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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
あなたのぬくもり
キンと冷えた冬の空気を吸い込むと心まで震えてしまいそうで、名前はなるべく細く呼吸を繰り返しながら歩いていた。

……さっきまで、ちゃんとコート着てたのにな。

通り過ぎていく人々と自分の服装の違いも気になって、名前は両腕で凍える自分の身体を抱きしめる。
少し前を歩いていた銀時が、ちらっと名前の方を振り返った。
そのどこまでも見透かすような深い視線にドキリとする。
得体の知れない自分のことを、この人はどう思っているのだろう。
ひゅっと息を吸い込んだら、その空気の冷たさに泣きそうになった。

“こんなんでも無いよりゃマシだろ。着てろ”

銀時は、着ていた羽織を無造作に脱ぐと名前の頭にそれをバサリと被せてきた。
しかもマフラーまで。
かじかむ唇でお礼を言うと、礼を言われる程のこっちゃねーよ、なんて言いつつ銀時は寒そうに身を縮めていた。
気を使わせてしまったと、名前は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、この身が少しでも銀時の風除けになれればいいと、斜め前を歩く銀時に早足で追いついてピタリと横に並んだ。
名前のその行動に、銀時は静かに目を細める。
その優しい微笑みに名前の心臓がとくりと動く。
名前はマフラーに顔を埋めるようにして、この世界に来てはじめて深く息を吸い込んだ。

うん、きっと大丈夫。

唐突にそう思った。
貸してもらった羽織とマフラーのその深いぬくもりに、心細さとは全く違う種類の涙が滲む。
銀時は黙って名前の姿を横目に映しながら、自分の理性ではどうしようもないものが心で波打つ気配に、ヤベ、と口の中で小さく漏らした。

万事屋に着くと、銀時は名前に熱いココアを作ってくれた。
ここにもココアがあるんだとその甘い香りに包まれて名前の心がほんのりゆるんだ。

“……で?死にそうな顔してどうしたよ。何かのっぴきなんねー事情でもあったりしちゃうわけ?”

穏やかな声に促されるように、名前は自分の身に起こったことを話した。
とはいえ、自分自身、どうしてこんなことになったのかわからず、しどろもどろになりながら

車に撥ねられ、何故かあの場所に居た
ここが何処だかわからない、この先どうしたらいいのかわからない、そもそも私は死んだんじゃないのか

混乱してあちこちと飛ぶ名前の言葉を銀時は辛抱強く聞いてくれた。
頭のおかしい女だと、放り出されてもおかしくないくらい、自分の話が真実だという証拠も何の証明もできないにも関わらず、だ。
ひとしきり喋り終えた後、銀時はこともあろうに大きく欠伸をして首をこきりと鳴らして言った。

“俺にゃなーんもわかんねーけどよ、落ち着くまでここに居りゃいいんじゃね?”

そんな気の抜けた言葉に目をぱちりと見開いた名前に“ま、ココアでも飲めや”と銀時はニカッと笑う。
手のひらにくるんだままだったココアのカップを持ち上げて、ゆっくりと口に含んだ。
昔からある親しみ深いどこにでも売ってるようなココアの味だった。
でも、こんなに美味しいココアは生まれてはじめてだと思った。

この時もらったあたたかさは、一生かかっても返しきれそうに無い。


▽▽▽▽▽


「銀さん、またソファで寝ちゃってる……」

買い物袋を床に置き「まったくもう」と言いながら、名前は銀時が横になっているソファへそっと近寄ると、膝を折り銀時の寝顔を覗き込んだ。
起きている時よりあどけなく見える寝顔に頬を緩ませ、規則正しく上下する銀時の胸にそっと頬を寄せる。

「ただいま、銀さん」

名前の小さな呟きに銀時からの返事は無かったが、おもむろに動いた銀時の右手が名前の後頭部をぽんぽんと優しく叩く。
顔を上げると、まだ眠そうにぼんやりと見開かれた銀時と目が合った。
にこ、と名前が笑うと、銀時も少し照れたように微笑む。
出会った時から優しかった銀時は、恋仲になっても変わらず優しかった。
それに加え、溺れてしまいそうなくらいの愛情を名前にくれる。
愛情だけで名前をこの世界に繋ぎとめようとでもしているように深く、がんじがらめに。
それをとても嬉しく思う反面、どうしようもない切なさに心が千切れそうになる。
もし自分が消えてしまったらこの人はどうなるんだろうと。

「……名前」

何かを催促するかのように、名前の顎の下を左手の人差し指ですりすりとさすってくる銀時に、名前は頬を染めつつそのふっくりとした桃色の唇を銀時の唇に軽く重ねた。
すっと離れようとすると、逞しい腕が肩へと回され今度は銀時の方から唇が押し当てられる。

眠っていたからだろうか。
その唇はとても熱かった。





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