silent child
2
「わぁっ!!!」
(ふぎゃっ!!)
突然、後ろから両肩を掴まれ、耳元で大きな声で叫ばれた。
おかげで僕の心臓は、バクバクだ。
こんなことするヤツは一人しかいない。
後ろを振り向けば……、そこに居るのはやっぱりマリオ。
「ちぇーっ。驚かせばケンタの声、聞けると思ったのにぃーっ。」
(……卑怯だ)
そういう気持ちを混めた目で、マリオを見つめる。
「やっぱ、ダメかぁー!」
マリオは、いい歳こいて、舌をペロッと出した。
もう一度やられたら、一文字くらい音が飛び出しちゃいそうだっていうのは、秘密。
「レッスン、始めるぞい!」
マリオは僕の背中を、ケース越しにぐいぐい押して、レッスン室まで僕を運んでいく。
ケイ先生の時は、10分前にはレッスン室に入室して待ち構えていた僕。
最近の僕は、開始時間になっても、5分過ぎても、入室することが出来なくて、店内にひっそりと隠れている。
そんな僕を、マリオはいつも探しに来る。
「ケンタどこかなぁー? ここかなぁー?」
「分かった! ここだ!」
「あれー、居ないぞぉ。やっぱりこっちか!」
とかなんとか言いながら。
声を出すから、マリオがどこに居るのかなんてバレバレ。僕は背を低くして、そろそろと移動する。5分くらい経ってから、マリオが可哀相になってきて、わざと捕まってやる。
今日は、マリオに背中に回られてしまったけれど。
この意味不明なかくれんぼは、毎回恒例。
レッスン室に到着し、僕はノロノロと準備をする。
支度を終え、時計をちらっと見れば……。
「ケンターッ! もう20分じゃーんっ!」
ムンクの叫びみたいな顔して、マリオが叫ぶのは、やっぱり恒例。
「よぅーしっ! 今日は、18時20分までだぁー!」
マリオは、そう言って、いつも時間を伸ばしてくれる。僕の自業自得なんだから、時間通りに終わってくれていいのに。
「じゃぁ、とりあえず宿題からぁー。」
マリオの声を聞いて、僕は教本を開く。そして、マリオがMDでベース音かけるのを待ってる間に、手の位置をスタンバイする。
「…………。」
(あれ? 流れない?)
マリオの方を向けば、マリオは僕の右手をじっと見ていた。
「そのピックちょっとかして?」
(ヤダ!)
僕はマリオの目から隠すように、ソレをぎゅっと掌に握りこんだ。あの5文字が書かれた、ケイ先生の物だった白いピックを。
「ちょっと見たいだけだって。」
(ヤダッ! ダメッ!)
白いピックは、下手くそな僕の下手くそな使い方によって、変に削れていた。
ソレを見せてしまったら……、捨てろって言われるかもしれない。新しいのに変えろって言われるかもしれない。
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