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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
再会・後編

ずっと黙って名前のことを抱きしめていた坂田さんは、何かを決したようにすっと顔を上げ真っ直ぐ私の顔を見た。
なんて瞳なんだろう。どきりとした。

「……アンタは一体どうやってこっちへきたんだ? 名前みてェに事故ったってわけじゃねーんだろ」

余りにも真剣で、苦しげだった。
愛する相手を失うかもしれない悲しみを湛えているというのに、それでもなお腕の中の希望を守り抜こうとする必死な瞳。
何ともいえない顔をして、名前が坂田さんの頬へと手を伸ばす。
名前の手のひらが坂田さんの頬へ触れたとき、そのぬくもりにハッと気付いた坂田さんがたちまち目元に入っていた力を緩め、悪い、とでも言うように愛しげに名前に向かって微笑んだ。
名前もホッとしたように口元を綻ばせる。
驚いたことに、あれだけ動揺していたというのに名前が坂田さんに触れることで、坂田さんが名前に微笑むことで、二人して冷静さをしっかりと取り戻していた。
名前がどうしてこの人を好きになったのか、ちょっとだけわかった気がした。
すごいな、と思いながら坂田さんの質問に答える。

「部屋で酒飲んで寝てたら急に意識が遠のいたの。しかも幽体離脱までしちゃって」
「幽体離脱しちまうほど飲むってどんだけ飲んだんだよオイ。急性アルコール中毒でぶっ倒れたんじゃねーの?」

ほんとに、と名前までもが呆れ顔でこっちを見る。無視して続けよ。

「で、名前のこと考えた。心底思った。会いたいなって。そしたらものっすごい光よ! それに連れてこられたって感じ」

ここまで言ってまた足元がぐらりと揺れた。
揺れたのは地面じゃない。私の身体だ。
名前のあたたかな手が私の肩に置かれる。もうなんて顔してるの。
名前の顔の方が貧血で倒れそうなくらい真っ青だ。

「やだなー、また貧血」
「貧血じゃないかも。私もその眩暈…経験したことがあるから…」

元の世界へ帰る前触れだと思う。そう寂しげに名前が言った。
その時のことを名前が話してくれた。
そうか。もしかしたら向こうにある身体がこうして別に世界にまできてしまった魂を戻そうとしているからこんな眩暈が起こるのかもしれない。
……名前の場合は命も危ういから、引き寄せる力が弱いんだろう。
私の場合は事故も怪我もせず、身体は健康体だからこんなに頻繁に眩暈が起こっているのだ、きっと。

「じゃあもう私は帰らなきゃいけないってことか」

できるだけ明るく笑って言った。
私が平気なふりしてるってこと、きっと名前はわかってるだろうけどね。
あとどれだけ居られるのかな。目の前の元気な名前をできるだけ目に焼き付けておこう。
できれば笑顔がいい。
こんなぐっと口を真一文字にして今にも泣きそうな顔じゃなくて、名前らしいあったかな笑顔が見たい。

「ねえ名前、坂田さんてどんな人?」

お互い社会人になってから会う回数は減ったけど、しょっちゅう電話でくだらない話して大笑いしたよね。
私たちのお気に入りのカフェで尽きない話をしてる時、本当に楽しかったよね。
もし、私たちの世界に坂田さんがいて名前と付き合い始めたら、一番に私に報告してくれただろうね。

「え、銀さん? んーと、優しくて、可愛くて、かっこいいんだよ。強いしね、…あ、でも寂しがりやさん」

少し照れくさそうに惚気る名前が、坂田さんの腕の中でくすぐったげに笑う。

「あんた、前の彼氏と別れて一年くらいだっけ? 今までで一番幸せそうな顔してる」
「うん、幸せだもの」

見てるだけでわかっちゃうよ。あんたらがどんだけバカップルか。
「銀ちゃんと名前、毎日が発情期ネ」
いつの間にか私の横に来ていた神楽ちゃんという名前の可愛いチャイナ服の子が、そっと私の耳にとんでもないことを囁いてくる。

「名前が困ってたら容赦なくこのもじゃもじゃシバいてもらっていい?」
「任せるアル!」

にいっと笑て胸を叩く神楽ちゃん。いい子だ。
「なんてこと約束してやがんだコノヤロー」なんて焦ってる坂田さん。ププッ。この可愛い子に何ができるっていうのよ。
あ、ちょっとヤバいかも。ぐらぐらぐらぐら視界が揺れる。
このままだといつ倒れてもおかしくないので、失礼してソファに座らせてもらった。
名前も心配そうに私の横へ座ってくる。
坂田さんと神楽ちゃんは「俺が名前を困らせるわけねェだろ」「銀ちゃんいっつも所構わず名前に盛ってっから常に困ってるじゃねーか!」なんて睨みあって言い合いしてるし。

「ラブラブなのねー。私なんてさ、アイツと喧嘩しちゃって家出されちゃった。私の親友が死にかけてるってのに心の支えにもなってくれないでやんの」
「私が事故にあったことも知らないんでしょう? 知ってたら絶対に傍に居てくれたはずだよ」
「私が名前のこと大好きだから?」
「そうそう。きっと取り乱して、お酒に溺れて、色々なものに八つ当たりする恋人の姿を心配してね」

そう言ってふわりと浮かべた柔らかな笑顔。
私の大好きな名前の笑顔だ。
そして少しだけ眉を下げながら申し訳無さそうに「…たくさん心配させちゃったね、ごめんね」と謝ってくる。

「バカ、あんたのせいじゃないでしょ」

名前の頭を撫ぜようとした時、自分の手が透けていることに気付いてゾッとした。
「……!」声にならない声を噛み殺すように、悲しげな顔して唇を噛みながら名前が私の手を強い力で握ってくる。
もう時間もなさそうだ。
手を握り合ったまま、私はぐっと力の入らない身体をなんとか動かして坂田さんの前に立った。

「坂田さん、名前のことよろしくお願いします」

そう言って深々と頭を下げる。
もう私は名前に何もしてあげられないから。
最後にできることっていったらこれくらい。

「……名前は俺が全力で護る。何があってもだ。安心してもらっていいぜ」
「悩んでても表情に出さないこともあるから、ちゃんと見てて下さいね」
「あーウンウン、よく悩んでるわモヤシを煮るか炒めるかで」
「大丈夫かな本当に」

渋い顔になった私の手を握る名前の手が震え出した。
見ると、一秒ごとにだんだんと薄く、名前の手が透けて見えるまでになっている。

「だいじょうぶだよ、こっちで、わたし、ずっと銀さんや、みんなと、やってきたんだから、」

名前のあたたかな手と私の手に涙がぽろぽろと落ちる。
どっちの涙だかわかりゃしない。私の涙腺も壊れてしまったらしい。

「だから…私を忘れないでね、ずっと私の親友でいてくれてありがとう」

忘れるわけないでしょう。ありがとうは私のセリフでしょう。っていうか私たちこれからもずっと親友でしょう。
目の前の景色が、名前の顔が眩しくて見えない。

「……………っ!!」

せっかく名前が私の名前を呼んでくれているのに、もう私は返事すらできなかった。
ごめんね。名前も自分の体のことで不安だろうに。その話は全然できなかったね。
でも、きっとどんな困難な状況に陥っても、坂田さんと名前なら絶対に乗り越えることができるよ。
坂田さんにはその力がある。…はず。

名前のぬくもりから強引に引き剥がされるように、暴力的なまでの眩しい光に包まれた。






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あきゅろす。
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