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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
寂しがりや
吉原のはずれにある、花魁向けから一般向けの化粧品までを幅広く扱う化粧品屋。
先日月詠さんに紹介してもらったこのお店で私は今日から働かせてもらえることになった。
といっても、一週間の期間限定なんだけど。
よくよく聞いてみれば、怪我で入院した店員さんが退院するまでの間だけの募集だったらしい。
期間限定というのはちょっと残念だったけど、それを知った時の銀さんといったら「あ、そうなの? そりゃ残念だったね名前ちゃん」
なんてあからさまに安心した嬉しそうな顔でニコニコ笑ってたから、まあいっか、なんて思ってしまった。
だって銀さんいつも以上に可愛かったから。
とはいっても、今朝私が出勤するときは今生の別れのように大袈裟に抱きしめられて神楽ちゃんや新八くんの前で唇を奪われて困ってしまったのだけど。
レジ打ちや品出しに、頭がぐるぐるするほど忙しい中でも、その時の顔がぽっと浮かんでつい顔を緩めてしまう。だめだめ、お仕事に集中しなくては。

「名前」

不意にかけられた凛とした声には聞き覚えがある。
自然と浮かんだ笑顔のまま声のした方を振り向くと、色気溢れる遊女さん達やキャアキャアと賑やかしい若い人達とは違う、キリリとした雰囲気を纏った月詠さんが居た。

「月詠さん、いらっしゃいませ!」
「楽しそうじゃの名前」
「うん、楽しい。何か買いに来たの?」
「わっちは客としてきたわけではない。ぬしの様子を見にきただけじゃ」
「そうなんだ。わざわざ寄ってくれたんだね。 ありがとう」

私が品出ししていた口紅を手に取り、興味深そうに眺めながら月詠さんは綺麗に笑う。

「仕事を紹介しておいてなんだが、ぬしが働いておると銀時がさみしがるのではないか?」

すらりとした綺麗なスタイルに似合った着物をきて、どこか哀しげな瞳がその美しさを際立たせている。
本当に綺麗な人だ。私が男だったらコロリといってしまったかもしれない。

「そんなことはない……とは言えないかな。銀さん、寂しがりやだものね」
「ぬしのことになると尚更じゃ」

月詠さんはくすりと笑って店の外を指差した。
それにつられて視線を店の外へ送ったら、電信柱の陰にちらりと揺れる銀色の髪の毛。

「あらら、銀さん」

女性に対する仕事とはいえ、吉原で働くことを銀さんは心底心配していた。きっと私の様子をこっそりと見にきたに違いない。
どうしたらいい? と隣の月詠さんを見上げると、月詠さんはくすりと愉快そうに唇を緩ませ私が慌てる様子を見て笑うだけ。
そんな時、タイミング良く店長に上がっていいよと言われ、もう終業時刻を過ぎていたことに気付いた。
きちんと封筒に入れられた日当を店長から受け取り懐へ大事にしまうと、これで銀さんのところに行けるとほっと胸を撫で下ろす。

「良かったのう」
「月詠さん、私の様子を見にきたとか言って本当は私をからかいにきただけなんでしょ」
「両方じゃ」
「もう、今度からツッキーって呼んでやるんだから」
「勝手にしなんし。ほれ、はよう行かんと銀時が逃げるぞ」

くすくすと笑う月詠さんのその言葉にあわてて店の外へ出て銀さんの元へ急ぐ。
通りを横切る際、着物を着崩したちょっと怖い感じの男性と目が合った。
なんだかその絡みつくような不躾な視線に余りいい気持ちはしなかったので、その人と十分に距離をとって銀さんの元へ小走りで急ぐ。
しかし、それにも関わらずその人は私に向かって腕を伸ばしてきた。
不意のことで身体を固める私の肩をぐぐっと抱きこんでくる。

「離して下さい!」
「よう姉ちゃんどこの遊女だ? この俺がこれから買ってやるから店まで案内しろや」
「絶対に嫌です!私の身体にあれこれしていいのは銀さんだけなんだから!」

息がお酒臭い。抱かれる身体が気持ち悪い。
もがけばもがくほど、強く抱きこまれて苦しくなる。

「おいコラそこのゴミ。俺の名前に何しやがんだ。ぁあ?」

いつ傍に来てくれたんだろう。素早すぎて気が付かなかった。
電信柱の後ろにいたはずの銀さんが私の目の前に来てぎりぎりと音を立てて男の手首を強く強く握る。
それは凄い形相だった。真剣に怒ってる。

「銀時、そこをどけ」

男が私の身体から手を離し、銀さんの形相に恐れをなしたように顔を歪め距離を取ったところで月詠さんが長い足でそいつの腹を蹴り上げた。
それで宙に浮いた男の身体を銀さんが木刀で打ち倒す。
息がピッタリだった。お互いがお互いの動きを手に取るようにわかっていたからこその動きだった。
そういえば、新八くんに聞いた。二人は何度も一緒に戦ったことがある、と。
遠くまで吹っ飛んだ男は起き上がってギロリと私達を睨みつけたものの、銀さんがゆらりと木刀を構えるその迫力と月詠さんがクナイを構えるその姿にあわあわと四つんばいになりながら去って行った。

