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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
お金は無いけど愛はある
「お金が無い……」

財布と通帳を手に、名前は途方に暮れた顔でどさりと万事屋のソファへ倒れこむ。
そんな名前に苦笑いしながら、新八は「ほんと困ったものですよね」なんて溜息をついた。

「元々崖っぷちのところに私まで転がってきちゃったから、更に苦しくなっちゃったんだよね。銀さんはそんなこと一言も言わないけど」

名前は一度閉じた通帳をそろそろと開け、中の数字を恐々と見てまたバッと通帳を閉じる。
そして今度は片目を瞑り、また同じ行動を繰り返した。

「名前さん、何度見ても数字は変わらないと思いますよ」
「うん、そうだよね。ひょっとして末尾にゼロでも見落としてるんじゃって思ったんだけど…やっぱりそんなことはなかったよ」

今度は財布をぱかりと開き、小銭を数えて落胆している。
しかし次の瞬間、ハッと何かひらめいたという顔になり、名前がおもむろに財布を振り出した。
中の小銭がチャリチャリと音を立てる。
そのむなしい音が無言の万事屋に響き渡った。

「……財布振ってもお金は増えませんよ」
「わかってる。けど、もしかしたらってことも」
「どう考えてもないから」
「はい」

新八の柔らかめの突っ込みに名前がしゅんとなったところへ、銀時が神楽と共に帰ってきた。
部屋の中の雰囲気と、名前の落ち込んだ表情に銀時の眉がぴくりと動く。

「オイ名前……オメーまさか新八に何かされたんじゃねーだろーな」
「何言ってんですか銀さん、僕がそんなことするわけないでしょう!」
「振ってみたの」
「新八をアルか!?」
「違うの、お財布を振ったら中のお金が増えないかなって」

名前がそこまで説明したところで、お金のことなどどうでもいいと、神楽が今夜の夕飯のメニューを聞いてきた。
にっこり笑った名前は、明るく「モヤシと玉子のふわふわ炒め、それとワカメだけの味噌汁だよ」なんて少し切ない献立を発表する。
肉や魚はないアルか?ない!キッパリした返事に神楽は唇を尖らせるが、まあ銀ちゃんが作るオヤジくさいご飯よりは美味そうアルなと笑った。
仲の良い姉妹のような二人のその光景を見て、銀時と新八はふっと同時に同じような微笑を浮かべる。

「名前さんて真剣な顔してアホなことやるから突っ込むにも突っ込み辛いんですよね」
「おい、俺の名前をアホというなアホと。確かにアホだよ?けどわっかんねーかね、信じるものは救われるってアレ。銀さんは名前のこと信じちゃってるかんね、名前がやりゃ増えんだよ、きっとな」
「アンタもアンタでアホですけどね」

新八が名前と初めて会った時、異世界からきた、と説明されて、ああそうなんですかー大変ですねー、なんてすんなり信じた訳ではなかった。
が、目の前で心底怯えた目をした女性は、人間と姿形は全く変わらないというのに、この世界の人間とも天人ともまた違う世界のかおりを纏っていて、その雰囲気に少々身構えてしまった。
相手は突然知らない世界に来てしまって心細い思いをしているというのに。

“こいつがさっき話した新八だ、おい新八、つー訳でしばらく名前は万事屋に居っから変な気起こすんじゃねーぞ”
“なんですか変な気って、一番何かやらかしそうなのは銀さんじゃないですか!”
“こっちの世界じゃ眼鏡も喋るんだぜ、驚いたろ”
“ええっ!?すごく高性能な眼鏡なんですね。どこから声が出てるんですか?レンズの部分かな?”

本気で驚いたような名前の言葉に、変に入っていた身体の力がすうっと抜けた。
新八は、自分は眼鏡じゃなく人間ですよと説明した時に浮かべた名前のはにかんだような微笑みに、悪い人じゃなさそうだなと安心したが、
そんな名前を見つめる銀時の瞳が、いつも見せるやる気の無さや軟派なものとも違う真摯な何かを宿していることに気付き、おやと思った。

こうして、3人だった万事屋が名前を入れて4人になった。

「ねえ銀さん、ずっと反対されてたけど、私やっぱり働きに行くよ」

いつの間にか銀時の横に来た名前が、銀時の服の袖をそっと引っ張りながら言う。
その時に浮かんだ銀時の何ともいえない表情を見て、困ったように微笑みながら、名前は「いいでしょう?」と銀時の頬を指でそっと突いた。
銀時は、最初名前が働くと言い出した時に、まだこの世界に慣れていないからという理由で反対した。
着物の帯の締め方をようやくマスターできたくらいでろくに外出も出来ずに居た、こちらへ飛ばされてきてまだ間もない頃のことだ。
しかし今は、方向音痴気味ではあるものの、買い物などには一人で行けるしこちらの世界の常識もわかってきた。
天人を見てひゃっと驚き銀時の背に隠れることももう無くなり、その姿を可愛いなどと思っていた銀時は少し寂しく思っていたのだが、名前はたくましくこの世界で生きている。

「でもよォ、オメー履歴書とか書けねーじゃん。ポッとこっちにきた訳だからよ」
「それがね、履歴書無くても雇ってくれるところがあるんだなこれが。えっへん」
「……お妙の居るキャバクラかババーのスナックかだろどうせ」
「そうなの!私さえよければ是非って」
「ハイ却下。銀さん以外の男に名前が愛想振りまくなんて嫌だから。名前が酔っ払ったオッサン上手くあしらえるとは思えねーしな」
「でもお世話になりっぱなしだし、少しでも家計の足しになれるように働きたい」
「立派に働いてんじゃねーか、掃除に洗濯に料理だって。正直スゲー助かってんですけど」
「そんなことくらい当然だよ。生活費も出せないんだから」
「生活費なんて気にすることねーよ。俺んとこに嫁にきたとでも思やいいじゃねーか」

銀時のその言葉に、名前も新八も神楽も口を半開きにして絶句した。

「こんなマダオに嫁いだって不幸一直線ネ!」
「そうですよ名前さんにだって選ぶ権利が…」

そこまで言って、二人の動きが止まる。
名前が口を真一文字にして、目に涙を浮かべて今にも泣き出しそうだったからだ。

「なに泣きそうになっちゃってんの」

子供みてーな顔になってんぞ、なんてからかいながら、銀時は自分の胸に名前の顔を押し付けるように抱き込む。

「だって、銀さんが」
「ん」
「お嫁さんって……そんな嬉しい言葉、本気にしちゃうよ」
「名前しか考えらんねェよ。わかってんだろコノヤロー」
「……住民票も戸籍も無いから本物の夫婦にはなれないけどね」
「俺達がきちんと愛し合ってりゃ役所に届けなくたって夫婦になれんだろ」

目の前でひしと抱き合い自分達だけの世界に浸る二人を尻目に、新八と神楽はまたはじまったよと目と目でコンタクトを取る。

(オイ新八、銀ちゃん達が夫婦になってもお金無いのは変わらない気がするのは私だけアルか)
(心配ないよ神楽ちゃん、僕もそれ突っ込もうかと思ってたから)
(銀ちゃん、よっぽど名前を外で働かせたくないアルな)

定春のお腹が大きな音を立てた。






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