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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
EDGE OF THIS WORLD・中編

身体が魂を呼んだ訳ではなく自ら元の世界へと戻ってきたからか、名前がおそるおそる目を開けて見た景色は、覚悟していた夜空や病院の天井などではなかった。
こちらの世界へは戻れたようだが、身体へは戻れなかったのだろう。
自らの身体から見た視界じゃないことはすぐにわかった。
目を開けた名前の目の前のベッドには名前自身が横たわっていたのだから。

集中治療室らしく、普通の病室では見ない設備の整った白い部屋だった。
綺麗に整列されたそれぞれのベッドの上で入院患者がくたりとしている。
医師や看護師達が、静かすぎるほど静かな空気の中で常に何かの覚悟をしているかのような顔をして小声でカルテを見ながらやり取りをしていた。

そんな中、ベッドに横たわる名前の手をずっと黙って握っている名前の両親が居た。
延命処置を施すのをやめたらしく、名前の口元には呼吸を補助する機械も何もつけていない。
悲しい光景だ。回復する見込みの無い娘の手を握り、まだ生きているということを手のひらのぬくもりで必死に確認している。
ただゆっくりと呼吸が少なくなるのを涙ながらに見守るだけ。
集中治療室にも消灯があるのだろう。間接照明の心細い明かり以外点いていない。

「お父さん、お母さん……」

両親達はベッドの脇で手と手を繋ぎ銀時に支えてもらうように立っている名前に気付いていない。
ごめんね、ごめんね、名前が両親に向かって何度も謝る。
それはこんなことになってごめんという意味か、悲しませてごめんという意味か、自分だけのほほんと暮らしていてごめんという意味なのか。
望んでもいないことが起こってしまった。だけどそれを柔軟に受け入れつつ、銀時への愛情と元の世界への未練に揺れながら、その中で必死に生きてきた名前。
その一方で、こちらの世界では名前を失う悲しみに怯える両親や親友が居た。
どうしようもないことだ。懸命に生きてきた名前を誰も責めることはできない。
罪悪感に塗りつぶされた名前の心を癒すように励ますように、銀時は握り合う手を持ち上げ名前の指に唇を当てた。

……銀さんがついててくれる。

銀時のおかげで少し心を落ち着かせた名前が、おずおずとすっかりやつれて今にも消えてしまいそうに見える母親の肩へと手を伸ばす。
しかしその手はすうと母親の肉体を通り抜けてしまった。
改めて自分の置かれた状況に絶望しそうになる。
肉体に戻ってそのまま死ぬことになったら?
銀時はこの場に一人残され、誰にも聞こえることの無い声で名前の名を呼ぶのだろうか。
震え出した名前の身体を銀時が抱きしめ落ち着かせるようにそっと背中を撫ぜた。

「銀さん……」
「おめェは死ににきたんじゃねェ。俺と生きていく為にこっちきたんだろ」

こくこくと名前が銀時の胸に抱かれながら必死に頷く。

「名前の魂、俺がしっかり捕まえてやっから。約束したろ、ずっと一緒に居るってよ」
「うん…銀さん、信じてる」
「この手は離さねえかんな。……名前、行ってこい」

名前はゆっくりと一歩踏み出しベッドに横たわる自分へと近づいた。
靴は履いていないというのに、足袋越しでも病院の冷たげに見える床の感触や温度を全く感じない。
自分の顔を覗き込む。
自分自身の寝顔を実際に見るだなんて初めてのことだったが、頬にガーゼがあってあちこち傷跡があることを除けば、本当にただ寝ているだけのように見えるなと思った。
どうやって戻ればいいのだろう。繋いだ手をぎゅうと握り、意を決したように名前は自分の身体へと手を伸ばす。

途端に視界が変わった。

「ぁ、く、………うう…………」
「名前!」

突然うめき声を上げた娘に両親が驚き身を乗り出してくる。
瞳だけ横に動かすと、涙ぐむ懐かしい両親がいた。
その横にはちゃんと銀時の姿もあって名前は心底安心する。
触れることはできないけれど、名前の手を握る両親の手の上に重ねるように銀時の手があった。

「お、とさん…おかあ……さん、」

息苦しいなんてものじゃない。喉も何かが無理やり通されていたかのような物凄い違和感。
身体がおかしい。
痛覚など全て叩き潰されたかのように、痛みを通り越し指一本すら動かすのが難しいほど重かった。ただ重かった。
この身体の中がどうなってるかはわからないが、かろうじて働いていた臓器の機能全てが今にも停止しようとしているのだけはわかった。
だから、どれだけ喉に違和感があろうと、声が出しにくかろうと、両親に言っておかなければならないことがある。
最後の力を振り絞って、名前は3日間動かしてなかった顔をぎこちなく動かした。

「わたし……ぎんさんとしあわせにやってるから……なかないで…………いままで、ありがとう、ずっとだいすきだから」

ね、と大好きな人達に微笑んだ瞬間、意識がブツリと遮断された。

そして恐ろしいほど真っ暗な空間に突如放り出されて戸惑う。
これが死後の世界なのだろうか。
何も無い。音も無い。光すらも。
身体の重さからは開放されたが、どこまでも無限に広がる暗闇に心が押しつぶされそうになる。

「銀さんっ!!!」

自由になった身体で愛する人の名を叫んだ。
手を、握っていてくれるのではなかったの。
どうして私は一人でこんなところに居るの。

「銀さん…………どこ」

一気に心細くなり弱々しく銀時の名を呼んだとき、暗闇を退けるような柔らかな光が名前を包んだ。
あったかな光。今までの恐ろしいまでに美しく眩しい光とは違い、希望そのもののような優しい光だった。

名前が次に気付いた時、銀時が命の尽きた名前の身体から着物姿の名前の身体を優しくそっと抱き上げているところだった。

「銀さんっ、銀さん銀さん……!」

最後に足先が肉体から完全に離れた瞬間、心拍をモニターしていた機械から警告音が絶え間なく鳴り響いた。同時に両親の嗚咽も。
辛かったな、銀時がそう言って名前の額に唇を押し付ける。
名前はその感触に安堵すると同時に色々と張り詰めていた感情が緩み、銀時の首にしがみつき声を殺して泣き出した。
銀時の目の前には息絶えた名前の亡骸がある。
複雑な想いでその姿を瞳に刻んだ銀時は、死亡時刻を両親に告げる医者から目を背けるように抱きしめあい涙する名前の両親に一礼する。
たとえ姿が見えなかろうと心をこめて。

銀時は自分の腕の中に戻ってきた名前の重みをしみじみと愛しく思いながらくるりとベッドへ背を向ける。
これ以上は名前に見せていい光景じゃない。

「……万事屋にかえろうな、名前」

共に生きる世界へと向かって、銀時は名前を横抱きしたまま光の中へ飛び込んだ。





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あきゅろす。
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