「あ、ありがとう…、っ」

まるでその男の感触を塗りつぶそうとでもするかのように、銀さんが私を正面からぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
その腕の隙間から、目を見開いて銀さんの行動に面食らっている様子の月詠さんに向かって一言お礼を言うので精一杯だった。

「銀時、いい加減にしなんし。名前が窒息する」
「っと、ヤベ。大丈夫か名前」

月詠さんの言葉に銀さんはようやく腕を緩めてくれた。
ぷは、と大きく息を吸う私の顔を銀さんが心配そうな顔で覗き込んでくる。

「怪我はねぇか?」
「うん、平気だよ」

銀さんに抱きしめられたときが一番痛かった、とは言えずににっこり笑えば、私の頬にそっと優しく銀さんが指先でくすぐるように触れてきた。

「……恐かったろ。家に帰ったら銀さんがすぐに消毒してやるかんな」
「血なんてどこからも出てないよ?」
「あいつに触られた場所を念入りに洗わなきゃいけねえだろが」
「泥とかも付いてないみたいだけど」
「その後布団でゆっくりあれこれして名前の心のケアをだなァ…………
「銀時」

やめなんし、と銀さんの頭を呆れ顔の月詠さんがクナイを握ったままの手でばしりと叩く。

「ってーな、何すんだコラ!」
「名前、今日一日疲れたじゃろう。日輪の店で茶でも飲んでいかぬか?」
「オイ何勝手に誘ってんだよ。でもまあそっちの奢りっていうなら銀さんも一緒に行ってあげてもいいんだけどね?」
「誰もぬしなど誘っておらん。しかしぬしがどうしてもと言うのならついてきても構わんぞ」

そう言って月詠さんは優艶な笑みを浮かべ色っぽい仕草で煙管を吸う。うう、銀さんの目を塞ぎたい。
銀さんを見上げる私の情けない視線に気付いたのか、銀さんが「ん?」と目を細めて私の肩をそっと抱き寄せてきた。
なんでもない、と小さく首を横に振る。
私は月詠さんのように綺麗でも強くもない。銀さんの背中を預かることもできない。
銀さんは私にはそんなこと望んではいないとわかっていても、一緒に戦えたらどんなにいいだろうと思う時もある。

「ねえ、お給料出たから私に奢らせて」

私の肩を抱く銀さんの腰に腕を回し、もう片方の手で月詠さんの手を取った。
私に手を握られた時の月詠さんは真っ赤になってとても可愛い表情。銀さんと私、視線を合わせてにやりと笑いあう。
さあ皆で仲良く行きましょうか。
刀やクナイを握ることはできない私の手でも、大好きな人達のぬくもりを確かめることだけはできるのだ。



次の日。
もしかして今日も私を心配した銀さんが、せっかく入ってきた依頼を神楽ちゃん達に任せてこっちにくるかもしれないとちょっと思っていたが、
さすがに仕事は放り出せなかったらしく、今日は電柱の陰に銀色は見えなかった。
その代わりに真選組の沖田くんがかったるげに私を訪ねて来たので驚く。

「久しぶりですねィ万事屋の旦那の奥さん」
「なんだかまわりくどい呼び方だね」
「じゃー苗字さん」

女性客で賑わう店内に、真選組の制服を着た綺麗な男の子はとても目立つ。

「恋人へのプレゼントでも探しにきたのかな?」
「いんや」
「沖田くんの恋人、涼やかな美人さんだよね。この口紅なんて似合うんじゃないかな。新商品だよ」
「まあ俺の恋人は確かに美人だ否定はしねェ。けど残念ながら俺にセールストークしても無駄ですぜィ」
「どうして?」
「ここへは旦那に頼まれて来やした」
「旦那って、銀さん!?」
「アンタのことが心配でしゃーないみたいで。見回りついでにこっそり様子を見てこいって言われたんですがね。面倒なんで正面から様子を聞こうと」
「銀さんったら」
「何か困ったことがあったら言って下せェよ」
「ありがとう」
「じゃ、大丈夫そうなんで俺ァこれで」
「待って、これさっきの口紅の試供品。彼女さんにきっと似合うと思うからぜひ試してもらって」
「こりゃどうも」

少し照れくさそうに試供品を受け取り、素早くポケットへと仕舞って沖田くんは店を出て行った。
私は彼を見送りながら、そっと電柱に視線を送る。何度見てもそこには誰も隠れていない。
うーん。昨日月詠さんに銀さんは寂しがりやだなんて言ったけれど、私も相当かもしれない。



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月詠さんの言葉、難しいですね。
ここが変だよとかあったら、柔らかく教えてやってくださいませ。

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