silent child
26
――マリオのばか。遅いよ。
いつもはもっと早く見つけてくれるじゃんか。
僕は隠れてなんかいなかったのに……。マリオとのかくれんぼは、わざと見つかってやるって決めていたのに……。
僕は何となく、マリオに顔を見られるのが嫌で、横を向いた。
「ケンター? 何か怒ってるのかい?」
(怒ってなんか、ないっ!)
折角顔を右に向けたのに、マリオが覗き込んできた。
「おーい、ケンタやーい?」
むきになって、今度は左に向ければ、やっぱりマリオは覗きこんできた。今度は上、次は下。また右向いて、その後左。
只管その繰り返し。
今までで一番長かったかくれんぼ。
なぜかその後、意味不明なあっち向いてほいが始まった。
「何じゃれてんの? 憲太と丸尾先生は。」
(じゃれてなんか、ないっ!)
大和の呆れた声を聞いて、慌ててあっち向いてほいを終わらせた。
「あっ! やっとこっち向いたなぁー!
おじさんな、ケンタに渡すものあるんだ。ほれ、ほれ、手ー出せー。」
そう言いながら、マリオが突き出してきたのは――、黒いピックだった。
手を出せと言われた僕は、手を出すことなく、それを見つめていた。
「ほれー、早くぅー! 手、出せって。」
マリオに急かされても、僕の手はそれに伸びることはなかった。
だって――、思い出したから。
僕の先生は、ケイ先生。
優しくて、綺麗で、カッコよかったケイ先生。
マリオは、やっぱりマリオ。
おじさんで、しかも髭面で、ちょっと下品で……、でもなぜか、いつも大勢の生徒さんに囲まれる人気者。
本当は、マリオのピックをもらいたい。
だけど、なんとなく……、僕は貰っちゃいけない気がしたんだ。
でも――、貰わなかったら貰わなかったで、いくらマリオでも傷つくかもしれない。
僕は、どうしたらいいのか分からなくて……、ずっと黒いピックを見つめていた。
突然、マリオの手はぎゅっとピックを握りこんだ。同時に僕の視界から、マリオの黒いピックが消えてしまった。
――マリオのピックは、もう二度と貰えないの?
自分で手を伸ばさなかったくせに……、僕は凄く悲しくなった。
顔に熱を集まっていくのを感じ、下を向いた。
「もう! ケンタ素直じゃないんだからっ! おじさん、勝手に入れちゃうぞいっ!」
急に、右の骨盤あたりに人の手を感じてぎょっとした。
見れば、そこにあったのは、マリオの褐色の腕。ピックを握りこんだ方の手。
マリオの手は、ピックを僕のポケットの中に置き去りにし、またずぼっと戻っていった。
「ライブの時は、予備のピックは持っておくものだぞ。それは、おじさんからの御守りな!」
そう言われたら……、受け取るしかないよね。
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