[携帯モード] [URL送信]

EDGE OF THIS WORLD(完結済)
EDGE OF THIS WORLD・後編

目尻からとめどなく溢れてくる涙が頬を流れる生温かさにハッとして目を開けた。
ゆめ、だったのかな。寂しかった心が見せた都合の良い夢。

手のひらに感じた馴染み深いぬくもりに顔を横向けると、そこには心配そうな顔をして申し訳無さそうに私の手を握ってくれている恋人が居た。
どうしてすぐにきてくれなかったの、とベッドから起き上がれない身体でポカポカと恋人の胸を叩く。
すまない、事故のことをさっき知ったんだ、と細いフレームの眼鏡をかけていつも神経質そうな顔してる恋人が珍しく困り顔になっていて思わず笑ってしまった。

部屋の暖房は効いているのにこの人はコートを脱ぐこともしないまま私の手を握ってくれていたらしい。
体温の高い手のひら。名前の手は少しひんやりしていたな。
さっきまで名前と繋いでいた手。変な世界で変な男と幸せに暮らしてるって笑ってた。
ああやっぱりこの記憶は絶対に夢なんかじゃない。
自分が生きてると知って物凄く動揺してた。
名前のことだから、ご両親の気持ちを考えてさぞかし心を痛めてしまっただろう。
坂田さん、名前をちゃんと支えてあげてよ。

枕元で携帯電話が鳴り出した。

ぐっと息を止める。私は動けなかった。その間もずっと電話は鳴り止まない。
出なくてもその電話が何を意味するものかすでにわかっていた。
出ないのか? 心配そうに囁かれ私は首を振る。
病院に行こう。そう言ってアルコールの抜けていない私のぐんにゃりとした身体を力強い腕で起き上がらせてくれた。


▽▽▽▽▽


万事屋では、神楽が神妙な顔で定春と共に床の上で目を閉じて横たわっている意識の戻らない銀時を見つめていた。

「ちょっと飲ませすぎたアルか」
「クウ……」

定春もその特徴的な眉を下げ、大きな舌でぺろりと銀時の頬を舐める。
銀時の腕の中に居たはずの名前の残り香を寂しげにくんくんと鼻を近付けて確認する定春の仕草に、神楽が唇を噛んだ。

会いたいという想いの強さで違う世界へと飛ぶことができた親友のように、元の世界へ帰りたいと強く願ったら名前も酒の力など借りず戻ることができただろう。
しかし名前は怯えていた。希望をその手で掴みたかった。だけど寸前の所で足がすくんでしまうのだ。
この世界も、向こうの世界も愛している。
自分の身体がもうもたないとわかっていてもなお、複雑な気持ちが最初の一歩を踏み出すことを躊躇わせていた。

そんな名前の葛藤を黙って数分間見つめていた銀時が、おもむろに神楽の持ってきた酒に口を付けその度数の高い日本酒を口に含んだ。
瓶を神楽へと渡し、名前の腰を抱き寄せ後頭部を掴んで逃げられないよう固定すると、銀時はその桃色の唇を強引に塞ぎ酒を口移しする。
んっ、と、くぐもった喘ぎに似た抗議は普段だったら銀時の欲情を煽っていたに違いない。
お酒に弱い名前が一口分の日本酒を喉へ流し込むまで、濃厚に唇を重ね舌を絡ませる。

それが呼び水になったのか、名前の身体からすっと力が抜け、ふらりと銀時に寄りかかってきた。
霧が散るように消えていく身体。出会った時のように不安げに揺れる瞳に、銀時は、んな顔すんな、と微笑んでコツンと額を当てた。
銀時も名前のことを集中して考え、二人で共に向こうの世界へと行こうと目を瞑ったその時、神楽が「銀ちゃん早く飲むネ!」と銀時の口にズボッと酒瓶を突っ込んでくる。
ンガッといううめき声を上げ目を白黒させた銀時ががくりと意識を失うと同時に、名前が銀時の腕の中から完全に消えてしまった。

神楽は信じて祈る。銀時がきっと名前と一緒に帰ってくることを。


▽▽▽▽▽


棺おけの中で大量の花と共に目を閉じる名前の顔は、二度と目を開かないことが信じられないくらいとても穏やかだった。

ねえ名前、名前の魂はもうこっちの世界には居ないんだろうね。向こうで毎日楽しく暮らすんだよ。
もしかして、また泥酔した時なんかはひょっこりそっちに遊びにいけるかもね。そしたらさ、名前の料理食べさせてね。
坂田さんといつまでも幸せに。

こうして魂の抜けたなきがらに心の中で話しかけても名前がそれを聞くことはないだろう。
だけど、きっと気持ちは伝わるはずだ。

名前のご両親もおいでと言ってくれたので、私は名前を最後の最後まで見送る為に火葬場まで一緒にこさせてもらった。
広い待合室では名前の親族達が火葬が終わるまでの間、お茶を飲みながらしんみりと時間が過ぎるのを待っていた。
名前の従兄弟の子供が、死を知らない無邪気な顔で普段と雰囲気の違う両親に抱っこされてきょろきょろとしている。

「ありがとうね、名前の為に」
「ううん、私にも最後までちゃんとお別れさせてくれてありがとうおばさん」

名前のお母さんが、弱々しい笑顔を私に向ける。
娘を失った悲しみは、子供の居ない私には到底わからない。きっと想像なんてできないくらい深いのだろう。
名前は別世界で幸せに暮らしてるんだよ、なんて喉まででかかったけれど言えなかった。
言ったところで信じてもらえないだろうし、慰めの言葉にもならない。

