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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
EDGE OF THIS WORLD・前編

親友と共にあれだけ泣いていた名前が、震える手で強く握っていたぬくもりが光に連れ去られるように呆気なく消えると、
今までぼろぼろと涙を流していたのが嘘のように、ぐいと涙を拭って歩き出した。
銀時の顔を見ようともせず通り過ぎようとする名前に、ふうと小さな溜息を吐く。

「名前」

低く優しく名前を呼ぶ銀時の声にビクリと足を止めた名前が「だいじょうぶ」と遠くを見つめ曖昧に笑う。
そんな名前を、銀時は綺麗に筋肉の乗った腕をすっと伸ばしその胸の中に呆気なく閉じ込めた。

「大丈夫なワケねーだろ?」

そう、大丈夫なわけがないのだ。色々と考えることが多すぎる。
以前一度、身体へ、…元の世界へ戻り、銀時と生きる選択をしたことでもうずっとこちらの世界へ居られると安心しきっていた。
名前の身体は死んでしまったが、肉体から離れた魂は、例え揃っていなくとも、魂が消えない限り違う場所で何らかの作用を受け普通の身体のように生き続けることができるのだと、そう思っていた。
だが、身体が元の世界で生きているとなれば話は違ってくる。

「ねえ銀さん、私どうしたらいいのかな。私がこっちに居るせいでとっくに死んでるはずの身体が死んでなくて、それだけお母さん達が苦しんでる……」
「だから死にに帰ります、なんつったら銀さん怒るかんね。ぜってーこの腕離さねーぞ」
「……このままここに居て、向こうの身体に限界が来たことも気付かなくて、今さっき目の前で消えたみたいに私もパッと消えちゃったら?」

その言葉に銀時が息を飲む。
想像したくもない。向こうの世界で生きているならまだしも、どちらの世界にも存在せず消えてしまうだなんて。
死とは元々そういうものだ。
だが、名前の身体は瀕死状態でも、魂だけがこちらへ来て時間の流れが違う中生きている。
実際、怪我すれば血が流れ、食事をし、排泄をし、銀時の欲情に応えることだって普通にできれば月経だってある。
向こうの身体と連動しているわけではないのだ。
希望を持ちたい。しかし保証は無い。何も確実なものは無いのだ。確実といえるのはこの腕の中のぬくもりだけ。

「いいこと考えたアル!」

行き場の無い気持ちを抱えたまま、まるで暗闇に怯えるように抱き合っていた二人を、底抜けに明るい神楽の声がまだ日も高い現実へと引き戻した。
両腕でしっかりと名前を抱きしめる銀時が、名前の首筋に埋めていた顔を上げて神楽を見る。
名前も子供のように無垢な目を神楽に向けた。

「あのさ神楽ちゃん、いま超シリアスな場面なの。わかってんのかコラ」
「うっせー黙って聞けェ!! 名前が一度身体に戻って、死んだ瞬間に銀ちゃんが名前の魂だけ引っ張ってこっちにまた連れてくるってのはどうヨ! 私天才アル!」

えっへん、と神楽が胸を張って銀時も名前も考え付かなかったことを堂々と言ってのける。
名前は神楽のことばを頭の中で反芻し、はっとして大きな目を更に見開いた。
その瞳に一片の輝きを宿して。

「私はともかく、銀さんはどうやったらあっちの世界に行けるかな……」
「いや、一度チラッと行った事あったじゃねェか。それにあのネーチャンだって言ってたろ、名前のこと考えたらこれたっつってよォ。あのネーチャンにできたんだ。俺にだってできるだろ」

力強い銀時の言葉。にししと笑う神楽。
そこで名前が気付く。
絶望の淵に立っていると思ったけれど、自分にはしっかりとこの腕を引っ張って助けてくれる人が居ることを。

「わ、なんだか希望が湧いてきたよ…! 神楽ちゃん、ありがとう」

じっとここに居たって何も解決はしないのだ。
ひょっとして、という望みを持ちつつこっちでずるずるとどうにもならない苦しみの中日々生きていくくらいなら、神楽の言うことを実行したい。

「あ! ちょっと待ってるアル! おめーら勝手に死ぬんじゃねーぞ!」
「…………あいよ」

神楽が大慌てでバタバタと豪快な足音を立てながら万事屋を出て行った。
残された二人はぽかんとして互いの顔を見つめあう。そしてどちらからともなく微笑みあった。
ゆっくりと顔と顔の距離を縮めていき、二人は唇を重ねる。
一度瞑った目を緩く開き、名前は銀時の顔を見つめながら心底幸せそうに目を細める。

「銀さん」 「ん?」 「好きよ」 「俺も」

短いやり取りの合間合間に柔らかく唇を触れ合わせながら、二人は神楽の帰りを待つ。
十回目の口付け辺りで、神楽が出て行った時と同じ勢いで部屋へ滑り込んできた。
腕の中に大事そうにお酒の瓶を抱えて。

「二人で一気するヨロシ」

下のお登勢の店から持ってきたのだろう。
どんとそれをテーブルに置いた神楽がにこにこと無邪気な笑顔で恐ろしいことを言ってきた。




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あきゅろす。
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