら、銀さんは私の手を決して取ることはなかっただろう。
どこまでも優しい人なのだ。
たとえ心が引き千切られるぐらい辛い決断でも、私の幸せを一番に考えて動いてくれる。

「ありがとな」

それはこっちの台詞だよ銀さん。
私の幸せは銀さんの傍に居ることなんだ。
だからありがとう。これからもよろしくね。

世界一あたたかい幸せな胸の中に包まれて、私はそっと目を閉じる。
もうきっと何も恐れることは無い。
だって私は銀さんと生きていくことを選び、元の世界へ別れを告げたのだから。






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