「ねえ、ぎんさん、って誰か知ってる?」
「えっ」

内緒話をするように、おばさんは少しだけ微笑んで、ふいに投げかけられた言葉にぽかんとする私にもう一度「ぎんさん」とくり返す。
ぎんさん、名前が頬を染めて呼んでいたあの男の名前は間違いなく坂田銀時だったはず。

「その名前……どこで?」
「名前がね、息を引き取る直前に言ったのよ。ぎんさんと幸せにやってるからって」

そうか、きっと名前はもう一度こっちへ帰ってきたんだ。そしてご両親にお別れを告げて旅立っていったんだ。
こみ上げる感情。もうこれ以上出ないと思っていた涙がまた、視界を曇らせる。

「おばさん、私、夢を見たんだ」

銀さんという人ととても幸せに暮らしてる名前に会えた夢を見たと告げる。
私にとっては現実だった。けれど夢という言葉を使った。
おばさんは「まあ」と名前にそっくりの顔で私の話を嬉しそうに聞いてくれた。


▽▽▽▽▽


「名前、こいつ邪魔じゃねーか?」
「平気だよ、でもちょっと寝相がすごいね」

銀時と名前の間に両手足を投げ出し熟睡する神楽に名前が目を細める。
名前が無事にこちらの世界へ帰ってきてから緊張の糸が切れたのか、名前から離れなくなってしまったのだ。
名前と一緒にお風呂入るネ!今日は名前と寝るアル!
銀時の引きつり顔をよそに、名前がいいよー、と笑って受け入れたが、神楽が寝床にしている押入れのふすまが今までなんで無事だったんだろうと不思議になるくらい神楽の寝相が酷かった。

「ち、今夜は燃えまくる予定だったっつーのによォ。大人の楽しみ邪魔しやがって」
「神楽ちゃんも心配してくれてたんだよ」

優しい顔で神楽の頭を撫ぜる名前の腰に、うーんと寝返りを打った神楽の足が当たる。
本気の蹴りではない。だが無防備な身体に夜兎族の寝返りは

「………っ〜〜〜!!」

結構どころか本気で痛かった。声を上げたかったが、神楽が起きてしまうかもと何とか堪える。
そんな名前を見て、声を上げずなんとも楽しそうな顔で銀時が笑う。

「ほれ、俺の腕ん中に来いよ」

銀時が神楽を邪魔だと言わんばかりにその足で蹴って名前の方へぐいぐいと押し付けてくると同時に、両腕を広げ名前を誘う。
名前が神楽の横からそっと身体を起こし、銀時の胸の中へ飛び込んだ。
それと同時にゴロゴロと神楽が名前の布団を通り越し畳まで転がっていく。それでも熟睡しているのだから銀時と二人して笑ってしまった。

向こうの世界での自分の身体、そして両親との別れのことを、二人は言葉にすることはしなかった。
神楽には、もう大丈夫ずっとこっちに居られるよ、とだけ。

「なあ、ひとつ疑問に思ってることがあんだけど」
「なあに、銀さん」
「俺や名前のダチなんかはよ、名前んとこ行きてーなってんで違う世界へいけただろ?」
「うん」
「じゃあ名前がこっちきた理由は? 何か強く願うような何かがあっちゃったりしたワケ?」

銀時はゆっくりと名前の頬にかかるさらさらとした髪をその耳にかけながら柔らかな眼差しで名前を見つめる。
その問いに名前が少し考える表情を見せた。
程なくして、あっと大きな声を出しそうになり慌てて自分の口を片手で塞ぐ。

「私ね、道を歩きながら思ってたの」

ここまで言って名前が腕枕をしてくれている銀時の綺麗に筋肉の乗った腕に頬ずりした。
その仕草に銀時は嬉しそうに口元を緩め、先を促すように目元に唇を押し当てる。

「親友には素敵な恋人がいるのに、私にはいないなあって。運命の人が私にもいるのなら凄く会いたいって、車に轢かれる直前に強く思ってたの」

思いもよらなかった名前の言葉に銀時が目を見開いた。

「じゃあよ、あの時、俺があの場所にうずくまった名前に声をかけたっつーのは偶然なんてモンじゃねえって言いてェの?」
「そう! こっちへきた理由がやっとわかった! 私は世界を越えて自分の運命の人のところへこれたんだよ。すごいすごい、奇跡だよね!」

無邪気に喜ぶ名前に銀時が、は、と短く笑って片腕で自分の胸にその身体を強く押し付けるように抱きしめる。
運命なんて信じていない。奇跡なんて尚更だ。

「……だな、奇跡っつーもんがあってもいいかもな」

けれど、腕の中の何よりも愛しい、銀時にとってかけがえのない存在である名前がそう言うのなら、きっとあるのだ。そうに違いない。





読んで下さってありがとうございました!
EDGE OF THIS WORLD、という素晴らしい曲を知らなければできなかった話です。
歌詞のイメージだと、親友から見た名前さんと銀さんの話かなという感じですよね。
とりあえずトリップものとして一区切りつきました。
でも終わりません。ははは。この二人が好きなので、まだ続けていかせてください。
のんびり行こうと思っておりますので、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

2012年9月13日 いがぐり

[*前へ][次へ#]

16/70ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!