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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
記憶と感情・前編



名前が銀時へ向ける眼差しはいつも、隠す気も無い愛情に満ち溢れていて、銀時はその瞳を見ると人目も憚らず名前の細い身体を抱きしめたくなる。
しかし今目の前に居る名前は、銀時が手を伸ばしただけで身体を硬直させてしまいそうなほど、怯えた瞳をしていた。



「……あの……」
「大丈夫ですよ名前さん、この人は銀さん。名前さんの恋人ですよ」

出会った時から銀時に絶対的な信頼を寄せていた名前が、今はどうしたらいいかわからないといった様子で銀時をじっと見つめた後、不安定で揺れる瞳をそっと伏せた。
額にぐるぐると巻かれた包帯が痛々しい。

病院の待合室、名前の頭にできた大きなたんこぶが平和で幸せだった銀時の生活に大きな亀裂を入れた。

「おいおいぱっつぁん、冗談キツいぜ」

銀時の弱気な言葉に視線を下げていた名前が申し訳なさそうに銀時を見た。
何を言われたわけでもないのに、自分への気持ちが見えないその瞳を見ているだけで銀時の胸は抉られるかのように痛む。

“銀さん、じゃあ神楽ちゃん達とお買い物にいってくるね”
“おー、気ィつけて行けよー”

ついさっき交わした会話、口付けを交わした記憶が銀時の脳内に甦ってくる。
ソファで寝転がってジャンプを読んでいた銀時が、手でチョイチョイと名前を呼べば、名前が嬉しそうに銀時へと駆け寄ってくる。
膝を床につけて寝転ぶ銀時の唇にその唇を軽く重ねた後、両方の手のひらで銀時の頬を挟み、鼻先にちょんと当てられる桃色の柔らかな唇。
いつもの空気。いつものやりとり。いつもの安心感が目の前にあった。

“またやってるアル。銀ちゃんも、したいなら自分からこいヨ”
“神楽ちゃーん、違うんだなそれが。名前が俺とチューしたいって顔してたから呼んだワケよ。わかる?わかんないよねー俺はわかってるけどー”

ニヤリと神楽を挑発するような笑みを浮かべ、舌を出した。

“勝ち誇ったような銀ちゃんの顔見てると殴りたくなるアル、もう行くネ名前!”
“あ、うん、じゃあね銀さん、行ってきます”

おう、と浮かせた銀時の手にそっと手を重ねると、にっこり微笑んで名前は行ってしまった。

その触れ合いが名前との幸せな時間の終わりだったなんて誰が予想しただろう。
わかっていたら全力で引き止めていた。一時間でも一日中でも、あんな軽いものじゃない、頭の中が麻痺するほどに唇を奪い続けただろう。
何が起こるかなんて知らず、銀時は名前が帰ってきたらまた抱きしめて何を買ってきたか買い物袋を覗き込んで料理をする名前にくっついて……、
そんなことを目を閉じて口元を緩めながら甘く夢想していた。

そして一時間も経たないうちに

“銀ちゃん!大変アル!”

飛び込んできた神楽の顔を見て、嫌な予感が銀時の背筋を伝っていった。



柄の悪いチンピラに絡まれ、主に神楽がボコボコに返り討ちにしたのはいいのだが、その際にかすり傷を負った新八に駆け寄ろうとして名前が見事に転倒。
その結果、額に大きなたんこぶを作り、しかも打ち所が悪かったらしく最悪の事態には到らなかったものの、こちらへきてからの記憶が曖昧に抜け落ちてしまったのだという。
天人を見ても、そういった存在は何故か理解しているし、自分が着物を着ていることを疑問に思わない。
しかし、銀時たちと出会って築いた何もかもが、根こそぎ名前の頭の中に残っていない。

「お医者さんの話では、この状態は一時的なものだろうから少し様子を見てくださいって」
「オイ一時的ってどんぐらいだよ。一時間?一日?一週間?」
「そんなこと僕にわかるわけないでしょうが」

