silent child
4
「ケンターッ! 立てー!」
(……え?)
マリオはまたもや脈絡もないことを言い出す。
「いつも座ってるだろ? 立って弾いてみると気持ちいいぞー! だから立てー!」
満面の笑顔でそう言いながら、マリオは雷型の黒い相棒を掴み、ストラップを肩にかける。マリオが相棒を担ぐと……、なんだか様になっていて、ちょっとはそれっぽく見えるから不思議だ。
「立て立て」騒ぐマリオは、言う通りにしないと収まりそうになかったので、僕もストラップを肩にかけ、その場に立ち上がる。
相棒を担いだ僕は、マリオみたく様に……、なるわけもない。
まだ初心者の僕は、相棒を腹の位置にしないと、ちっとも弾くことが出来なくなる。猫背になって、弦を覗きこまないと、どこに何フレットがあるのか分からなくなるから。
クールにキメているギタリスト達も、初めはこんな情けない立ち姿だったのかと思うと、少し笑える。笑えると思っても、顔には出せないけれど。
「今日はセッションだい! いくぞー!」
マリオはデッキのスイッチをカチッと押す。
タン. タン.
(始まる……)
タンタンタン
(始まる……)
――僕とマリオだけの音の世界。
ジャジャーーン!ジャジャーン!
ジャジャン,ジャジャン,ジャジャン.
このフレーズは一緒。僕とマリオの音は一緒。ここから始まる、別々の音。
マリオの単音ソロと、僕の2音のパワーコード。
マリオの左手は凄いスピードで弦を滑る。
僕の左手は小節ごとに動く。
それだけの差があるのに……、凄く気持ちイイ。まるで本物のギタリストに近づけたかのような、そんな不思議な気分。
僕がたったの2音も出せなくなると、マリオは音を助けにくる。
「ケンタ! がんばれ!」
ジャジャジャジャジャジャジャジャ
ージャジャジャジャジャジャジャ
僕のリズムは単調。だけど、少しズラすと意味が分からなくなってくるんだ。
マリオが僕の近くまでやって来て、ネックを近づけ今押さえるべき位置を見せる。
マリオと音を重ねると、僕の音も安定してくるから不思議。
安定したことが分かると、マリオは自分の音に戻っていく。
僕はただ夢中で、僕の音を聞いて、マリオの音を聞いて……、僕の音を叫ばせる。
「ケンタ! 最後だ! 思いっきりやれっ!」
最後はまた最初と同じ。二人で一緒の音。
――叫べ! 叫べ! 思いっきり!
僕とマリオは思いっきり右手を振り下ろす。そして思いっきり叫ばせる。
ジャジャーンッ!!
ゥォーーンという余韻が残る弦をキュッと押さえれば、返って来る。
僕とマリオの音で溢れた世界に、無が返って来る。
返らないのは……、僕の顔の熱だけ。
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