silent child 5 気付けば――、大和の髪はツンツンに立っていた。 柑橘系のワックスの匂いも、大和の匂いとして定着している。グレープフルーツか、何かの香り。僕はこの香りが大好き。 「滝ー、寝癖凄ぇぞ?」 「先生酷い! これはオシャレだよー!」 矢口先生は、「寝癖だろ?」とか言って、大和の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。「セットが崩れるー」とか言って、大和はいつも抵抗していた。 「滝! 髪を元に戻せ!」 「滝! お前はいつから不良になった!」 「やる気のないヤツは、授業に出なくてもいい!」 「教室から出てけ!」 矢口先生以外は、そうやって大和に怒鳴っていた。だけど……、大和は決して直してきたりなんてしない。 それがイイことなのかって聞かれたら……、やっぱり校則違反だから、ダメなことなのかもしれないけど……。 でも……、僕には大和がカッコよく見えた。大和が誰よりも輝いて見えた。 大和の私服も日に日に変わっていく。 雑誌なんかに出てくる、まさにバンドやってますって感じのモデルさんみたいな……、そんな格好。 「憲太ー! 昨日これ見つけたんだ!」 そう言って嬉しそうに腕を掲げてみせる大和。そこには――、黒革に丸鋲スタッズがついたリストバンドが嵌っていた。 ――カッコいい。羨ましい。 思わず……、それに魅入りすぎて、喋るのを忘れていた。 「憲太、手出して?」 「なんで?」 「いいからいいからー!」 僕は大和に言われた通り、左手を前に出した。 「実は、憲太の分も買ってきたんだ! ほら、これでオソロイ!」 大和は、僕の腕に、大和がしているものと全く同じリストバンドを嵌めた。 「ありがとう!」 僕は嬉しくて、何度もそれを撫でる。なんだか僕も、大和に近づけた感じがして、嬉しくて……、あっという間に顔に熱が集まっていく。 「憲太って腕細いのな! 俺と穴の位置、三つも違ったし!」 中学生にしては、体格の良い大和。僕は中学生にしては、ひょろい体つき。軟弱な僕にはスタッズなんて似合わないかもしれないけど……、それでも構わなかった。ずっとしていたかった。 真っ赤な顔をしたままお家に帰ったら……、お母さんが居た。 僕は急いで、袖で腕を覆い隠す。 「憲太、髪がだらしないわ。そろそろ切ってきなさい。」 「……うん。」 (ヤダ!大和みたいにツンツンにしたい!) 「憲太に似合うと思って、この服買ってきたの。」 「……有難う。」 (そんなダサいの着たくない!) 自分の部屋に入って直ぐ、リストバンドを撫でる。 ――やっぱり僕は、ちっとも変わっていない。僕は……、ダサいまま。 [*前へ][次へ#] [戻る] |