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EDGE OF THIS WORLD(完結済)
手を繋ぐ理由
湿った空気にどんよりとした曇り空。
今にも雨粒が降ってきそうな天気だというのに、窓を開け放しぼんやりとした瞳で空を見上げながら、この万事屋の主である坂田銀時は落ち着かない様子で何度目かの溜息をついていた。

「どうしたんですか銀さん、さっきからうるさいですよ」

眼鏡の奥から大きな瞳で見つめてくる新八に「るせェ」と舌打ちしながら銀時はまだ外を見つめ続ける。

「遅いですねえ名前さんと神楽ちゃん」
「ったく、どこほっつき歩いてんだか」
「ちょっと散歩って言ってましたけど、かれこれ30分以上経ってますよ」
「定春のクソが長引いてんだろ」
「雨も降りそうだし」
「んだよぱっつァん、銀さんに迎えに行けっつってんの?」
「いや、さっきからアンタ、心配そうにソワソワしてるから」
「してませんー。けど新八がどーしても気になるっつーならあいつら迎えに行ってやってもいいけどな」

誰もそんなこと言ってないと突っ込んでも、きっと凄い勢いで否定されるだけだろう。
素直じゃないなと新八は呆れた眼差しで銀時を見る。
しかし銀時は平然とその視線をスルーし、片手を上げて出て行った。


▽▽▽▽▽


「ちょっと遅くなっちゃったね」
「最近雨続きで定春も久々の散歩に張り切っちゃったネ、しょうがないアル」
「そうだよねー、久々に雨が上がったもんね。でもまた降って来そう…明日も雨かな」

川沿いをゆっくりと歩きながら、名前は6月の空を見上げた。
明日の天気を心配する名前の横顔は、どこか無邪気で可愛くて、そして綺麗な大人の横顔だった。
神楽はそんな名前への憧れをぱっちりとした瞳に浮かべつつ、わざと可愛げの無いことを口に出してみる。

「ジメジメすると銀ちゃんの頭が膨張して鬱陶しいアルよ。見たら名前も驚くネ」
「そうなの!?見てみたい!ちょっと可愛いかも」
「名前は趣味が悪いアルな」

目をキラキラとさせながら、銀時の髪型について想像を膨らませる名前を見て、神楽は傘の下でヘッと冷めた笑みを浮かべる。
以前、あんなマダオのどこがいいネ、と何気なく聞いたら、全開の笑顔で“全部!”と返ってきたことがあった。
名前のような女性に想いを寄せられる銀時のことを、その時ばかりは素直に凄いと思った。

「おいオメーら何ちんたら歩いてんだ、おっせーぞ」

道の向こうから、傘を一本ぶら下げた銀時が姿を現す。
仕方なく来てやったんだとでも思われたいのか、その表情は少しムスッとしたものだったが、瞳の色が柔らかいのでただのポーズだというのは名前と神楽にはバレバレだった。

「銀ちゃん、今銀ちゃんの噂してたアル」

神楽がニシシと笑いながら、銀時と名前を意味ありげに交互に見つめた。

「噂だァ?」

銀時は、神楽の鼻先をピンと指で弾き、名前に目を細めつつ「どんな」と聞く。

「ん?銀さんの髪の毛が湿気でかわいくなるらしいって神楽ちゃんから聞いて」
「可愛いなんて言ってないネ!」
「あ、可愛いっていうのは私の想像か」

ふふ、と一人で楽しそうに笑う名前の手を、銀時の手がそっと掴んだ。
その手のぬくもりに名前が銀時を見上げるが、銀時は相変わらず眠たそうな瞳で違う方向を見つめている。

「銀ちゃんって束縛するタイプの男アルな」

神楽のからかいを微笑みで受け流し「けーるぞー」名前の手を引くように銀時が歩き出した。

「つめてー手だなオイ」
「ちょっと気温が下がってきたからかな?」

風邪引くんじゃねーぞ、そう言って銀時は繋いだ名前の手を上に引っ張りその白くほっそりとした手の甲に唇を落とす。
この二人の仲が良いのはいつものことだが、今日は銀時の雰囲気が少し違った。
不安から名前に縋っているかのような、そんな銀時の様子に気付き、神楽はわざと明るく笑って銀時の背中を叩く。

