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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
記憶と感情・後編


「あら? 新ちゃん、あなた名前さんが昨日、記憶を失くしたって言ってなかった?」

朝から新八と共に万事屋へ顔を出した妙が、ソファに座る名前と、名前の太ももに頭を乗せて目を閉じている銀時を見てニコニコとした笑みをそのままにギギギと首を捻り弟を振り返る。

「銀さん、名前さんの記憶戻ったんですね!」
「ぁあ?何言ってんだ新八、そんなモン戻ってねーよ?」
「戻ってないってアンタ、その体勢で何言ってるんですか思いっきりいつもの光景じゃないですか」

銀時は自分の髪を撫ぜる名前を見上げ、柔らかな笑みを浮かべながら言う。

「戻ってねーもんは戻ってねーんだよ。なあ名前」
「そうなのー、困っちゃって」
「何で困ることがあんだよ」
「だって、いつもやってたことって言われたこと全部、すごくドキドキしちゃうから」
「それって銀さんにときめいちゃってるってこと?ヤベーなオイ、記憶無くても名前は名前だったよどんな状況でも銀さんの心を掻き乱す天然娘だよこのコ」

そう言って名前の着物の帯に頬ずりするように名前の腰に抱きつく銀時に、向かい側のソファに座り酢こんぶを齧っていた神楽が酢こんぶの空箱をその頭に投げつける。
そしてぴょこんと立ち上がり「アネゴ、銀ちゃん達前以上にパワーアップしてるアル。胸焼けして倒れそうネ」と妙に抱きついていった。
妙は名前が記憶喪失になったと聞いて、あの仲の良かった二人はどうなってしまうのだろうと心底心配していたのだが、
正直ここまで何も変わらないとは思っていなくて、心配して損したわ、とふっと目を細めた。

銀時の揺ぎ無い名前への愛情とその安定感に、不安になることもないのだろう。
今まで築いてきた二人の間の信頼というものは、名前の記憶から失われたわけでもなんでもなく、ただすぐそこに見えないだけでしっかりとあるに違いない。
だから名前は銀時を受け入れているのだろうし、銀時も焦ることなくゆったりと構えているのだ。



「お茶いれさせてもらいますね。これ、お見舞いに作ってきたんです。卵焼きですけど、皆で食べましょう」

綺麗な深い緑色の風呂敷に包まれた重箱から滲み出るどす黒いオーラに、名前以外が背筋を震わせた。

「あ、お茶なら私が……」
「いいのよ名前さん、頭を打ってるんだからあまり動いたらダメよ」

ぱちっと名前にウインクをすると、妙はお茶をいれに神楽を連れて部屋を出て行った。

「オイィィィ!これぜってーにアレだろ、重箱開けたら暗黒物質入ってんだろ!またダークマター作ってきやがったんだろ!」
「仕方ないでしょうが!姉上を止めることなんてできませんって!」
「お前の姉ちゃんが作ったんだからお前が全部食えよ」
「勘弁して下さいよ!」

二人のやり取りに、小さく首を傾げながら名前がほわんとした笑顔で言う。

「せっかく作ってきてくれたんだから私が全部いただこうかな」

妙の作るダークマターには名前も過去、悲惨な目にあったこともあるのだが、今はその記憶が無い。
卵焼き好きだよ、と言いながら銀時と新八に笑いかける名前に、銀時が素早く身体を起こし全力で止めに入る。

「よせ!あんなモン食っちまったら記憶どころか味覚まで破壊されるぞ!」
「そんな、卵焼きなんでしょう?少しぐらい焦げてても平気だよ」
「アレの存在自体、焦げ通り越して炭だからね!食ったら何が起こるかわかんねーダークマターだ!名前が犠牲になるくらいなら俺が全部食う!寄越せ新八ィィィ!」
「銀さんお願いします!」

銀時は名前が目をまんまるくして見守る中、決死の覚悟でダークマターを全て腹の中に納めた。
そして次の瞬間「っ!」と短いうめき声を上げて意識を失う。
遠くで自分の名前を呼ぶ愛しい名前の声が銀時の意識の奥底に響いてきた気がした。



「銀さん銀さん」

穏やかな声に銀時はゆっくりと瞼を開ける。
日の差込み方からして、もう夕方近くなのだろう。
胃の痛みに顔をしかめながら横を向く。そこには名前がいつものようにすっぽりと銀時の腕の中で横になっていた。

「ねえ銀さん、どうして私達お昼寝なんてしてるの?」

私、お買い物に行こうとしてたんじゃなかったっけ?と不思議そうな表情をしながら名前が笑う。

「さぁ。なんででしょうかねー」

銀時がゆるりと表情を崩しながら、名前の額に巻かれた包帯の腫れが治まりかけているたんこぶの上にそっと唇を落とす。
そこで初めて自分の額に巻かれている包帯に気付き、名前が目を丸くした。

「あれっ、これって包帯?銀さんが巻いたの?」

暗黒物質を食したことにより意識を失くした銀時を心配する余り、ずっと横に付き添っていたのだろう。
そうしているうちに一緒に眠ってしまったのだろう。そして目が覚めたら記憶が戻っていた。
記憶を失ってさえ名前は銀時に対して以前と同じ感情を持ったのだ。
そういう下地があったからこそ、脳はいとも容易に呆気なく、一時的に外れていた名前の記憶と感情を再び繋げることができたのだろう。
ただし、記憶喪失の時のことは覚えていないらしいが。

「…………おかえり、名前」
「ん?」
「いーのいーの、言いたかっただけだから気にすんな」

名前の頬に唇を滑らせながら、銀時が嬉しそうに笑う。

「ただいま、銀さん。私も言いたかっただけだから気にしないでね」

笑いあい、ゆっくりと唇を重ねあう。
互いへの愛しさのままに、どこまでも優しい口付けを交し合った。






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