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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
はなうた

台所からは毎日色んな音が聞こえてくる。

カチャリと食器を出す音だったり、勢い良く野菜を炒める音だったり、皿が床に落ちてしまった音だったり。
そんな賑やかな音の中で、微かだがゆるやかに耳に流れてくるのは名前の鼻歌だ。
その鼻歌を聴き逃すまいと、神楽も新八も、そしてソファに寝そべりダラダラとしていた銀時も、おしゃべりを一時中断し表情を緩める。

名前は時々、三人の知らない歌を口ずさむ時もあった。
そういう時、鼻歌が終わるなり銀時はゆらりと何気ない風を装って立ち上がり、部屋を出て行く。
名前を抱きしめに行く為だ。

「銀さん」

何も言わず台所へと入ってきた銀時に、名前が嬉しそうな笑顔を見せた。
振り返った瞳がどことなく潤んでいる。
無意識に歌っていた鼻歌だが、この曲がこちらの世界のものではないとふと気付いた時、遠い世界での思い出に不意に胸にこみ上げるものがあったに違いない。
その気持ちを名前は誰にも言いはしないし銀時もあえて聞かない。

「ジュースでも飲みにきたの? お夕飯、もう少しでできるからね」

そんな名前の言葉に銀時が返した反応は、どこまでも優しい眼差しとゆるやかな微笑みだった。
それを正面で受けた名前が、短く息を飲み頬をぽっと色付かせる。

「え、と、……銀さん?」

可愛らしい名前の反応に男心をくすぐられ、銀時は意識して厚ぼったい唇を艶かしく緩めてみた。
すると面白いように名前の頬に色が増す。

「もう銀さん、どうして黙ってるの」

名前が可愛いからに決まってんじゃねぇか、なんてことを心の中で呟きながら、さあ? と言うような仕草で銀時が小首を傾げる。

「何か喋って」

どうしよっかなー、とニヤニヤしながら銀時が豊かな表情で名前にそう示すと、からかいすぎたのか名前が口を尖らせ「もういいです」とくるんと銀時から顔を逸らしてしまった。

「ウソ、ウソウソ名前ちゃん。ゴメン悪かった反省してる、愛してっから、頼むから怒んないで」

がばりと後ろから名前を抱きしめるなり名前の肩が震えだした。
堪えきれないというように、名前が鈴のような笑い声を立てる。

「そんな必死にならなくても。からかわれたお返し、させてもらっただけだよ銀さん」
「いや銀さん物凄い焦ったからね、名前怒らせたかと思って心臓凍りついたからねマジで」
「私って怒ると怖いの?」
「そりゃあもう半端なく」
「そんなに怒ったことあったかな?」
「あったんですぅー」

前に俺が大怪我をした時にな、とその時のことを思い出し口元を綻ばせる。
名前を怒らせると恐ろしいと、しかしそれ以上に自分が名前に深く愛されていると知った日。

「なんだか楽しそうだね、銀さん」

名前の腕が、背後から肩にちょんと乗っている銀時の頬を撫でそして髪を触るように頭に手を添える。
首を捻り、後ろから耳たぶを柔らかく食んでいた銀時の唇に自らの唇を重ねようとするが、身長差からか上手く行かず残念そうな顔をする。
銀時はその顔を見るなり、ハ、と短く笑うと名前の身体を反転させてその唇を素早く奪った。

「名前のおかげでな」

過去に受けた痛みも苦しみも辛さも悲しみも、全て忘れられるわけではないが、名前といればそれが和らぐ。
名前もそうだといい。
互いに孤独じゃないんだと確かめるように体温を確かめ合うのは、決して寂しさからじゃない、愛しさからだ。

「私も銀さんや、みんなのおかげで毎日楽しい。すごく幸せ」

ぎゅうと華奢な名前の身体を抱きしめれば、小さな笑い声が銀時の胸で響いた。



しばらく黙ってテレビを見ていた二人だったが、台所から何も聞こえてこないことに二人揃って“またか”と肩をすくめる。
やがて独特で不安定な音程の鼻歌を歌いながら、こちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。

「あ、あれって名前さんが歌ってた……」
「銀ちゃん下手すぎるネ。別物に聴こえるじゃねーか」
「そうだよね、ここの、ふーんふふふーんってところ、もっと高音伸ばさないと」
「違うだろボケェェェ!!耳塞ぎたくなるような鼻歌歌ってんじゃネーヨ!!ふ〜んふふふ〜んん〜ネ!名前に教えてもらったんだからこっちが正しいアル!」
「おいおいオメーら何喧嘩してんだ」
「銀ちゃんのせいネ」
「何で俺!?」

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あきゅろす。
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