「おいそこのバカップル、お腹減ったから定春と先に帰ってるアル。オメーらはちんたらイチャついて帰ってくるヨロシ」

そう言って神楽は定春の背中にひらりと飛び乗り去っていった。
「ご飯、もうすぐだからおやつ食べ過ぎちゃだめだよー」という名前の言葉は元気良く走って行った定春の背中に届いたのだろうか。

「名前」

名前を見つめる銀時の瞳にはいつも、愛しさとほんの少しの怯えが混じっていた。
その原因は決して誰にも取り除けないことがわかっていて、一緒に居る限りずっと付きまとう感情だ。
だけど名前は、安心していいよ、と繋がれた手に力をこめる。

「この世界に居る限り、私は銀さんから絶対に離れないから」

その言葉を受け、銀時が名前を見て優しく笑う。

「何かの拍子に名前が元居た世界に戻っちまわねーかって、いっつも心配してるわけよ銀さんは」
「そればかりは私も何もわからないから…一生こっちに居られるかもしれないし、戻ったとしてもあっちじゃもう死んでるんじゃないかな」
「これ、死んでるとか不吉なこと言うんじゃありません」
「はーい、ごめんなさい」

名前が当たり前だと思っていた日常は、半年前にガラリと変わった。
仕事帰り、いつもの帰り道、街灯の光、曲がり角を曲がれば自分のアパート。
そこまでは本当にいつも通りだった。
角を曲がる際に、暴走してきた車に撥ねられなければ。

制限速度を大幅にオーバーし名前に突っ込んできた車の眩しいライトに反射的に目を細めると同時に、全身を信じられない程の衝撃が襲った。
脳が自分の意思を無視して死というものを勝手に迎えてしまったかのように、痛みを感じるより先に意識を遮断された。
そして目を開けたら、この世界に居たのだ。
つい今まで夜道を歩いていたというのに、空はどんよりとした曇で覆われていたがまだ真昼間で。
そしてまるで時代劇のような建物とビルが並ぶ光景に、夢でも見ているのかと思った。

自分の身に何が起こったのか把握できず、驚愕の余り息が止まりそうになった。
今まで見た事も無い景色が広がるその向こうには大きな塔のようなものまでそびえ立ち、道行く人は着物を着ていた。
名前はますます呆然とすることしかできなかった。

“おじょーさん、道端で何怯えてんの”

あまりの衝撃に道で座り込んだままの名前に、のんびりとした声が掛けられた。
震えながら見上げると、雲に隠れた弱々しい太陽の光を受け、綺麗な銀の糸のように光る髪の色が目に入ってきた。
瞳いっぱいに涙を溜め、唇を震わせる名前の目線にあわせるように、その男は膝を折り、安心させるように名前の肩に手を置いた。
これが、名前と銀時の出会いだった。

「こうして手ェ繋いでりゃ、万が一帰っちまうことがあっても俺も一緒に行けたりするかもなって、馬鹿な事考えちまう」

独り言のように小さく呟かれた言葉は、ぽつりぽつりと雨雲から耐え切れず落ちてきた雨粒のように、名前の心にじんわりと染みていく気がした。
大地が潤い緑が育つように、名前の心も銀時への想いが日々膨らんでいく。

「曇りのたびに私が帰るんじゃないかって心配してたらハゲちゃうよ、銀さん」

名前がこちらの世界へ来た時の天気が曇りの時だったからか、銀時はこんな天気の時はどうしてもいつも以上に不安になってしまうらしい。
持ってきた傘を広げ、銀時は名前の肩を抱くように二人密着して傘に入る。

「あ、でもハゲることはなさそうだね。だって髪の毛の量、多いもん。それにふわふわー」

銀時の腕の中にすっぽりと包まれ、銀時の髪の毛を指の間に滑らせながら名前はにこにこと笑う。
どこか真剣な顔をした銀時が、すっと名前に顔を寄せ、ゆっくりと唇を重ね、そして離れた。
銀時のキスはいつも最初はふわりと優しい。
次は深く、ゆるやかに熱を上げていくようなものへと移行していく。

雨は何時の間にか本降りになっていた。
傘の中で口付けを交わす二人はまだそのことに気付いていない。




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あきゅろす。
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