頭を打った衝撃で、記憶を司る複雑で膨大な脳の一部の神経が一時的に麻痺してしまったのだろう。
毎夜のように交わした愛や甘ったるい言葉や他愛ないやりとりの記憶は、一体どこに埋まりこんでしまったのか、消えてしまったのか、手繰り寄せる方法すらわからない。

「ごめんなさい、私の不注意で皆さんにご心配をかけてしまって……」
「名前は何も悪くねーよ」

神楽に聞いた病院へ飛び込むように入っていくと、待合室に居たのは初めて会った時の様に真っ青な表情をしている名前が居た。
その横で心配そうに寄り添うに座る新八に内心舌打ちする。そこは俺の場所だろう、と。
だけどそれを言えば名前を混乱させることになる。
だから銀時は名前の座る堅そうな病院のソファの少し離れた場所からそれ以上近づかなかった。
本当ならすぐにでも抱きしめて、痛かっただろうと頭の包帯に口付けたかった。

「名前」

いつもなら、花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべる名前が、銀時に名を呼ばれた途端どうして自分の名前をそんなに優しく呼ぶんだろうという心底驚いたような表情になった。

「は、はい」

ギリギリで会話を交わすことが出来る距離で、銀時と名前は視線を交わらせる。
名前の持っていた緊張がだんだんと薄れてきているように思えた。どことなく瞳の中に光が見える。
記憶は無くても聞きなれた声や見慣れた姿に反応をしてくれているのだろうか。

「突然のことで驚いたろうが心配なんざいらねーからな。つっても心配だよなァ、でっけーたんこぶ出来てるわ眼鏡は馴れ馴れしく話しかけてくるわ」
「眼鏡って何です眼鏡って!!」
「おめーのことだろ新八」

銀時と新八のやりとりに、名前はくすりと小さな笑みを零す。

「その上なに?こんなイケメンを突然恋人だーなんつって言われても混乱するだけだよなァ」
「どこがイケメンネ!どっからどう見てもうさんくさいオッサンアル」
「黙ってろ神楽」

デコピンされて額を押さえる神楽に、名前がまた笑う。
その笑顔を見て、銀時も優しく微笑んだ。

「立てるか?」

すっと差し出された銀時の手に、名前は迷うことなく自分の手を乗せた。
その手に助けられてゆっくり立ち上がる。
名前の視線はずっと銀時のゆるやかに開かれた瞳に固定されたまま。握られた手を自分から離そうとせず互いの体温を重ねあう。
どうしてこんなに安心するのだろうと不思議に思うより、これが日常的なことだったのだと心の奥の深いところで覚えている気がした。

そんな二人を見て神楽と新八は顔を見合わせ、それぞれが銀時と名前の肩をぽんと叩く。

「僕達、先に帰ってますね」
「銀ちゃんと名前はいつものようにそのままイチャイチャ帰ってくるヨロシ!」

二人の言葉にハッと顔を真っ赤にした名前が反射的に手を離そうとする。
しかし銀時はその手を握ったまま離さなかった。

「名前が嫌なら離す。そうじゃないなら離さない。…………離した方がいい?」

頭で考えるより先にふるふると首を振り「離さないで下さい」と瞳を潤ませながら言う。
その時の、心底安心したような銀時の表情に、名前の心臓がぎゅっと締め付けられた。

「いいのかなーそんなこと言っちゃって。銀さん調子乗っちゃうよ」

口調は軽いが、表情は違った。
銀時はおそるおそる空いている方の手を躊躇いがちに名前の背中にまわし、そっと自分の方へと引き寄せてくる。
名前の抵抗が無いことに深い安堵の息を吐き、少しだけ強く名前を抱きしめた。

名前は驚くほど引き締まっている銀時の胸の中で、自分がこの人にどれだけ愛されていたか、そして自分もどれだけ愛していたか、そんな感情だけおぼろげに思い出せたような気がした。




続く!


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